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前作『いくさの底』は、ミステリーとしても高く評価された。古処誠二さんの新刊は、今回もミステリー的要素を含むが、軍隊・戦場における価値観や、それらに基づく現場の苦悩を、より深く抉っている点に注目したい。
北ビルマの戦いで、独歩患者は分進隊として切り離される。要するに、怪我人は厄介払いされる。丸江と戸湊伍長の2人も、そんな分進隊の生き残りであった。彼らは、イラワジ河の渡河点で、1人の奇妙な兵隊に出会った。
その兵隊と行動をともにしながら、1人になった経緯を尋ねる戸湊伍長。何やら疑いを持っているらしい。その兵隊の転進中の経験が、並行して語られる趣向である。経験の乏しい見習士官に、侮蔑を隠さない面々。現場では階級が絶対ではない。
敵機の襲撃を受け、命からがら中州に漂着すると、そこには朝永伍長の遺体が…。ある責任を感じ、抜け殻のようになっていたという朝永伍長。見習士官は殺害を疑うが、他の隊員は自決だと主張する。それが戦場の価値観だから。
見習士官は、見習だけに戦場の価値観にどっぷり浸かっていないし、頭は働く。それだけに、隊員は疎ましく感じる。そんな彼らだから、いつまでも思い悩む朝永伍長も、理解できなかった。戦場で当然のことをしただけではないか。
ゲリラに包囲された状況下で、疑心暗鬼に陥る隊。見習士官の考えは正しい。しかし、戦場は正しさが役立たない世界。彼の考えも、彼なりに正しい。当時の日本軍の兵の多くが、同意するかもしれない。戦場とは、こんな判断の連続だ。現在でも。
戸湊伍長がその事実を指摘した瞬間は、さすがに驚いた。頑なな兵隊も、観念した。本作はあくまでフィクションだが、このような判断を迫られた局面は多々あったのではないか。毎年終戦の日が近づいても、外地の苦悩はあまり語られない。
こういう出会いも、邂逅と言ってよいのだろうか。1人の兵隊は、誰かに吐き出したかったのかもしれない。