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人的資本経営と情報開示 先進事例と実践
第1章 人的資本に関する開示の動向
欧州においては、大企業の上場企業を中心に「非財務情報開示指令」により人的資本の開示が要求されていますが、2021年4月に欧州委員会はその改定案である「企業サステナビリティ報告指令案」を発表しました。これは、2022年11月28日に欧州理事会で最終承認され、上埸企業のみならず、非上場の大企業に対してもより詳細な開示内容が要求されることになっています。
米国においては、2020年8月26日に米国証券取引委員会により、既存の上場企業に対する人的資本開示に関するレギュレーションを改訂することが公表され、人的資本の情報開示を義務づける「人材投資の開示に関する法律」の導入が2021年に下院を通過しました。
GRIは、オランダのN00団体です。GRIスタンダードは、経済、環境、社会それぞれにおいて開示項目やKPI(主要業績指標)を設定しており、企業が経済、環境、社会に与える影響について、投資家を含むマルチステークホルダーに対して報告するための開示基準としての役割を果たすことで、サステナビリティの浸透に大きく貢献しています。
GRIスタンダードは、共通スタンダード、セクター別スタンダード、およびトピック別スタンダード(経済・環境・社会)で構成されています。
人的資本に関連するスタンダードは、共通スタンダードの一般的開示事項として、従業員や報酬に関する事項が、トピック別スタンダード(社会)として、雇用や労使関係、労働安全衛生、研修と教育、ダイバーシティと機会均等の幅広い項目が、開示要求事項として構成されています。
いわゆる人材版伊藤レポートには、経済産業省より2020年9月に公表された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」および2022年4月に公表された「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」の2つの報告書があります。
特に後者は人材版伊藤レポート2.0といわれており、人材戦略に関する実践的かつ具体的な取り組みについて「3つの視点と5つの共通要素」の枠組みで整理しており、人材戦略のバイブルとして位置づけられています
2022年8月には内閣官房(非財務情報可視化研究会)が「人的資本可視化指針」を公表しました。人材戦略を有効に実践するためには、人的資本の可視化に取り組む必要があります人材戦略に関する経営者の議論やコミットメント、従業員や投資家との対話やそこからのフィードバックを有効に進めるため、経営戦略に合致する人材の特定や、その獲得・育成のための施策等について、適切な指標や目標を検討することは、可視化のための重要なプロセスです。
第2章 企業戦略と人材戦略の連動性をひもとく
端的にいえば事業環境変化によって、これまでのヒューマンリソース(均ー的な労働力としての人材)からヒューマンキャピタル(知的労働の源泉としての個人、すなわち人財)へと捉え方が変化したといえます。
EYのピープル・アドバイザリー・サービスと英国オックスフォード大学のサイード・ビジネススクールの共同調査(2022年)によれば「人を中心に据える経営」は企業変革を成功させる主要なドライバー(推進因子)であることが明らかになっています。
変革の成功に最も寄与する6つの主要ドライバーを特定しました。
①動機づける「ビジョン」
② 寄り添う「感情面のサポート」
③醸成する「テクノロジー」
④ 奨励する「プロセス」
⑤主導する「リーダーシップ」
⑥協働する「文化」
主要なフレームワークが開示を推奨する領域は、ある意味で「デファクトスタンダード」といえるでしょう。研修時間、エンゲージメント、離職率などは開示するのが当然の時代といえます。
他方で、過半がまだ開示できていないが、主要なフレームワークが開示を推奨する領域として、今後さらなる開示が進む可能性が高い項目があります。研修費用、自発的離職率、男女間の給与格浅などが举げられます。
ISO30414は、2018年12月に国際標準化機構が発表した人的資本の情報開示に関するガイドラインです。人的資本の測定や分析、報告について示したもので、SEC (2019年)と並ぶ人的資本の情報開示の転換点を表す重要な基準と位置づけられます。
汎用性が高く定量化しやすく、自社の立ち位置や状態を把握しやすいISO 30414
❶網羅的で、汎用性が高い
②定義や算出式が明確で、定批化しやすい
❸比比可能性に優れ、自社の立ち位置や状態を把握しやすい
人的資本情報開示の落とし穴
1.意思なき情報開示プロジェクトは迷走する自社らしさを議論しつつ必要なデータを整理・公開するのが大原則
2. 45日後には情報開示に迫られるのでかなり前から準備が必要
3. PMOは手薄になりがちだが、開示プロジェクトの最重要組織なので人事部門からも積極的に人員を拠出すべき
4.実行施策からさかのぼって開示ストーリーを考えるのは悪手。そのストーリーは未来を語れない
5.大人数での開示ストーリー検討は「できること」に終始し、何も生み出さない。少人数・短期間での検討が鉄則
6.中央値や平均値から外れた低い値は「悪」ではない。戦略とは選択と集中なので経営資源が集中していない領域の数字は悪くて当然
7.身の丈を超えたデータ取得は現場を疲弊させるので、フィージビリティ・スタディは必須
第4章 資本市場からみた人的資本の捉え方
無形資産とは、「貨幣資産や有形固定資産などといった物的な実態資産以外で、将来の経済的便益の源泉となりうる無形の要素」と定義されます。「①無形資産は同時・多重利用が可能、②無形資産が生み出す便益の高い不確実性、 ③無形資産の市場は存在しない」といった特性を持つため、無形資産の評価は困難になることが多いと指摘されています。
1990年代以降に、企業価値の決定因子や競争力の源泉が、有形資産から無形資産へと変化してきたことが指摘されています。米国市場では1985年から1995年の間に無形資産と有形資産の時価総額に占める比率が逆転し、2020年には無形資産が90%を占めるほどになっています。
こうした状況で企業の取りうる対応として重要なことは、①自社の価値創造ストーリーを軸足とした人材戦略を立てる、②適切なKPI設定を行う、③外部に適切に発信する、の3点です。
投資家はなぜ、「中長期的な投資・財務戦略」として人的��本に注目するのでしょうか。その意義について、主に3つの観点に分けて考えることができます。
① 企業の変革・成長の実現可能性を図る要素として
②イノベーション実現の要素として
③リスク回避の観点の一つとして
第5章 無形資産の可視化と企業価値の算出
社会的価値としてのについても、さまざまな研究が始まっています。その代表例が、「インパクト加重会計」といわれるものです。「インパクト」とは、もともとは事業が対象社会にもたらした変化を意味します。ESGの世界で用いられるインパクトは、事業活動の結果として生じた社会的あるいは環境的な変化や効果として解釈されます。
インパクトには、ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもあります。また、短期的に確認できる効果や、長期的な変化もあります。このインパクトを計測し、貨幣価値に換算して表す手法がインパクト加重会計です。企業が創造する社会的価値を可視化する方法として、近年用いられ始めています。
第6章 開示のための內部統制構築と
第三者保証
サステナビリティ情報開示のプロセス構築に向けた課題
・広範な集計範囲
・手作業への依存が高い
・手作業への依存が高い
・開示方針や目的が不明確
・内部統制の未整備
・担当部署や担当人材の不足
人的資本関連情報の開示プロセス
①人事・人材データの集計
②KPI・KGI等の管理すべき指標の算定
③実三データ、または指標の実績値に対する分析と将来予測
④開示のための数値の集約
ESG先進企業は、さまざまなサステナビリティ課題に正面から取り組み、その取り組みや達成した成果を企業内外に知らしめることで企業価値を高めていきたい、あるいは、サステナビリティ情報に対するステークホルダーの信頼を高めたいと望んでいます。そうした意識から第三者保証へのニーズは動機づけられるかもしれません。企業による第三者保証のニーズは次の要素から生まれてきます。
A株主からの圧力
B投資家の意思決定の動向
Cブランド力の向上
D社会からの認証