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ライス・ムーアはターク山自然保護区の管理人。資産家が周辺の土地を買い集めて私有地とし、みだりに原生林に立ち入ることができないようにしている。しかし、私有地となる以前から住民は森に出入りし、熊猟を行っていた経緯があり、密猟が絶えなかった。ライスの前にいた管理人である女性生物学者サラは、密猟者を摘発したことを恨みに思う何者かによって暴行の上強姦された。ライスの雇い主はサラを治療させるとともに、後任としてライスを山に向かわせたのだった。
ライスにとっても、自然保護区は身を隠すには絶好の場所だった。ゲートに施錠すれば、私道を出入りすることはできない。もし、そこを突破されても山小屋まで来る間に迎え撃つ準備ができる。ライスは恋人を殺したカルテルの殺し屋を撃ち殺し、組織から追われる身だ。勤務地では。名を変え、人に交じることもめったにせず、山に籠っている。それでも、相手は必ず追ってくることは片時も忘れることはない。
そんな時、キノコを採取しに山に入った男から、熊の死骸を見つけたことを教えられる。熊は皮を剥がれ。頭と両手、両足首が切断されていた。調べてみると、中国で野生の熊が減少し、「熊の胆(い)」の材料として密猟されたアメリカグマの胆嚢と掌が、マフィアのルートを通じ大量に輸出されているらしい。ライスは山を下り、地元の無法者であるスティラー兄弟に探りを入れるが、確証は掴めない。
保護区の中には、管理人でも足を踏み入れることを禁じられている地区がある。自分の残した荷物を取りに山小屋を訪れたサラとライスは親しくなり、暗視カメラの取り付けのために森に入り、禁断の地に足を踏み入れてしまう。大古から誰も足を踏み入れることのなかった場所は、今では他の地域では見ることのできない稀少な生物の宝庫だった。それだけではない。ライスはそこで不思議な体験をする。森の自然と一体化したような、自分と森の生き物との間を隔てる壁がなくなったような奇妙な体験だった。
ライスはそれ以来、自作のギリースーツ(迷彩服)を身に纏い、夜な夜な森を徘徊するようになる。はじめは、ライスを警戒していた生き物たちも次第に奇妙な闖入者に対する警戒を解き、スーツをかぶって息をひそめるライスの前を堂々と歩きはじめるようになる。ある夜などは、密猟のあった場所に集まる熊たちの集会に誘われるような気がしたほどだ。ところが、そこにバイクに乗った密猟者が現れ、ライスは密猟者と格闘する羽目に。
ライスはかつて恋人とメキシコ国境を越えて荷を運ぶ運び屋をやっていた時、逮捕されて刑務所に入っていた。ライスはそこで同房の男から、生き延びるための知恵と技を伝授された。男は名うての殺し屋で、ライスはその眼鏡にかなったのだ。ところが、密猟者の方もただものではなく二人は取っ組み合いのはてに崖から転落。這う這うの体で小屋に帰ったライスは心配して訪れたサラの運転する車で病院に運ばれ、治療を受ける。
ライスは恋人を無残な手口で殺めた男を殺し、ライスに弟を殺された組織の殺し屋はライスをつけ狙う。サラは強姦した男たちへの復讐を願っている。物語を動かしているのは、それぞれの抱く復���の思いである。密猟者との格闘が思わぬ騒ぎを生み、ライスの素性が外部に漏れるという事態が起きる。危機を察知しサラと二人で山を下りる準備をしているとき、討手が現れる。暗闇の中での死闘は息詰まる迫力。
追われる者と追う者の死闘を描くノワールであるのは勿論ながら、普通のノワールと異なり、ほとんどの舞台が山の中。それもチェロキー族の言い伝えで「あまたの異様(ことざま)の山」と呼ばれる神秘的な場所だ。どこからともなく現れるキノコ採りの片腕の男は、ライスを森の神秘的な世界へといざなう導き手のようでもあり、熊の化身のようでもある。一度人を殺す経験をしてから、自分の中にあるもう一人の暴力的な自分に対し、神経質になっているライスは不眠症を患い、起きている間も時間についての感覚が怪しく、長時間、意識を失っていることもあるらしい。
通常の時間軸から乖離した時間の中での出来事は、現実世界ではないファンタジーの世界の出来事のように感じられる。まるで、人間という迷惑な存在が我が物顔にのさばり出すようになる以前の大古の森の中に生きているような濃密な生命感覚が溢れている。人間に見られることで存在する「自然」などではなく、人間などが地上に登場する以前から存在する大文字の自然。すべてがその中にのみ込まれていて、大きな一体となっているそんな世界だ。
麻薬組織の殺し屋として充分にやっていけるだけの能力を持つ男として、ライスの行動は悪辣ともいえるほどスマート。その一方で、自然の中に分け入り、その一部として生きているときの自然児ぶりには、警察犬のジャーマン・シェパードですら、鼻をくっつけ、舐めに来るほど。この二面性が魅力的だ。チェロキー族と黒人の血が混じる熊猟師のボージャー、DEA相手に一歩も退かない保安官ウォーカー、ライスの力量を認めるミラ、老ヒッピーの資産家スター、といったライスをとりまく登場人物も魅力的に描き分けられている。
何故なのか知らないが、近頃、世間から一歩身を引いたところで隠者のように暮らす人々の物語を立て続けに読んでいるような気がする。『セロトニン』もそうだったし、『オーバーストーリー』でもその種の人物が重要な役割を果たしていた。自分で選ぶのだからもとより理由はあるのだろうが、それだけでないような気もする。ひとは我欲に任せて他の存在を軽んじる人間の世の中に倦んでいるのかもしれない。せめて本の中くらい、人間などの出てこない自然の摂理の中で呼吸したいと思うのかもしれない。
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アパラチア山脈自然保護区の主人公の過去、現在、地元民との関係が良く描かれてると思う。伏線を拾いながら展開して行くと、予想はつくが、400ページ超えの殆どをチェロキー族と保護区の中の出来事なので、今度時間がある時にゆっくり読みたいと思う。
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これは大当たり。
CJボックスのジョー・ピケットシリーズをダークにした感じ。
生態系についての考察を書いた次ページで45口径の拳銃(たぶんコルトガバメント)を操作するシーンが。
そんな本。
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圧倒的な自然描写力、とはこういう本のことを言うのだろう。作者はヴァージニア州の山の中で育ち、ヴァージニア大学で法学と美術額を修め、ネイチャー系のライターをしながらこの初の創作に取り組んだそうである。
主人公は作者の想いを乗せたワイルドな主人公。メキシコ国境の砂漠での密売人の過去を振り捨てて偽名でアパラチア山脈で自然保護管理の職につき世捨人同然の孤独な生活を送っている。発端となったのは熊の死骸だった。皮をはがされ、熊胆(くまのい)や熊の手が取り出された残虐な殺戮。甘い蜜の罠に、犬たちの首輪に仕掛けられたGPS。現代の山の中での犯罪に、古いタイプの男が挑む。パートナーは、あからさまな暴力の犠牲となったが再生を目指す前任者のタフなる女性。
山間の町では、あからさまな差別や暴力が溢れ、どこの酒場にも濁った倦怠感が流れる。銃器を整え、車を修理し、バンガローを立て直す、手作りなアパラチア生活。
熊殺しの捜査として山中に二人が分け入る描写は凄まじい。ウィルダネス。木、草、鳥、獣たちの描写密度が凄い。流れゆく川は滝となり断崖をロープを使って下る。
メキシコ時代の過去が各所に挿入される。暴力と裏切りと愛した女の死。まるでドン・ウィンズロウの描いたメキシコ麻薬戦争の断面そのもの。
パートナーの喪失と傷心。そして投獄と脱出。過去からの使者。麻薬カルテルの手が迫る。死神の顔をした殺し屋がバージニアに辿り着く。追跡者の暴力のすさまじさ。殺戮のプロフェッショナル。熊殺しを追いながら、過去からの亡霊に命を狙われることで息詰まる時間が、本書の後半を埋める。
緻密な自然描写とそこに生きる生活の活写などが前半で展開され、何が起こるのか不明ながら不穏さだけが全編を覆う、ミステリアスな試走から、畳みかけるアクションの後半へと続く主人公の心の内外の描写が秀逸極まりない。2019年アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞、他各誌でも話題の作品として取り上げられたらしい。山育ちの新人作家は、本書に関連する二作品を現在執筆中とある。山や自然の好きなワイルド派読者にはうってつけの作家の登場を素直に歓びたい。
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優れた自然描写と言えば、普通は優しく爽やかで癒される文章と考えてしまうところ、なんて汚くエゲツない風景が濃密に、しつこく殴りつけられていること…。
嫌われていることなどお構いなしの爬虫類や、捕食動物たち。
わをかけて不思議な行動の主人公。
暴力の匂いを惜しげもなく露わにする登場人物たち。
春を奏でる花々は、自己の遺伝子を残すために咲き、虫たちは生のために蜜を吸い、鳥たちは子育てのために、その虫を捕食し囀る。
身勝手で、不条理で非合理的な人間たちの理由は、そこでは通用しないようだ。
前半の遅々として進まない。でも非常に濃厚な舞台から、ラストシーンの殺し屋との対決まで、ギヤを上げ下げして走るマニュアル車の運転のよう。
重くのしかかるような、読後感。
汚く暗く、圧倒的な自然の存在。
ひさびさの読後感でした。
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あらすじは下の内容なんだけど、
いまいち主人公のよって立つ処というか、なんでエイプリルなんかに惹かれたの?
その前は何やってたの?そういうのは次巻なの?長い割に主人公の姿が見えてこない感じ。
その割に結構なスーパーマンだったり無防備だったり、精神的な不安定さだったり、その落差の大きさに違和感を感じながら読んでいた。
かといって読み口は悪くなく、ズンズンとのめり込んでしまう。でも読後感がなあ。いまいちスッキリしないというか。え?これで終わり?みたいな。
内容(「BOOK」データベースより)
アパラチア山脈の麓で自然保護管理の職を得たライスは、故郷から遠く離れ、穏やかな日々を送っていた。ところが、管理区域で胆嚢を切り取られた熊の死体が発見される。熊の内臓は闇市場で高値で取り引きされている。ライスは密猟者を追うが、地元民は非協力的で、前管理人で生物学者のサラを暴行した犯人もまだ見つかっていない。味方はサラと動物たちだけという孤立無援の状況で、さらに疎ましい過去の因縁―麻薬カルテルの暗殺者も迫りくる…アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞に輝く冒険ノワール登場。
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おもしろかった。退屈な場面がなく、最後までワクワクしながら読めた。自然保護区で起こる奇妙な出来事。終わりかたも良く、続編のにおいも。
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アパラチア山脈の麓で自然保護管理の職を得たライスは、故郷から遠く離れ、穏やかな日々を送っていた。ところが、管理区域で胆嚢を切り取られた熊の死体が発見される。熊の内臓は闇市場で高値で取り引きされている。ライスは密猟者を追うが、地元民は非協力的で、前管理人で生物学者のサラを暴行した犯人もまだ見つかっていない。味方はサラと動物たちだけという孤立無援の状況で、さらに疎ましい過去の因縁―麻薬カルテルの暗殺者も迫りくる。
自然描写が濃厚過ぎて、サスペンスは二の次になっている印象。
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ヴァージニア州のトラヴァー家が所有する広大な自然保護区をライス・ムーアは管理人としてロッジに住込みで働いている。誰も尋ねてこない、自然と動物が相手の仕事に満足していた。
ある日、保護区域内で熊が手足と熊の胆を取られた姿で死んでいた。ライスは、犯人を見つける為に地元ギャングや熊猟師に探りを入れる中、前任者のサラが暴行された事件の犯人の目星を付ける。熊の胆密猟者とレイプ犯を見つける為に殺人迄犯してしまう。
アパラチア山脈の大自然とロッジで人を避けて暮らす管理人ライスの日々は雄大で爽快だが、彼には密輸の前科が有り、そのトラウマに苛まれこの自然を堪能していない様だったが、全ての区切りが着いた時には時たま言葉を発する黒猫メルと老犬サディの穏やかな暮らしに落ち着いた様だ。
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CJボックス、クルーガー的な米国自然公園管理人小説。ただし主人公は根っからの自然愛好派じゃなくてメキシコ麻薬カルテルと関係した過去があるらしい…という思わせぶりな回想がちょこちょこ入る。リーダビリティありどんどん読み進むのだが、過去の話が面白くなりそうで今ひとつ盛り上がりにかけるのが勿体ない。長かった割には話の展開も一本調子だったなぁ。3.0
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ウィリアム・K・クルーガー、C・J・ボックスにも通ずるところのある”大自然と犯罪”もの。
異色なのは犯罪者と対峙する立場の主人公ライスがかつて麻薬の運び屋をしており、服役歴有。出所後はとある事情から自ら追われる身ともなっており、舞台であるヴァージニア州ターク山の財団所有地の管理人としての立場も本来の素性を隠しての生活を送っているいわくつきの男であること。
ある日ライスの居住区に迷い込んだ”キノコ摘みの男”が森で熊が密猟にあっていることを伝える。
その日から密猟者を捉えることに四苦八苦することになるのだが、追手からの追跡の恐怖や地元住民との不和、女性前任者に行われた暴行事件の犯人探しも相まって話は混沌としてくる。
ミステリ色は弱い。
ただ何といっても中盤、忘我の境地を共体験させられることとなる、密猟者を捉えようと自然に溶け込み、自然と向き合う過程が圧倒的。ライスの覚醒ぶりがすさまじく、”キノコ摘みの男”との再会、密猟者との対決へと至る幻想感はまさに超自然的世界観。
ただやっぱり自分はもっと現実的な意識で読める物語の方が好きかなということで星3つ。