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“キーワード”となる「牧畜」を入口とし、世界中の様々な地域で見受けられる事例、殊に近現代の歴史的経過や近年の様子を多く取上げ、他の人達とは違う価値観を持った人達のこと、そうした価値観と当該国の社会との関り、その他色々な事に関して多くの人達が書き綴った文章を集めた一冊となっている。知っているようで知らない、想定し悪いようで想定し得るというような様々な事柄が積み上げられ、何となく「爽快な読後感」というモノが在る。
「牧畜」という語そのものが、何となく「異国情緒?」というのか「遠い地域の少し特殊な営為?」というようにも思えてしまう。が、本書の内容に触れてみると、寧ろ「所謂“近代”の以前から在った人々の生業というようなモノが、“近代”が形成される中で如何なったか?」とか「或る国で語られる“伝統文化”なるモノの形成が現在の社会で如何に進行しているか?」とか「人口密度がかなり低い場所での人々の繋がりの形成という事の底流は?」というような、「とある地域の事例」から「或る程度一般化?」というように、「モノを考える材料」に出来るような気がした。各論の筆者達は、様々なことを観察、または文献に触れる、何方かの御話しを伺うということで本書掲載の各論の内容を纏めたのだと思うが、なかなかの労作ということになると思う。
「牧畜」という語そのものについて、自身としては「遠い地域の少し特殊な営為?」というように思えてしまった。が、「家畜を肥育し、繁殖を図り、動物由来の様々なモノを得る」という行為は日本国内でも普通に行われていて、それを寧ろ「畜産」と総称しているのだと思う。本書を読んでいて思った、或いは各筆者の理解と考えられたのは「牧畜」という言い方をする場合、「家畜の飼料を求めて様々な形で移動する」という営為が伴うということになるのかもしれない。
実は、手近な辺りで「畜産」と総称している営為の一分野である“酪農”が盛んに行われていて、乳牛の肥育が行われている牧場を見掛ける。乳牛を肥育するために、広い牧草地を牧場主が持っていて、そこで牧草を生育して利用しているという事例が殆どである。乳牛に関して、夏季にはその牧草地に出す放牧をしている場合も在るようだが、牧草を集めて牛舎の中で与えている場合も多い。牧場で生育する牧草以外に、色々な飼料を買い入れているという割合も多いと聞く。本書で論じられる「牧畜」は、こういう様子とは少し違う。
「牧畜」は、豊かな土壌でもない環境下、家畜の飼料が在る場所を、家畜を引き連れて巡るようなことが「最も効率的?」と見受けられた中で起って発展した生業である。そういう中、地域によっては「牧畜に併せて狩猟や漁撈も行う」というような場合や、「夏季用、冬季用と或る程度特定の場所での移牧」というように、“近代”の用地利用の規則導入や道路開発で家畜を引き連れて動き回り悪くなった事情も勘案したやり方が行われているようである。
本書には12の章、12の論が収められている。各論の傾向を踏まえて「変遷」、「境遇」、「共生」というキーワードで3つの部にそれらを纏めている。
何れも甲乙付け難い、なかなかに興味深いモノで、大変興味深く拝読した。何れの論も、世界中���様々な地域の伝統社会の変遷、伝統的価値観の中に生きようとした人達やその後裔達の境遇、伝統と現代の諸制度や諸課題との共生を探るような内容で、全然訪ねたことも無い、或いは訪ね悪いような場所の事柄ながら、各筆者に同行して現場取材をしていたと錯覚するような、なかなかに活き活きした内容だったと思う。
何かの研究に関連する事柄等を、或る程度広く一般読者に向けて紹介する、所謂“新書”のようなモノが在って、自身でも好んで読む傾向が在るが、本書はそういう傾向の本である。そういう意味で「爽快な読後感」を抱いたのだと思う。
本書の内容のような、「とある地域の事例」から「或る程度一般化?」というように、「モノを考える材料」に出来るようなことも探ろうとすることを、恐らく「人文学」とか「人文社会系の研究」と呼ぶのだと思う。そして、その「人文学」または「人文社会系の研究」の成果というようなモノは、より多くの人達に必要なモノなのではないだろうか?
偶々この本を知り、「入手出来るか?」と調べると意外にアッサリと入手が叶い、そこで素早く読了に至ってしまったが、なかなかに善かった。