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最近、私の中で密かにブームになっている小川哲さんの小説です。
端的に言って大好きな作品でした。
文章の手触りも好きだし、話の展開、キャラクター造形やその背景にある哲学的な問いまで小さなことひとつひとつが個人的に刺さる。飽きることなく最後まで読み進め、読了して(終わってしまったということに)少し残念に思ったほどでした。
ディストピアものとカテゴライズされているものの、どちらかというと「生き延びるには?」というサバイバル的要素というよりは、監視社会(=アガスティア・リゾート)について書かれた物語で、その物語の中心は「自由とは何だ?」という問いです。
さらに、そのリゾートは我々の生きている社会と地続きなのだなと思わされます。
読んでいる途中、以前読了したネット監視社会についてまざまざと思い出しました。
こちらではその内容より、より深く「見えない監視」が進んでいて、コンタクトレンズで視界を盗視したり、手首の端末から心拍や体温を検知したりと、あらゆる手を尽くして監視されています。
きっと私の付けているスマートウォッチも、単にスマートなだけではなくて、ヘルスケアの域を超えてどこかへ情報を送っているんだろうな……などと思いながら読み進めました(それでもスマートウォッチは付けたまま)。
ガチガチの監視社会であるアガスティア・リゾートについて、居住を望む人、疑いを持つ人、制度そのものの社会的価値について考える人、内側から崩そうとする人など、多様な角度からひとつの監視社会を眺めるように物語が展開されています。
ビッグテックと監視社会に関する本を読んでから目にしたので、著者はそのことに関して警鐘を鳴らしたいという意図があるのかな? と思いましたし、「それでもリゾートはなくならない」というお話の展開的に、誰かが流れに掉さしても止められるようなものではない、といううっすらとした絶望感があって、個人的にはそれが「ディストピア要素」の中核ではないかと感じました。
ユートピアの真後ろ、背中合わせにディストピアがある。でも実は、ディストピアに住んでいる側はもう殆ど思考停止していて、ユートロニカ(永遠の静寂)に陥りかけている。だから自分がいるところをユートピアと思っているだけで、実際に「目を開いている」側から見ると完全にそこはディストピア。犯罪者予備軍だと(アルゴリズムのわからない)機械に判断されたら隔離され、矯正される都市。
……ちょっとゾクゾクする設定だと思いませんか。
しかも、この世界は「今あなた方が生きている世界と地続きですよ」と著者は言っている気がします(あくまで推測ですが)。
何なら、ディストピアSFを通り超えて、ホラー小説の域じゃないかとすら思えます。
欲を言えば、ユートロニカに人々が陥って、社会が機能不全になっていく静かな死(のようなもの)を描写として読んでみたかったな。
コールドスリープとまではいかないものの、同じような反応しか返さない母親を見て息子は何を思うのか。そういう展開を見てみたかったですね。
現代の日本に住んでいる一���者として思ったことのひとつは、アガスティア・リゾートに住める人は(金銭的な面でも精神的な面でも、いろんな意味で)「おめでたい人」「恵まれた人」なんだろうな、ということと、精神病を疑われたら隔離される辺り、日本人の場合は居住区より療養施設の方が大きくなりそうだなー、ということ。
そのまま一生を療養施設に軟禁になったまま終えてしまうであろう老人の手記とか、そういう形の続編を読んでみたい気もしますね。
冤罪をなくすために予備犯罪者を裁く、という理論が出てくるところなんかはリアルすぎるし、明らかな悪手なのに賛同者が多勢になって押し切りそうなところ、とても日本っぽい(舞台はアメリカだが)なと感じました。
「正義だと思っているから暴力に訴える」というのは今のネット社会そのものだし、ただのSFとは思えないリアルさに心を鷲掴みにされた気分です。
派手なSF演出はないですが、今となっては派手過ぎるSF要素は「しらける」こともあるよな、と思ったり。サーヴァントを始めとするゴリゴリのIT近未来要素を出しつつも、そこに焦点を当てず、「考え方」「人間(そのもの)」にスポットライトを当てたところが、個人的には良かった点でした。
借りて読んだ本ですが、半分も読まないうちに「買って読もう!」と思えた本でした。
半年後とかにもう一度読み返したいですね。
本来の本の在り方ってこうだよな、と思い出させてくれた一冊でもありました。
オススメします。
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監視社会の変遷と、その社会を生きる人々の内面を描写したSF作品。今や大人気作家となった小川哲さんですが、デビュー作のみ手に取っていなかったので今更ですが読了。デビュー作とは思ないほど濃厚な物語で、非常に楽しめました。
大きな事件が起きるわけでは無いので、どこか淡々としており、SF作品として読むと少し盛り上がりにかける印象がありましたが、文学作品として見ると、監視社会というあり方に抵抗する個人の内面を丁寧に描いており、「自分だったらどうするか」ということも考えながら楽しめる唯一無二の作品だと感じました。4章などは、のちの「ゲームの王国」などにも通じる印象もある濃厚なストーリーで、その点でも興味深ったです。
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アガスティアリゾートAIにより徹底された個人情報の管理下で、管理されていることを気にとめない人は自由に、神経をすり減らしてしまう人は不自由になる住民たち。リゾートに住む人はどこか人間味に欠けていて、小説の章は変わっているのに住民は複雑に思考する癖のある、似たような登場人物が集まっているのが狂気的でした。
内容が難しく読み終わるまでに時間がかかってしまいましたが、後に読み返そうと思える話でした。