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著者の結論に概ね同意。
教養を手取り早く取得するという事は目新しい事ではない。
岩波新書が創刊された時は軽薄短小と非難されていたし、新書という分野は知識を短時間で取得する事に主眼が置かれていた。
宝島社のラインナップなどは若手の大学講師に執筆させて知への水先案内になっていた。
手取り早く教養を吸収すること自体に問題があるとは思わない。
昨今の教養ブームには違和感を感じる部分があった。
著者が指摘する教養を取得する事が自己目的化している点は確かに当てはまる。
ファスト教養、ビジネスの成功、新自由主義、非効率な事を切り捨てるなどの親和性は高い。
成功する為に教養を取得するのは何の為?という問いが抜けて制度をハックする為、ハックするのは成功する為というトートロジーを産み出す事になってしまった。
制度の抜け穴をハックするのは、その先の理念を実現する為であり、教養を身につける事の意味は問い続け無ければいけない。
著作に挙げられているコンテンツは自身でも倍速^_^にて試聴しているので、視聴自体悪い事ではない。
現在の知の水先案内人の間口が広がったと捉えて、より深く掘り下げる学びも不可欠である事を自覚すべきであろう。
コンテンツへの向き合い方を考えていく重要性が遥かにましたと考えるべきである。
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ファスト教養
★概要
「自己責任」が重くのしかかり、周りが競争相手になった結果、経済的な勝ち組を目指すことが最善となった。
その結果、スキルアップ・人脈開拓・営業の話題作りしたいビジネスマンや学生が増えた。
そのニーズに答えるものがファスト教養です。
今までの教養と違い、ファスト教養は「お金に稼げるか」「その為にどのぐらい時間がかかるか」にフォーカスしてます。
そのファスト教養の問題点をこの本は指摘しています。
★感想
読んでる途中は、色々「ファスト教養」をありがたがる人を批判的に考えてました。
しかし最後まで読んでいく頃には、「家族を養う」とか「金持ちになる」とか「SNSで注目を浴びる」のような『私が諦めた夢』を目指している人々が必要だからやっていることだと気が付きました。
だからその試行錯誤を笑うことはできないなと考えました。
しかし私は、最近毎日本を読むようになったので特に思いますが、「興味あるなら読めばいいのに」「興味ないのにダイジェストだけ読んで納得出来るの?」と考えちゃいます。
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感想
揺らがない教養という幻想。教養はその人が属する領域で当然共有していると思われる知識体系。ビジネスにおける教養は知識人の言う教養とは違う。
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ファスト消費、今度は教養編。
現代のわかりやすさ、ビジネスに役立つを推し進めきたものの中に、書籍は含まれなかったのだろうか。
という疑問から、回帰的に批判するこの本を出版することに疑問を抱きながら、捻くれた気持ちで読んでしまった自分がいかに浅はかだったのかを、冒頭から思い知らされました。(やはり、人も本も見た目が全てではない。)
「スキマ時間」という言葉があるように、まとまって時間を取ることが難しくなってきた現代において、すぐに役に立つものが受け入れられるのは、想像に難くない展開のように思えます。
「これさえ抑えておけばよい」「ざっくり」「おおまかに」という言葉はよく聞きますし、安心感を与えてくれるように思えます。
時間のないビジネスマンにとって、勉強すること、本を読むことは、仕事に生かすため、という意見に疑問を持ちながら過ごす私。
そう思う人たちは一定数いて、「教養」という観点から見ると、「役に立てるための教養」と「(役に立たなくても)趣味として深めていく教養」という、学ぶことそれ自体は同じなのに、互いに反発し合う磁石のような状態になっている現場はいかがなものかと、著者は説いています。
どうしてそのようになってしまったのか、どうすればいいのかの2点に関して深掘りされていくのが、この本の特徴です。
確かに、さまざまな教養を身につけましょうということで、いわゆる『入り口本』は増えましたし、これからもどんどん増えていくと思います。
それらをきっかけに、全体をざっくりと掴んで、自分が好きなことだな、と思えば深めていけばいい。
『入り口本』は、そうした人たちにも開かれているという視点を持つことが、反発し合う磁力を弱めてくれるかもしれません。
まぁ、これが逆にネオジム磁石みたく、より強化されるのも学ぶことの面白さだと思うのですが。
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たまたまTwitterで見た発売告知に興味惹かれ、発売日に書店で購入した。
本書でも紹介されてるが、「映画を早送りで観る人たち」にも通じる流れを感じた。また著者と同年代で学生時代に堀江氏の登場を見ていた自分としても、著者の言うことにかなり納得感があった。
この流れは早々変わらないと思うが、著者も述べてるように安易な自己啓発本に走らず、深く知識を身につけられるようなビジネス書に接していくのが大切なのは、その通りと思う。
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興味深い読書となった。「教養」という語を使うことそれ自体が、本来はその人の倫理感の踏み絵となるということがわかった。無自覚に使い、それをひけらかすことは、自らの倫理観、人生観を露わにしてしまう。危険だ。
社会の圧倒的多数の人は、「教養」を「人格を高め人生を豊かにするもの」と「建前」では定義するであろうが、実際には、「教養」によって、人より高みに立ち、運命の前髪を掴み、相対的な立身、出世、報酬、尊敬尊崇の獲得、承認欲求の充足を期待してしまう。教養により自らのポテンシャルを高め、まずまず稼ぎを得て周りから「一人前の人物+α」と見られなくては、充実した人生とは言えない・・というのが普通の人のまっとうな考え方だし・・・。「教養のためにこれだけ努力したのだから、それに見合った「報酬」を得るのだ。できればより効率的に「教養が高い人」に上り詰めるにこしたことはない。効率性こそ人の能力証明でもあり価値でもある(!)」と無意識に思ってしまう。しょせん人間は希少資源を争う弱肉強食の世界で生きている。しかたない・・・(と僕も内心では思う。)
著者は、「教養獲得」と「リターン」を結びつけるべきではないのではないか、と言う。とはいえ、お手軽な「教養講座」をメシの種とするのは、池上も佐藤もホリエモンも中田敦彦も同じ。岩波も講談社も集英社もみんなそう。「教養講座」の需要は、「教養→リターン」の公式を、民衆・大衆が感得しているからである。この『ファスト教養』という本それ自体が、修養のツールでもあるし。
人はなんのために古典を読み、芸術に触れるのか。その根源に「教養」の意味も現れてこようが、現代の忙しいビジネスパーソンにそんなことを掘り下げるゆとりはないのである。
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所謂意識高い人たちの考えややっていることに「本当に...それで...いいんか...?」と疑問を投げかける本
一例として『花束みたいな恋をした』が出てきたのがわかりやすかったし、そーゆー見方があるのか!とビックリした。
映画を観たときは、学生から社会人になってすれ違いが起きたとこによる別れの話か~~って思っていたけど、麦が仕事に役立つことしか必要としなくなって、絹が好きな映画やらに興味持てなくなっちゃったことも別れの要因とは気付かなかったなぁ...
著者は育った環境から麦は意識高い気質があった...みたいなこと言ってたから、あの映画は「自分だけが好きだと思っていた本とかが一緒で、このひとなら全部合うんだ!」...と思っていたけど、就職という環境の変化から本当は合わない人だったよ...って話なのかな
ファスト教養の沼にはまらない事として、トレンドを追いすぎない・自分の好きと必要かどうかを考える...という提案に共感。オタクも旬ジャンルばかり追っていたら疲れるもんな...
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いわゆる「ビジネス書」を読むことに抵抗感があるものの、なぜそこまで自分がそういう類の本を毛嫌いしているのかをきちんと説明できないのが嫌で、解決の糸口が見つかりそうなために読んだ。結果、たくさんの発見があった。
著者は、お金儲けのために身につけるべきとされる「教養」を「ファスト教養」と位置付け、「古き良き教養」と対置させる(ただし、「古き良き教養」の文脈においても、ファスト教養と同様に、周囲を出し抜くという観点が紛れ込んでいるという指摘があり面白い(マルクスボーイ/エンゲルスガール的なものかな))。
そして、ファスト教養(ひろゆき、ホリエモン、中田敦彦が代表例とされる)が台頭してきた背景として、自己責任論やスキルアップといった価値観が勢いを増してきたことを挙げている(この辺りの分析は若干の粗さがみられ、やや精細さにかけるように思われる)。
ファスト教養を支える価値観は「自己責任」「スキルアップ」「公共性の乖離」だという。最後の「公共性の乖離」というのが個人的にはとても納得した要素で、世の「ビジネス書」は自己の成長と呼ばれるものに焦点があてられており、外の社会や世界に対しての接続点が見出しにくいものが多いと感じる。このような要素があるから自分はいわゆるビジネス書が苦手なのだと感じた。
逆に言えば、ビジネス書の体を取っていそうな本でも、外の社会や世界との接続点に関する考え方を提供しているものであれば、興味を持って読むことができるのかもしれない、とも感じた。例えば、成田悠輔が出演している動画を観るのが最近好きなのだが、これはおそらく成田氏が、個人に留まる話ではなく、広く社会や世界のあり方についての見方を提供しているように私が感じているからなのだろうと思った。
この本の特に素晴らしい点は、まさに私が上述したような思考の変化を得たように、すべての「ファスト教養」を毛嫌いすることなく、「ファスト教養」の(言ってしまえば)怪しい部分を(筆者の表現を使えば)解毒して、有用な部分を社会や個人のために役立てていくための具体的な手法を提供している点だ。
その一つとして、「ファスト教養」分野の本をよく出している著者(ひろゆき、ホリエモン等)の本の中でも、それら著者の専門性が適切に反映されている本を読むことが勧められている(筆者の言うスローガンは「自己啓発ではなく知識」)。例えば、田端信太郎からは会社での立ち回り方ではなく、メディアというもののあり方を学ぶ、など、個々の著者の専門性を見極めることが重要だという(そのためのキュレーションはかなり大切そうだ)。
また、筆者が音楽関連の物書きをする際に「ルーツとシーンの両方の要素を大切にする」というのもかなり頷ける話だ。
本の最終部分で、自分の軸となるもの(つまりは「好き」だと思えること)を持ちつつ、それへのノイズになるようなものにも触れることで社会や世界との関わり方を学び続けてきているあるお笑い芸人のエピソードが紹介されており、自分も今後、素敵な変節を遂げられる人生にしていきたいと感じた。
……めちゃくちゃ自己啓発的な感想になってしまった���
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即物的で安直なものは、長期的に見れば先細っていく。
それでもそれを求めるのは、皆「成功」と「成長」に囚われるくらい、焦りと不安に追い立てられているのかもしれないなぁ…、と思う一冊。
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この本を読むと悲しさを感じることがあった。
なぜここまで競争と自己責任論が各人に内在されなければならないのか。社会の余裕がないのだろう。このままではいけない。
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それはそうだよなと、普段考えていることが書いてある感じであった。NewsPicksのYouTubeに違和感がある人は、あまり読む必要がないかもしれない。しかし、よく見る人や共感できる人は、読んでみるといいだろう。
数ヶ月前までやっていた就活で、「成長したいです」という話をよく聞いた。その度に、なんのために成長するのか、と感じていた。成長の目的がないのに、将来に不安な人が、マスメディアによって増えているのだろう。そうはなりたくない。強い成長への欲求は、自己否定につながり、不幸を産む。努力なんかしてたまるか、という精神で生きていきたい。
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本書で取り上げる「ファスト教養」とは、ビジネスの役に立つか否かという判断基準で消費される「コストパフォーマンス」の高いお手軽な教養のことで、現代の日々仕事に追われているビジネスパーソンが感じている自身の市場価値の向上、成長への焦りと密接に結びついている。
しかし本来教養とはそんなに簡単に手に入るような物ではなく、役に立つ、立たないに関係なく学びを楽しむことで人生を豊かなものにするための精神を養うといった知的態度を指す言葉であり、お金儲けのための自己啓発としてのファスト教養は、文化を愛する人たちからは浅く、不完全な知識と揶揄される。
お手軽な教養がはびこる世の中でこれからの教養はどうあるべきなのかについて実際の例を挙げながら考察し、本来あるべき知的態度を知るための指針となる本。
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ファストフードなどに使われるファストと教養を組み合わせた、最近のビジネスに直結し、かつ手軽に得られる教養についての本。
ホリエモンや箕輪氏らが作り出した、金儲けこそ全て、自己責任、という風潮により、何者かになりたいと焦るビジネスマンが、名作映画を早送りで見たり、あらすじのみで満足している。
そうした、本来の教養とは程遠いものの、大量に消費されていく姿からファスト教養と筆者は定義付けている。
こうしたファスト教養に染まらないためには、無駄を愛しつつ、金儲けに直結はしないかもしれないが、自分が本当に好きなものについて、より深く学習することを勧めている。
最近感じていた違和感が言語されており、非常に頭の整理になった。
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わたし自身もこのブログで紹介しているように
「教養としての◯◯」という本は数多く出版さ
れています。
今まさに「教養ブーム」なのです。
そしてその教養をできるだけ楽に、手っ取り早
く手に入れようとする人たちも増えています。
この本はそんな人たちが増えていて「こんな事
態に陥っている」と嘆くだけでなく、なぜこん
な風潮になっているのかを考察しています。
簡単に言ってしまうと「楽してお金を稼ぎたい」
と思っている人と根っこは同じなのです。
「コツコツと知識を蓄える」「コツコツと働く」
という、ある意味怠け者が最も嫌う過程をすっ
飛ばしてくれるのがファスト教養なのです。
「楽して稼ぐ」なんていう話はまともなビジネ
スパーソンであれば、「なんか怪しいな」と感
じるはずです。
しかし「楽して知識を得られる」という言葉に
は危険な匂いは感じられないので、飛びついて
しまうのです。
そもそも「教養って何?」というところから考
えさせられる一冊です。
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ファスト教養は自己責任社会を背景として勃興したのだという論に、膝を打ちました。成長に駆り立てられていた、と言うよりは焦りと不安を感じていた自分を見つめ直す良い契機になりました。