阿部聖一郎さんのレビュー一覧
投稿者:阿部聖一郎
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紙の本八月の博物館
2000/11/09 01:13
未踏のスタイルで物語の持つすばらしさを追求した書
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躍動感溢れるイントロ部分を一気に読ませると、いきなり“作者”が文中に登場する。今まで見たことも聞いたこともないプロットにいささか驚きながら読み進めていくうちに、この”作者”なる人物は、主人公の少年とは別に、もう一人の登場人物として物語に重要な役割を占めていく事に気づく。おそらくは瀬名氏自身であろう“作者”は、自らを「落ちぶれたベストセラー作家」と卑下し、赤裸々に自分自身を露呈し、もがき苦しみながら物語とは何か?を問い続ける。そして、読者と喜びを共感、作者と読者、お互いの喜びがフィードバックしあいながら高めあうことを模索し、確立していく課程とともに、物語自体もクライマックスに突入していく。
瀬名作品に特徴の、目の前に物語の光景が浮かぶような微細な描写、広がる鮮やかな色彩、不思議と聞こえてくるオーケストラのビロード皮を連想させる音色。少年時代特有の迷いや冒険心、好奇心、異性への興味が主人公の少年を生き生きとさせ、“作者”の物語を生み出そうとする苦しみとあいまって、読む者を不思議な感動へと導いていく。
古い人形には魂が宿ると言うが、読み終えた後、今まで手にしていた“本”に、なぜか魂が宿っているかのように感じた。大概の本は、まるでテレビの画面の向こうの話、程度で読み終えればそれまでなのだが、本作品は読み終えた後も、ついさっきまで、あたかも自分の隣に、主人公の少年亨が存在していたかのような強烈な存在感を持つ。
前人未踏の新領域に踏み込んだ瀬名秀明氏の最高傑作に間違いない。
瀬名秀明ファンページ
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