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私が読んだことがある本書の筆者、清水潔の他の著作は、「桶川ストーカー殺人事件-遺言」「殺人犯はそこにいる-隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」という傑作ノンフィクション2冊であるが、本書は、その2冊とは随分と趣の異なる本だ。
清水潔の父親は、第二次大戦中に満州に、鉄道部隊として出征する。満州で終戦を迎えたために、終戦間際に宣戦布告してきたロシア軍の攻撃を受け、シベリアの強制収容所に抑留される。日本に引き揚げることができたのは、1948年、終戦から3年後のことであった。その父親が亡くなったとき、父親の本棚で清水潔は「だまされた」というメモ書きと戦時中父親が辿った土地の地図が残されていた。
本書で、筆者は父親の地図の足跡を辿る。ソウルを訪れた後、中国ハルピンからシベリア鉄道に乗り、父親の抑留されたイルクーツクまでたどり着く。そういう意味では、本書は父親の足跡を辿る紀行文であるが、それだけにとどまらない。中国・ロシアを通ることもあるが、日清・日露戦争まで遡り、日本が第二次大戦に突き進んでいく経緯を語る。筆者の父親は、そういった大きな歴史の流れに飲み込まれた犠牲者でもある。
父親が「だまされた」とメモに記したのは、日本が戦争に突き進み、自分は軍隊に召集され、満州に行き、敗戦を満州で迎え、ロシア軍の攻撃を受け、強制収容所に抑留された経験そのものが全て「だまされた」ものであったのだ。
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初老版『深夜特急』by沢木耕太郎
ジャーナリストの清水潔氏と小説家の青木俊氏によるドタバタ鉄道旅行記。いや、本来はそういう読み方ではなく、戦争を巡る日本とロシア周辺の歴史を辿る旅でもあり、重々しいテーマを取り扱ったものだ。しかし、それを2019年にタイムトリップして当に現代を旅するものだから、まるで意識したかのような〝戦争と今“のコントラストを表現した名著。楽しく読める分、凄惨な歴史が沁みるような仕立てと言えるかも知れない。
「だまされた」亡き父の書棚、一冊の本に貼り付けられたメモ用紙。本の表紙には『シベリアの悪夢』、ミステリー小説のように始まる物語は、清水潔のお家芸。この〝読ませる文章“、開始から終わりに一本のドラマを敷くストーリーテラーでもあるジャーナリストとしての表現力が著者の魅力だ。しかし、結局、何がだまされたのかは、本編とあまり関係ない。シベリア抑留そのものが確実に騙されているし、戦争自体が民間人には国に騙されたとも言える。或いは単に私的な悔恨かも知れない。
著者の筆力に頼り、そして青木センセイの奔放さ、人間力を放ち、旅が続く。ぬるい酒、不味い飯、強引な車掌、そしてほの暗い歴史。いけいけシベリア鉄道ボストーク号。本筋とズレるが、本著で改めて、文章には細部の数値が大切だと再認識。数値により厳しさの度合い、規模感、歴史の順序が伝わってくる。
下記にメモ書きしておきたい。
万里の長城は東端の山海関まで6352キロ、ウラジオストクからモスクワまで走るシベリア鉄道は9300キロ、日本が1889年に開通させた新橋・神戸間の東海道線は600キロ。
1959年になってからハルピン郊外で大慶油田が発見。1973年には日本人が試掘していた場所の近くで遼河油田が見つかり、中国は戦後世界第6位の原油生産国へ。
日本が朝鮮半島に敷設した鉄道は1435ミリ幅。ロシア軍が敷設した東清鉄道は1524ミリ。この違いは本編でも触れられるが、重要なポイントの一つ。
バイカル湖はアジア最大の湖で首位は2100キロ。面積は九州と同じ位。深さは世界一で1673メートル、透明度も世界一。
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国は民衆の命を犠牲にして戦争を仕掛ける。権力者は民族云々という空疎な思想によって暴走する。戦死によって労働力を失った戦勝国は、捕虜を尊厳無視して強制連行する。そこは極寒のシベリアであり、乏しい衣食住によってさらなる落命を連鎖させてしまう。この書籍ではその責任を問うのではなく、現在の街を行き交う道程と戦後の変貌を辿っていく。そこに戦争の空気は消えてしまっても、人びとの記憶はまだらに残されている。戦争を知らない、ではなく、知ろうとする、そして誰も幸せにならない戦争をしてはならない。と痛感する。
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非常に読みやすく、勉強になった。令和版深夜特急といった感じ。鉄道と戦争の関係が非常によくわかった。満州やシベリア鉄道、ぜひ行って、乗ってみたい。