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それこそ、小さな女の子に読んで欲しい。
女性であることを謳歌しながら、
社会で活躍することのできる世の中になるために。
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フェミニズムとは、男女平等を目指し、女性の権利を求める思想のこと。
世界の権力者、世の中の大事なことを決める人たちは、似たようなスーツ姿のおじさんやお爺さんばっかり。おじさんたちに牛耳られている世界で、多様な人の価値が尊重されるだろうか?
なぜ、男性ばかりが意見を言いやすくて、聞いてもらいやすいのか。生まれ持った性別によって、同じチャンスを得られないのはフェアじゃない。フェアじゃないのは嫌いだ。
同じ思いでいる人はたくさんいるはず。人が集まれば集まるほど、物事はスムーズに進む。
これまでのままにしておくのは楽だ。特に男性にとっては。でも、変えられると思う人がたくさん集まれば、世界はずっといい場所になる。
「何かがおかしい。不平等ではないか」それに気づくのも立派な第一歩だ。
人々は不平等とどう闘ってきたのだろう?
「今の子が自由なのは、昔の子よりかしこいからじゃない。強くて自立した子になるよう、育てられただけのこと。『大丈夫、できるよ!』って言われれば、子どもは何でもできる、って思うものなんだ」 p.24
男女の性役割はどのようにできたのか?話は石器時代までさかのぼる。男性は家族を荒々しい獣から守る責任があった。だから強くたくましくあらねばならなかった。
女性は子どもを産み、火の番をしなくてはならなかったから、面倒見がよく、我慢強くなければならなかった。
性役割はかつての人類が生き延びるために必要だった。
でも今はもう石器時代ではない。なのに社会が変わっても、性役割は何千年も変わらなかった。
そして、しびれを切らした女性たちが、男性と同じ権利を手に入れようと動き出した。現在の女性が持っている権利は、当時決定権を持っていた人たちが親切で与えてくれたもの、なんかじゃない。昔の女性たちが闘って、権利を勝ち取ってきたからなんだ。
「小さな子ども、特に女の子は自分がすることさえ決めさせてもらえない。そうして女の子は、自立心を失っていく。それは自然なことだと言われているけど。男の子は澄み切った空気の中、くたくたになるまで走り回ることが許されるのに、女の子は大人しく、家にこもっていなくてはならない」
1792年、イギリス人女性メアリー・ウルストンクラフトhttps://www.youtube.com/results?search_query=mary+wollstonecraft+
は『女性の権利の擁護』にこう書いた。
『女性の権利の擁護』はすべての女性運動の元と考えられている、とても重要な書物だ。
メアリー・ウルストンクラフトが彼女の重要な本を書いた18世紀後半は、ヨーロッパで新しい思想やアイデアが次々に生み出された時期だった。人々が貧困や重労働にさらされていた時代も終わり、ヨーロッパは転換期を迎えつつあった。
フランスでは革命が起きた。自由と平等、同胞愛のために闘った人々が、社会全体を大きく、急速に変えていった。
しかし女性を取り巻く環境は、何ら変わる気配が見られなかった。そのことに憤ったメアリーは、その怒りを筆に任せ、一冊の本をあっという間に書き上げた。18世紀の女性の扱いについて、湧き上がる怒りから書き上げた抵抗の書を。
メアリー・ウルストンクラフトは、センセーショナルで危険な思想の持ち主だとみなされた。女性が家庭以外に関心を持ったら天変地異が起こると信じていた大勢の人が、彼女の正気を疑った。
一方で、ウルストンクラフトを称賛する人もいた。やがて権利を求める女性が徐々に団結し始めると、ウルストンクラフトの『女性の権利の擁護』は大きな意味を持つようになった。本は再販され、ヨーロッパの国々やアメリカに広がった。
1921年、スウェーデン人女性はようやく選挙権を得た。女性解放運動で勝ち取った選挙権。男女平等の階段の大事な一段目だった。選挙権を持たないと、社会の大事な決定に参加することができない。社会に存在しない存在にされてしまう。
不公平を正すのは良いことだ。でも変えたくない人もいる。これは権力の問題だから。今まで男性が独占してきた権力を、女性と分け合わなければならなくなれば、男性の権力は弱まる。
権力とは何か?権力を持っていると、他の人のことを決めることができる。
何が美しく、何が醜いのか。何にお金を使うか。社会のあらゆることを。
「強大な権力を握る、世界指折りの権力者もいれば、猫や何かの小さくて弱いものにしか、影響を及ぼせないほど、ほとんど権力を持たない人もいます。」
弱い立場の人を攻撃したい人は、自分の影響力の小ささを自覚しているけれど、自分が権力を持っていることを確認したくて、自分が優位な立場にいると思いたくて、弱い立場の人を攻撃する。
メアリー・ウルストンクラフトはどんな人だったのだろう?1759年に生まれて、1797年に亡くなった。『女性の権利の擁護』が書かれた5年後。ふたりめの娘を産んだ後で亡くなった。その子にはメアリーの名がつけられた。彼女は長じて作家になり、『フランケンシュタイン』の作家として有名になった。
「お父さんがお休みと言いにきた時、わたしはねたふりをしました。するとお父さんがかがんで、悲しそうな声でこういったのです。『男の子じゃなくて、かわいそうに!』」 p.46
おそらくはその記憶が、エメリン・パンクハーストがサフラジェットというグループに入るきっかけになった。
サフラジェットとは、ラテン語のsuffragiumから来ている。「声、選挙権」という意味だ。
イギリスで女性の選挙権を得るために闘ったグループだった。このグループを指揮したのが、エメリンと彼女の二人の娘、シルヴィアとクリスタベルだった。サフラジェットは恐ろしい弾圧の中で闘った。
1914年、第一次世界大戦が始まり、何もかもがめまぐるしく変化した。男性達は戦地に送られ、そこで命を落とした。戦争は4年半も続き、その間、英国内の仕事は女性が全て担うことになった。そして政治家はこれ以上、女性に選挙権を与えないわけにはいかない、と理解した。
そうして1918年、英国の女性が初めて投票に参加した。
スウェーデンの女性達は、長い間選挙権について、さまざまな問題提起をしてきた。そして1903年、女性の選挙権を求めるLKPR(女性の政治投票権を求める全国協会)という協会に女性達が集���った。協会の会長はアン・マルグレート・ホルムグレンが選ばれた。
「「協会ができたから、何なの?」ですって?人が集まれば、みんなで世論を作れるじゃありませんか。世論を作るというのは、自分の考えを他の人達に伝え、わかってもらうことです。
協会がわかってもらうべき相手は、スウェーデン議会の議員らでもありました。協会は会議を開いて議論をし、新聞に自分たちの意見をのせてもらいました。
また国内の男性、女性の支持を得る必要もありました。」 p.48
何かが変わるのを、心底から恐れる人もいる。社会が混乱に陥るのではないかと。踏みつけられている立場の人は、日常的に命や人生が危機にさらされているから闘わざるを得ない。でも、変化を恐れる人達にとっても、その恐怖は死活問題なんだ。その恐怖の声にも耳を傾ける必要はあるのかも。
1919年5月24日土曜日、選挙権を全ての人達に与えようと議会で決められた。この戦いは35年間繰り広げられた末の成果だった。スウェーデンは、北欧で女性選挙権が実現された最後の国だった。
1921年、スウェーデンで女性が初めて参加した選挙が行われた。この選挙で、5人の女性議員が当選した。
「世界の大半の問題は、貧困から生まれます。貧困から抜け出す一番の方法は、平等を勝ち取ることです!」 p.50
シモーヌ・ド・ボーヴォワール(1908-1986)は女性運動における最も重要な思想家の一人だった。メアリー・ウルストンクラフトと同じように、何よりも哲学者であった人。彼女は、『実存主義』を夢中で研究した。全ての人達が完全に自由で自立している、と言う考えに基づいた哲学のこと。実際はそう単純でもないけど。『第二の性』(1949)いい加減読まなくちゃ。
生まれついた特徴は変えられない。でも人間が作り出した慣習であれば変えられる。
「法律だけでは、十分ではありません。人々の意識も変えなくてはなりません。考え方も、子どもの育て方も。それには、時間がかかります。
何千年もの間、地球のどの社会でも、男性が女性に対し、決定権を持ってきました。なので、なかなか変えられなくても、不思議はありません。わたしたちがどう考え、感じるかは、私たち自身が決めるべきです。でもゆがんだ世界をあるべき姿に変えるのは、そう簡単ではありません。」 p.82
ノルウェーのベリット・オースは、心理学者であり政治家だった。彼女は政治の会議の席で、男性たちがグルになって女性を無視していること、女性の意見は無視するのに、その意見を自分の意見のように男性が言うと尊重することに気付いた。
そして何が起きているのかを調べたベリットは、他人を支配するのによく使われる5つの手口に気が付いた。
彼女はそれを『支配の手口』と呼び、それぞれの手口を指で表現した。
ベリットは会議中に、男性が支配の手口を使っていると思ったら、指を立てて、他の女性と合図し合うことにした。何が起きているのか、女性たちがみなで目を光らせるようになったことで、男性はそれらの手口を使えなくなった。
指一本は、「いないものとされる」こと。
指二本は、「笑いものにされる」こと。
指三本は、「情報をわざと与えない」こと。
指四本は、「どちらを選んでも文句を言う」こと。
指五本は、「責任を押し付け、恥をかかせる」こと。
これらの手口は、自分のことを何らかの理由から優れていると感じ、優位に立とうとする全ての人によって用いられる。
「何が起きたか、それが本当に正しいことかを、よく考えるのです。名前を付けるのも、よいかもしれません。そうすることで、やってもいないことの罪をかぶらずにすみます」 p.112
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支配の手口。
いないものとされる。
笑いものにする。
情報をわざと与えない。
どちらを選んでも文句を言う。
責任を押しつけ、恥をかかせる。
ノルウェー人のベリット・オース(心理学者)より。
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論点やフェミニズムの歴史が完結にわかりやすくまとめられていて面白かった。
「自分がどうあるべきかは他人から押し付けられるものじゃない」「美を押し付けないで」
など
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まずは気づくことから
性別なんてただのまやかし
父親ってのは、子どもより仕事が大事なのかね?休んでる間に、だれかに仕事をとられやしないか、心配なのかね?
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話し言葉で書かれた(対話なんで)読みやすいフェミニズムの歴史です。
見開き一枚で一つの話題、で進むので、このまま拡大コピーして貼っても使えそう(許可は取ってくださいね。あ、先生がするならいいのか……)。
大人も知らないことがいっぱい、なので、一通り読んでおいたほうがいいと思います。
2019/06/18 更新
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スウェーデンを含め北欧では男女の平等が発展しているといわれるけれども、この本を読んでわかるのは、男性優位の文化がもともと根強くあったこと、そんな社会を変えようと、アメリカやイギリスを始めとする女性の権利向上への動きの延長線上に今があること。
法律を変え、人々の意識を変え、粘り強く行動し続ける必要があること、この運動には、世代を超えた参加が欠かせないのだということを改めて感じた。
本の半ば、登場人物の子どもが子どもの権利について疑問を呈している。
意見を表明する権利がないと、自分たちのことについて誰かに決定されることになる。子どもの権利といいながら選挙権がないのならば、誰がどうやって子どもの利益を代表することができるのか。
グレタ・トゥーンベリさんが忍耐強く、世界に向けて主張していることはまさにこのこと。
権利を持たない・制限されている人々の声を聞き、共に考える社会の土俵を作る点についても、スウェーデン過北欧から学ぶべきことが多くあると思う。
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先輩リケジョSakuraさんからのおすすめ本です!
表紙が綺麗で、帯の「わたしはわたし、ぼくはぼく、自分らしく生きるってどういうこと?」という言葉に惹かれて、読んでみた。子ども向けに書かれているので、権力や支配についての説明も分かりやすく書かれています。個人の特性を生かすダイバーシティ教育や、大人のハラスメント講習にも使えそうです!
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フェミニズムとかフェミニストという言葉を最近富に耳にします。男女平等という言葉も。「雇用機会均等法」元年が偶然にも就職年だった世代で、職場での女性の立場云々が盛んに話題になった時代も通過して来ています。
私自身は、男女の差というものを意識した、自覚した、変だと思った記憶はあまりありません。学校の授業で、技術・家庭の授業が、男女で別々の授業を受けるというのだけは変だなとは思いましたが、技術の先生は女性でしたし、家庭科の授業には、男子生徒も参加していたので。
むしろ、からだの持つ機能が違うのに、すべてを同じにすることそのものに無理はないのか?と思っています。自然界で生きる生き物として、どう行動するのか、という視点が大切なのではないのかな、と。
フェミニズムとか男女平等ということにもやもやっと感じている人、意識してなかった! という方にとっては、この本で紹介されている内容と、主人公の女の子が家族や友人たちと考え行動していることは大いにヒントになるでしょうし、学ぶことも多いのではないでしょうか。女性の権利を、男女平等を、と訴えアクションを起こすことよりも、今、大切なのは、個人の差を意識することなのではないだろうか、と常々思っているので、むしろもやもやが深まってしまう結果となってしまいました。
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国立女性教育会館 女性教育情報センターOPACへ→https://winet2.nwec.go.jp/bunken/opac_link/bibid/BB11413171
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フェミニズムは女性が女性の権利を主張するものだと思っていたが、全く違った。
作中の「わたしは、わたし。ぼくは、ぼく。」の言葉に勇気をもらった。
自分が自分でいられるために、あなたがあなたでいられるために、フェミニズムはあるのだと思う。
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児童書としては難しいテーマなうえ、文化の違いなどから、正直児童が手に取る本には思えなかった。
大人が読むにはとても興味深く感じるのだけど。
エッバが鏡に自分の裸体を映して、自分の体をすっごくいいと受け入れているところが好きだった。
作られた美の価値観に縛られない社会になるといいな。
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権利は戦って得たもの。
そのままの自分。
こういう価値観を幼い時に理解していたり、大人が理解していたりする国とそうでない国はそりゃ違うものになるよね。