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価値のある一冊に出逢えた。
また、同時に“力強い寛容さ”を教えられた一冊でもある。
本書の内容は、「内容紹介文」にあるように、殺人事件の犯人に仕立て上げられた黒人と、その無実の証明に奔走する黒人弁護士の記録である。
そして、アメリカに根強くある黒人に対する偏見・差別に基づく、不当な裁判の記録でもある。
殺人事件の罪を着せられたウォルター・マクミリアン。
「冤罪」を晴らすべく奔走する、この本の著者でもある弁護士ブライアン・スティーヴンソン。
噓の証言(警察に強要されたもの)、司法取引の罠、不可解な陪審員の選定、など…、「冤罪」が生まれていく仕組みにうんざりさせれる。
しかし、そこには、明らかな、そして、根強い、アメリカ社会の黒人に対する人種差別、偏見がある。
マクミリアンには犯行当時、完全なアリバイがあり、また第三者による信頼の置ける証言があるにも関わらず、警察の面子の重視、検察を始めとする司法に関わる白人の偏見(先入観)によって、「死刑」を科せられる。
しかも、ごく短い期間に結審するのである。
「『彼らは間違いを認める気はないんだ』彼は暗い声で言った。『俺が犯人じゃないとやつらにはわかってる。ただ、自分たちが間違っていたと、悪いのは自分たちの方だと認めるわけにはいかないだけなんだ』」という言葉が響く。
死刑囚監房での話も数多く出てくるのだが、胸が締め付けられる話ばかりである。
確かに犯罪を犯した者は、法の下に裁かれるべきだが、この本に出てくる“死刑囚”の多くは。明らかに不当な(“合法的な”)裁判の下に裁かれた結果である。
(つまりは、減刑の余地があるか、無罪であるかということである)
本書は、冤罪であるマクミリアンとそれを証明するスティーヴンソンの記録が中心だが、それを軸にして、アメリカの司法制度の問題点、障碍者の犯罪、少年終身刑囚の話、監房で不当な扱いを受ける女性囚人の話についても語られる。
それらの根本は、人種差別があり、「貧困の反対語は、裕福ではなく正義だ」 という言葉にあるような“正当で平等な裁判を受けられない現状”を描いている。
知的障碍者、精神障碍者には、終身刑が科せられるが、そのほとんどが(すべてといってもいいかもしれない)、病気・障碍の程度などを裁定されずに、「黒人」という理由で裁かれる。
また、これは衝撃だったのだが、少年終身刑囚の話である。
少年が犯した罪はたしかに重い。
しかし、少年として裁かれるか、成人として裁かれるかという手続きも踏まれずに、やはり人種という理由で、成人と同等の裁判にかけられ、生い立ち、家庭環境などといった背景などは一切考慮されずに、「仮釈放無しの終身刑」に科せられるのである。
(スティーヴンソンの力によって、多くの少年は、減刑されるのだが、それも一部だと思うとやるせない)
「矯正」に力を置くよりも、「罰すべし」という力学が働くという現実。
当の少年たちの判決を受けたときの衝撃、監房での気持ちを思うと、読む手が重くなった。
「第6章 そこには絶望しかない」では、不覚にも涙がぼろぼろ出てきた。
スティーヴンソンと無言のままの少年のやりとりがあるのだが、その場面が目の前にあるように感じられて、そこにある空気感、二人の言葉にならない感情が、ひしひしと伝わってきた。
大げさな表現になるかも知れないが、この部分を読む前と読んだ後では、世界が変わったように。
まるで、小説を読み終えた時のように、である。
(なぜ、少年が無言のままだったのかは、本書を読んでほしい)
暗くて、心が重くなるような話が多いけれど、スティーヴンソンの尽力により、司法制度も大きく変化し、その後与えた影響も数多くあるので、希望もある。
こういうエピソードも心に残った。
スティーヴンソンに最初冷たく当たっていた矯正官がいるのだが(やはり“黒人弁護士”という理由で)、スティーヴンソンの裁判を通じて、自分の生い立ちを重ねて、スティーヴンソンへの対応も大きく変化したのである。
そして、このように告げる。
「人生でなにか悪いことがおこったとしても、それで私たちの人となりが決まってしまうわけじゃない。ただ、その人の生い立ちを理解することがとても重要になる場合があるってだけです」。
レビューの冒頭に「寛容さを教えられた」と書いたが、それは、「エピローグ」のp411-p413の部分である。
マクミリアンの人となり、その偉大さがわかる。
(引用をしたいけれど、長くなるのでしない。手に取って読んでほしいという思いもある。)
年間の読書量は少ないけれど、2016年に読んだ本の中で、特に優れた本だと思う。
ページ数も多く、読むのも大変かも知れませんが、多くの人の手に取ってほしいと思える一冊です。
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アメリカ南部アラバマ州で冤罪犯罪を専門に戦う弁護士を主人公にした、ノンフィクション小説。アメリカ南部では人種差別の思想が未だに色濃く残り、黒人であるというだけで、説得的な証拠もないままに冤罪をかけられ、死刑を宣告される事件が後を絶たない。筆者は、そうした現実に立ち向かうべく、死刑囚の弁護を続ける。
私が本書を通じて考えさせられた点は、2点である。第1に、犯罪者が目を覆いたくなるような悲しい過去を経験していることである。青年期に両親から虐待を受けたがために、精神的に問題を抱えてしまうようになった黒人、夫から家庭内暴力を受けていたため、身ごもった胎児を育てることができずに死産させてしまった女性、など、容疑者のバックグランドある辛い現実が、本書では描かれている。そして、こうした悲しい過去を一切考慮せず、容疑者に対して死刑宣告を下すケースがあまりにも多いと筆者は、強調しています。
第2に、冤罪を勝ち取り刑務所から釈放されても、死刑囚の社会復帰は極めて難しいということである。死刑囚として長年刑務所に拘留されていた人は、たとえ釈放されたとしても、死刑にかけられるような幻覚や幻聴を感じるようになり、以前と同じ生活を送ることが困難である。本書で紹介されていた黒人も冤罪を証明し釈放されたが、釈放後に認知症を発症し、不安感や幻覚に悩まされていた。
日本でも、残虐な殺人事件が報道されることがありますが、容疑者がどのような精神状態であったのか、彼らを取り巻く環境はどのようなものであったのかについて、厳密に議論されていない。容疑者の環境や心について一切考慮せずに彼らを糾弾することは、偏った正義がまかり通ってしまう要因になりかねないと、本書から学ぶことができた。
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白人警官が無抵抗の黒人を射殺する事件が続いたことがあった。
アメリカに奴隷制度が存在していた時代ではない。アフリカ系アメ
リカ人のバラク・オバマ氏が大統領を務めていた、つい最近だ。
すべての白人が差別主義者ではないが、やはり肌の色の違いが
人々の心に大きな垣根を作っている。
アメリカ南部では今でも白人至上主義が根強い。その南部アラバマ州
のある町で、白人の少女が殺害された。愛らしい少女の死に多くの
人が衝撃を受けた。警察の捜査にも関わらず、犯人は一向に逮捕
される気配がない。
市民は警察の能力を疑い、批判した。一刻も早く犯人を見つけなれば
警察の信用は地に墜ちる。そして、突然、容疑者が浮上した。木材の
伐採で安定した収入を得ていた黒人男性ウォルター・マクミリアンだ。
物的証拠も、状況証拠もない。あるのは、他の事件で収監されていた
犯罪者の証言だけだ。明確なアリバイもあり、そのアリバイを証言して
くれる人も多数いたのに、警察は彼を少女殺害の犯人だとして裁判に
かけ、死刑を確定させた。
本書はマクミリアンの事件を中心に、アメリカの司法の不正義のせい
で人生のある時期を不当に拘束された人々の事例と、弁護士である
著者が様々なケースに対して司法の現場でどのように戦って来たか
を記している。
あまりの理不尽に愕然とする。マクミリアンの事例ばかりではない。
未成年にさえ仮釈放なしの終身刑が課されていた時代から、何十年
も矯正施設に拘束されたままの元少年たちのなんと多いことか。
終身刑だけではない。少年と言えども死刑宣告さえ出されている
のだ。
根底には差別意識がある。黒人だけではない。白人であっても貧困層
であれば司法は厳し過ぎる判決を下す。これには近年の刑の厳罰化
も影響しているのだろう。
冤罪はどこにでも、簡単に生まれる。司法がすべて正しい裁きをするな
どと思うのは、それこそ頭がお花畑だ。罪を犯したのなら裁かれるのは
当たり前だが、その罪を裁く場に不正が横行しているのなら正義など
どこにもないと思う。
日本でも冤罪が疑われる事件の再審請求には膨大な時間がかかる。
アメリカでも一緒だ。著者は拘束施設に何度も足を運び、助けを求め
ている人たちの話を聞き、事件を掘り起し、当時の裁判では採用され
なかった証拠や証言を集め、救いのない日々を過ごしていた受刑者
たちの自由を勝ち取って行く。
すべてがうまく行ったのではない。再審が認められず、刑を執行された
死刑囚もいた。闘い続けるなかで心が折れそうになることもある。それ
でも著者と彼の仲間たちは、判決の不当を訴える収容者の為に今も
闘い続けている。それは、著者もまた貧しい少年時代を過ごした黒人
だからでもあるのだろう。
知的障害があるにも関わらず、なんの考慮もされずにいた収監者を
助けようとある矯正施設を訪れた時、白人至上主義を隠しもしない
バンパーステッカーを貼ったトラックを見かけた。持ち主はその施設
の矯正官だった。
弁護士である著者にも差別意識丸出して対応した矯正官だったが、
再審の法廷で著者の弁論を聴いたことで矯正官の心が変わった。
この矯正官の変化は本書を読んでいて救いだった。著者たちの活動
を通じて、人の心の奥底にある偏見や差別意識が変われば司法の
場でも不当な裁きを受ける人が減るのではないかと思う。
法の下の平等。罪を犯したとしても、誰もが正しく裁かれることが
本当の正義なのではないだろうか。
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人種差別のど真ん中を舞台にした60年代の『アラバマ物語』や80年代の『ミシシッピー・バーニング』等の映画が生々しく思い出される現代アメリカの司法ドキュメント。
それにしても差別や偏見という土壌はじつに根深く、なかなか変わらないものだと痛切に思わされる。
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なんとも憂鬱な気分になってしまった…
なぜこうも人は人を虐げることで自分のアイデンティティを必死に護ろうとするのだろうか?
奴隷として連れてこられた人達は全きの被害者であるはずなのに、なぜ何百年にもわたって辱められ、貶められ殺されなければならないのか?
全くもってその正義というものがわからない。
「貧困の反対は裕福ではなく正義だ」
これはまさに今この世界の現状を現している言葉なのではないだろうか?
非寛容さがじわじわと世界を覆ってしまう前に誰かを思いやる心を忘れてはいけない、しかも見ず知らずの人達への思いやりを忘れてはいけないと説く筆者の言葉を自分自身も噛み締めなれければ…と思った。
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司法制度が黒人住民たちに向ける悪意の強さと手続きの杜撰さに愕然とするし、どんな大義名分を掲げたところで死刑とは殺人以外の何物でもないのだと改めて突きつけられる。しかし、「黒い」を「悪い」の意味で使っている邦題は本書の趣旨に完全に反しているのだがどういうつもりなのだろうか。
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映画見逃したから原作本でも読むか、とお気楽に手に取ったけど、とんでもなく重たい内容だった。しかも創作ではなくノンフィクション。アメリカ司法制度無茶苦茶やん!!!明らかなアリバイがありながら、嘘まみれの裁判にかけられての死刑判決、白人ばかりの陪審員、こどもを終身刑にして大人の刑務所に収監…。途中で読み進めるのがしんどくなる。それでもRBGしかり、こっちはフィクションだけど最近見た「女神の見えざる手」のミス・スローンしかり、作者のブライアンしかり、腐った世界で信念を持って不正を正そうと立ち上がる人達がいることに感銘を受ける。こういうのが話題に上がると「日本には差別とかないし」などと言い出す輩が現れるがとんでもないです。
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アメリカでアフリカ系その他のマイノリティ(特にアフリカ系か?)に対する差別がひどいことはこのところの警官による暴力などである程度知っていたけど、司法制度がこれほどひどいとは知らなかった。(アラバマは最悪らしい。)証拠はそろっているのに弁護士がいいかげんで提示していなかったり、裁判所の都合だったりで有罪どころか死刑にもされる。子供でも情状酌量も背景の考慮も一切なし。本当にむちゃくちゃ。罪もない人の一生を激変させておいて平気な人がこれほどいるかと思うと、一読者でさえ本当に憤りを感じてしまう。けれど、それに対して情熱を持ちつつ理性的にできることを一つ一つがんばって、いくつもの冤罪事件を解決した著者はいくら褒めても褒めたりない。生い立ちもあって本質的にやさしく、そして賢い人なのだと思う。若いころからどうやって仕事をしてきたか、落ち込んだときのことも書いてある。さすが法廷で陪審員を納得させる話をする専門家だけあって、本を書かせてもうまい。一気に読んでしまった。翻訳もうまい。訳者あとがきに書いてあったTEDトークもよかった。
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映画名:「黒い司法 0%からの奇跡」
監督:デスティン・ダニエル・クレットン
主演:マイケル・B・ジョーダン、ジェイミー・フォックス
*
被告が黒人、被害者が白人の場合、死刑判決の確率が増加しているアメリカ司法。黒人のウォルター・マクミリアンは、犯していない殺人の罪で死刑を宣告されます。彼の冤罪を証明するため、弁護士である著者は奔走することになりますが…。本書は、冤罪であるマクミリアンとそれを証明するスティーヴンソンの記録を中心に、アメリカの司法制度の問題点や障がい者の犯罪、少年終身刑囚の話などが語られています。
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そのへんのミステリー小説より恐ろしいノンフィクション。心臓バクバクで、途中辛いところもあるが、映画にもなっているくらいなので希望のある終わりではあるので読後感は悪くない。
アメリカの大量投獄問題については知っていたものの、深い深い人種問題や死刑制度について考えさせられる。特にアメリカにおける黒人であることの試練。著者の信念の強さ、素晴らし最近にひたすら感服。私は、こうして読んで知って応援することしかできないが。
子育て中なので、彼の幼少期、吃りの少年を笑ったことを母に怒られ、ハグして愛してると言わされた、ときに受けた少年からの赦しのエピソードにぐっときた。
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悲惨な内容なのに、文章がうまいのかずっと先を読み進めたい気持ちだった。
筆者のスティーブンソンは少々未来に対して希望を持ちすぎているという批判を聞いたことがあるが、こんなに死刑や最悪のアラバマなどの司法と戦っていたら、希望的に未来を見ないとやっていけないのだと思った。(筆者も希望を持つことをとても大事にしているのだとこの本を読んでわかった)
ぜひ、EJIのホームページ(新しい感じがして見やすいです)で関わった案件"case"などのところでこの本に出てきた人物の現在を調べてみてもよいのでは。
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米国の司法制度のあまりの酷さに驚かされる。黒人というだけで、冤罪となり、最悪の場合死刑に多くの人がなっているという現実。保守化が進む最高裁の今後の判決で、未成年者への刑罰が悪化しない事を祈る。