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一青 窈の2018年の3冊。
リビアで反体制運動のリーダーだった父の消息を、25年の時間を費やして追う息子のノンフィクション。
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【何処へか戻れ】生まれ故郷のリビアを後にしてカイロに亡命をするも、諜報機関によって拉致され、母国の刑務所に投獄されて以降の足跡がつかめない著者の父親。カダフィ大佐の独裁政権が倒れた2011年、著者は父親の印を求めるかのようにしてその「故郷」への帰還を果たすのだが......。著者は、本作でピューリッツァー賞の伝記部門を受賞したヒシャーム・マタール。訳者は、海外文学の紹介を積極的に行なっている金原瑞人と野沢佳織。原題は、『The Return: Fathers, Sons and the Land in Between』。
喪失と再訪というテーマと真摯に向き合うことができる類稀なる一冊。父親の生死すら明らかにされない状態が長く続き常態化したことで、その過酷な宙ぶらりんな状態ですら打ち壊されたくないとする著者の心情に思いを馳せずにはいられませんでした。
〜「それに、おれはいつだって自分を見失わなかった。心のなかに、だれのことも愛し、許せる場所を残しておいたんだ」そういう叔父の目はやさしく、口元はほほえんでいた。「その場所をおれから取り上げることは、連中にも決してできなかったんだ」〜
カダフィ大佐の息子のサイフ・イスラームが強烈な印象を残す☆5つ
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これはすごい本。筆者の出自はリビアだが、ヨーロッパで教育を受けて故国から離れて活動していて、西洋人としての感覚も併せ持っている。日本に住む私にも共感できる筆致で、当事者として中東の政治や社会の問題が綴られる。それも当代随一の作家の筆によって。得難い読書体験だった。
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故郷を「離れれば自分の根っこを絶たれ、切り倒された木の幹のように固く虚ろになってしまう。しかし、故国と決別さることも故国に戻ることもできない者は、どうすればいい?」
この悲痛な心の叫びの一文が最後まで頭から離れない。著者がリビアのカダフィ政権下でトリポリのアブサリム刑務所に収監された父の消息を探す旅の記録とそこまでに一家に起こった家族の歴史。
印象に残った場面は、父が囚われていた刑務所で1270人が処刑されたその日、著者が6年間続けていた「一日一枚」の絵画鑑賞の対象を、ベラスケスの作品からマネの「皇帝マクシミリアンの処刑」に切り替えたとされるところ。マネのその絵は、政治犯の処刑を題材にしてるとのこと。
大量虐殺と同じ日に何かによってこの絵に導かれたのだろう。2017年のピューリッツァー賞受賞作。
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リビア出身の著者が33年ぶりに祖国に帰還するところか本書ははじまる。リビアの歴史についてほとんど前知識がなかったが、読み始めてすぐに引き込まれた。
故国リビアに帰還する旅の様子と帰還にいたるまでの回想録。淡々と語られるその回想は、時に内省的であり、時に挑発的であり、時に残酷的でもあり、そして感動的でもある。小説のようにリビアの美しい街、カイロの喧騒が語られたかと思うと、欧米の学校で偽名を使った生活やカダフィの息子との対峙などがスリリングに描かれる。圧倒的リアリティを持つノンフィクション作品としての醍醐味も味わうことができる。
本書は、あくまで父と息子の関係を軸とした私的な回想録である。しかし、その回想は一族の絆、レジスタンス運動の統率、亡命、カダフィ政権とのやり取りなど、リビアの歴史と不可分であり、カダフィ政権の誕生から崩壊までの一時代が凝縮されている。だからこそ、読むものの胸を強くうつ。
このような本と出会えることが、読書を続ける理由の1つになると思う。