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弔堂シリーズ3巻目、幕末のこういを悔やむ老人が狂言回しで、物語は進む。スカッとする話しはなかったが、しみじみした。
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約六年ぶりのシリーズ第三弾。
古今東西の書物が集う、主曰く“書物の墓場”・〈書楼弔堂〉を巡る“探書”譚、連作六話の構成となっております。
待っていました。この京極ワールド独特の雰囲気、“うん、これこれ!”という感じです。
今回の狂言回しは、〈弔堂〉に行く途中の坂にある甘酒屋の老爺・“弥蔵”さん。
幕末の血なまぐさい記憶を引きずりながら、世捨て人のように暮らしている弥蔵さんの元を訪れた(迷い込んだ)人々を、図らずも〈弔堂〉に案内することになるという流れです。
“京極本あるある”で、例によって分厚い本書ですが、ほぼ台詞という構成なので、割とスラスラ読めます。
〈弔堂〉を訪れるお客たちは錚々たる歴史上の有名人で、彼らが〈弔堂〉の店主と問答めいたやり取りをしながら“己の一冊”へと導かれていくのですが、今回は前二作と比べて、〈弔堂〉パートが短めな印象を受けました。
その分、弥蔵さんと彼の元に日参するニート(?)の利吉との交流や、各話のゲストとの会話部分にページを割いている感じです。何気に弥蔵さん結構饒舌なんですよね。
そんな弥蔵さんの正体は・・?という件も、話が進むごとにヒントが小出しにされるので、“どうやら戊辰戦争に幕府側で参戦したらしい。人斬りだったけど新撰組ではない?元会津藩士?”・・などと、あれこれ予測しながら読みました。
因みに、中学生の頃司馬遼太郎さんの『燃えよ剣』を読んで人生狂わせられた私(笑)としては、元新撰組隊士の“あの人”が登場した時は、思わずテンションが上がりました。(『ヒトごろし』のキャラ設定とリンクしていましたね)
という事で、久々に〈弔堂〉の主・龍典さんと小僧の撓(しほる)くんに再会できて嬉しかったです。
次回作も期待したいですね~。
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相変わらず歴史から物理まで幅広い会話が進み、また今回は憑き物落としの感もあり楽しく読む事が出来ました。
そして、最後の龍馬に繋がる流れには驚かされます。ここは是非読んでお楽しみ下さい。
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探書拾参 史乗/探書拾肆 統御/探書拾伍 滑稽/
探書拾陸 幽冥/探書拾漆 予兆/探書拾捌 改良
約六年ぶり と 帯にある。確かに読んだ記憶はあるけれど……たどり着くことが難しい書楼であることと、薄暗い店内に所狭しと並んでいる無数の本に圧倒されるイメージ以外ほとんど憶えていない。
弥蔵が開いている甘酒屋に書楼を訪ねる人が通りかかる。成り行きで案内すると主との話が始まる。何れも名の知れた人であった。
さて弥蔵とは、主とは、茫漠とした時のかなたに漂うばかり………
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「百歩譲る」んだ、と、つまらないことが気になった。
まぁ、何時から「百歩譲る」ようになったのかも(検索しても)判らないんだけど。
しかし、「講釈師」ってのはそれほどに重いNGワードなんですかね?
「見てきたような嘘をいう」のは本当のことだろうに。
この本だって講釈「のようなもの」だし、今の伯山が朗読すりゃ結構な娯楽にもなろうもんだが。
歴史は改竄される、ってことか。
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本書はシリーズの3作目の様だが見ていなかった。今回初めて書店で見かけ手に入れた。弔堂と近くに住む甘酒屋と書籍を求める人との出会いから物語が始まる短編集だ。色々な人物の名前が出てきて実に面白い話が満載で楽しかった。
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箸休めにサクッと読んだ。
毎回思うけど、読む度に弔堂へ行きたくなる。
人は自分の人生のある部分に後悔し、それについて抱え込むように悩み、苦しむ。
人間の業でもあり当然だと思うけど、今回はより強くそこにスポットを当てているように感じた。
どう向き合って解消し、消化して、また新たな明るい方向へ己の人生の舵を切るか?
辛く苦しい時に読むとより共感性を帯びる優しい一冊。
次の新刊も楽しみです。
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6年ぶりの新作。本屋で見かけて飛び付きました。書物の霊廟とも言える弔堂を訪れる客達にその人だけの一冊を与えるその姿は健在でしたが、今回は与えるだけではなく、買い取りや売らない、という内容もあり、新鮮な気がしました(以前にもあったのかもですが覚えてない)。昨今の世相を反映もしているのか、戦争の愚かさも滲み出ていて全体的に切なかったです。
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まず、
第3弾と知らずに読みました。
やりとりが
落語のしゃべくりのように感じ
なんとなく読みやすくはあるのだが、
いまひとつ響かない
短編が定番ワンパターンなので、
最初読んで面白くなければ離脱したほうが無難でしょう
分厚いからね
自分はこの本は最後まで読みましたが、
遡って第1弾、第2弾を読みたいとは思いませんでした
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前作から約6年ぶりとなる、僧から還俗した主人が営む書舗「書楼弔堂(しょろうとむらいどう)」を舞台としたシリーズの第3作である。
今回の語り部は、甘酒屋を営む老人・弥蔵。明治30年代後半に至るも、新しい価値観に馴染めない。彼の世捨て人のような生き方は、過去に原因があった。そんな愛想の欠片もない弥蔵をなぜか慕う、28歳の利吉。2人のコンビがいい味を出している。
弥蔵が弔堂の近くに店を構えていたことから、毎回客人を弔堂まで案内する。何だかんだで親切な面もあるし、意外に饒舌な面もある。客人はすべて実在人物であり、基本フォーマットは過去2作と同じだが、今回はややひねっている点もある。
「あなた様は―どのような本をご所望ですか」
というのが主人のお約束のセリフだが…ん?そんなパターンもあり? 相手に対して押しが強かった前作に対し、脇役に徹している印象を受ける。また、過去2作の語り部より、壮絶な背景を持つ弥蔵。過去2作より強く、自己と向き合うことになる。
京極さん曰く、今の世相を反映しているつもりはないそうだが、最初の1編から現在に、日本だけではなく世界情勢に酷似している。弥蔵は自分を含む古臭い世代を、利吉は悩める若者世代を、それぞれ象徴しているように感じられなくもない。
京極さんは、読書で人間は変わらないと冷徹に言い放つ。過去2作も含め、弔堂から買った本で変わった客人はいないだろう。しかし、人間として一本筋が通っていたから、きっかけにできた。彼らの悩みを理解できない自分は、凡人も凡人なのだ。
最後の客人は、弥蔵にとって因縁浅からぬ人物だった。弥蔵の過去は、何となく想像した通りだったが、最後にまさかの告白が! 彼は今後も、明治に馴染むことなく余生を送るのだろう。弔堂の主人だけが、時代の流れと無縁な気がしてきた。
正直、物語としての起伏に欠ける、このシリーズの魅力とは何だろう。次回作も予定されているようなので、なるべく早めにお願いいたします。
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レビューはブログにて
https://ameblo.jp/w92-3/entry-12786560004.html
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「姑獲鳥の夏」からの京極フリーク…いや推し。
江戸から明治の景色が見えるような。
時代観が本当に秀逸で、かと言って難しすぎず、読ませる!
知ってる名前のオンパレードでフィクションと現実の眩暈が…
まあ、「知ったことではない」のです。笑
手にとってから「コレ、シリーズ三弾じゃん!」
…泣く泣く逆読みする事に。
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中々の京極ワールド。
世界観や文体が好みだから読めるが、ダメな人には全くダメだろうなっと思う。
読み手を選ぶ作品。
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破暁、炎昼に続き三作目。弔堂にやって来る歴史上の人物は誰だろうなと想像しながら読むのが楽しい。甘酒屋の正体は一体・・・と思いながら読んでいたけど、最後に判明した時はそっちだったか!と驚いた。挿絵に使われている毛利梅園の「梅園禽譜」も良かった。
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シリーズ最新作。既刊は全て読んでいるはず。
京極夏彦の本は知る限り全て既読と思う。
残念ながらこの本を含め直木賞受賞以降は質が落ちていると感じる。
なお、小説と作家の思想は別とはわかってはいるがそれにしても京極がこの小説で語る思想は底が浅い。現代の思想で明治時代の思潮を蔑むのは御法度。