投稿元:
レビューを見る
渇仰してやまない町田康さんの新刊。
9編の短編が収められています。
ぼくは、冒頭からはとても想像がつかない地平まで連れて行ってくれる町田さんの長編が好きですが、短編もいいですね。
唯一無二の「町田ワールド」を手軽に愉しめます。
本書に収められているのは、いずれも珠玉の佳編。
といっても
「涙なしには読めない」
「感動しました」
「前向きになれます」
なんて読後感を抱くことは一切ありません。
そういう本を読みたい方は、世の中にいくらもあるのでそちらをどうぞ。
町田康の小説の味わいは、町田康の小説でしか味わえません。
そうですね。
どれも笑えますが、やっぱり表題作「記憶の盆をどり」でしょうか。
ある男の家へ、昔弄んで棄てた女がやって来ます。
しかし、男の記憶はあやふやです。
そのうち記憶がずぶずぶに溶け出して何が何だか分からなくなって男の世界が揺らいでいく。
このあたりの手管はさすがというか、町田の特長のひとつですね。
「百万円をもらった男」は、町田には珍しく、教訓めいた話。
ギター弾きの貧しい男は、訪ねて来た男に百万円で自らの才能を売ってしまう。
百万円が入って喜んだのはいいが、散在したせいでお金は徐々に減じてしまう。
一方で、貧しい男の才能を買った男はミュージシャンとして売れ始める。
この顛末を見ていた別の男が、才能を畑に喩え、貧しい男にこう云う。
「お前は収穫がないと嘆いていたが、種を蒔き水をやることが大事なのだ。おまえの畑は以前よりもっと悪い畑になった。それでもやるかやらぬかはおまえ次第だ。僕ちょっとおしっこ行ってくるね」
随分、ストレートな寓話です。
物に生命が宿り、やがて二派に分かれて争いを繰り広げる「付喪神」、走らないことを条件に美人の女と結婚した男の顛末を描いた「ずぶ濡れの邦彦」など、実にバラエティーに豊か。
ぼくはもったいないので1日1編ずつ愉しみました。
満足。
投稿元:
レビューを見る
細くしなやかだった腰や腕にはたっぷりと肉がつき、額には皺が刻まれている。顔は脂ぎり、キラキラ輝いていた瞳は濁り澱んでいる。手入れの悪い汚れた髪。たるんだ頬。加えて二十年前の印象に可能な限り近づけようとした努力の痕跡は痛々しく惨めを誘う。かつて自分が愛したものは、その変わり果てた姿によって過去を汚し、現在を腐らす。茫漠としていた記憶。覚えているところと覚えていないところの境目が勃然と蘇り、もはや逃げるより他はないのだが、もう行くところはない。記憶はめくるめくループをえがく。
投稿元:
レビューを見る
ひっさしぶりに読んだ町田康。
なんとも不思議な「わけのわからなさ」のにじむ9つの物語。
物語の中で、それぞれが「わけのわからなさ」に翻弄されているのを外からみてにやにやしてるのだけど、いやいや、自分もわけわかんないし、とふと気づいてあらあらどうしよう、どうせならもうこの中に入っちゃおうかな、なんてそんなことできるわけないじゃん、でもおもしろいかも、いややっぱりやめとこう、そりゃそうだ、むりむり、にやにや。
そうだ、町田康は危険だったんだ。
投稿元:
レビューを見る
途中、クスッと笑ってしまう場面はいくつかあり、どんな展開になるのか楽しみだったけど、よく分からなかった。
投稿元:
レビューを見る
これは落語のように音声で聴きたい本でもある。今のお伽噺短編集。記憶が様々な情景と混ざり合う主役たち。いつの間にか読み手の記憶も混乱して前の頁を見返してしまいそうな、そうせずに巻き込まれていきたいような、何とも不思議な感覚になり、笑いながら読み進めていくと結末はどれも哀しい。
投稿元:
レビューを見る
日経の読書欄で興味がわいて、初めての町田康先生。
どなたがおっしゃってたが、まさに、落語を聞いてるみたい。
もっと、いろいろ読もう。