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なんとも魅力的な本だ。何としても書いてあることを理解したい。しかしながら、1割も理解したとは思えない。寝る前の30分(これが理解できない大きな原因、というわけでもない)を中心に長い時間をかけて読んだが、ほぼ何も残っていない。それでも、1章は「読める」と感動したのだ。途中、「よい‐わるい」「きれい‐きたない」を発達段階でどのように獲得していくのかという話も興味深く読めたし、パートナーに話しをしたりもした。(理解していなければ他人に話ができない。)が、全般的には、ボヤッと頭に入って、そのまま抜けていくという感じ。なぜか。まずはことばの問題。「言語ゲーム」「エロス」調べてことばの意味を見た上でも、何を意味するのかがしっくりと入ってこない。かなりの回数本書の中に登場する。「間主観性」ということば、これはやっとイメージできるようになってきた。しかし、自分で使える言葉にはまだなっていない。「ルサンチマン」これは本書にあったかどうか忘れたが、最近やっと使えるようになった。本書で一点気になるのは野生児の話。と思っていま調べてみたら、アヴェロンの例は可能性があるのか。アマラとカマラとは違うわけだ。良かった。他の動物がヒトの乳児を育てることなどできないと確信しているから。本書の内容を少しでも理解していたとしたら、それは苫野一徳の著書を読んでいるおかげだ。「本質観取」や「自由の相互承認」などの話はしっくりいくようになっている。さて、相対主義である。徹底的に批判されている。「そうは言っても、こういう考え方もあるしね」と言っていては、何も言ったことにならない。最近、私が担当するクラスでも、多様性だからそれもありだよね、と何でもOKと言ってしまう子どもが出て来ている。いろいろな考え方をする人、いろいろな嗜好(志向、指向)を持っている人がいる。それは認められるべきだけれども、それが他人の自由を侵害している場合にはちょっと踏みとどまって考えないといけない。話し合わないといけない。こういうことが、ポストモダン思想の批判につながっているのかと解釈しているのだが、それでいいのだろうか。苫野さんに教えてほしい。苫野さんに本書の解説本を書いてほしい。欲望論についても。いや既にネットに何か上がっていたか。有料だとそこですぐ踏みとどまってしまうんだなあ。
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相対主義や詭弁を退け、あくまでベタに真摯に、言葉による普遍洞察=哲学の道を探る。まさに竹田哲学の集大成ともいうべき書だ。簡単に読み進むのは難しいが、哲学という大きな思考の軌跡をゼロから確実に理解できるはず。
近代市民社会を肯定する。その言葉が凄い。
「近代社会の原理は、歴史上はじめて登場した、万人に自由と価値の多様性を保証する社会システムである。その政治原理は一般意志統治(民主主義)であり、その経済システムは普遍市場(資本主義)経済であって、この組み合わせは代替不可能である」(p30)
現代社会や現代学問の課題に真っ向から取り組もうとする氏の姿勢には、感服するしかない。宮台真司氏や東浩紀氏らと通底するものを感じる。
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これが哲学の入門なんだろうか…言葉使いが難しい。○○的××的〜〜という表現が多用され、なんかニュアンスは分かるけど、明確じゃない気がしてちょっと気持ち悪かった。
史上最強の哲学入門を読んだ後に来たが、間にもう一冊挟みたい。
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【琉大OPACリンク】
https://opac.lib.u-ryukyu.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC16724132
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著者の本はこれまでも何冊か読んできたし、その考え方には惹かれるものがあったのだが、なぜかこの本は心に響いてこなかった。決してむずかしくて分からないというわけではないし、興味深い考察も多々あったのだが。こちらの力不足かな。「欲望論」をしっかり読み込むべきかも知れない。