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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

夕瞬さんのレビュー一覧

投稿者:夕瞬

3 件中 1 件~ 3 件を表示

我々は騙されているのか

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ほんの小さな疑問。事の大きさの前にその小さな疑問はかき消される。しかし、やはりその小さな疑問はどこかで積もってゆく。誰かに気づかされるまではわからない。だがいったん気づくと、それは巨大な疑問に膨らんでゆく。
9.11テロにおいて、その「誰か」とはこの本だと思ってよい。

 あのテロにおいて、アメリカが流す情報には不可解な点が山積している。
・ビンラディン一人で、あのような作戦を仕立て、遠隔地から携帯電話一本で実行に移すことが可能なのか?
・米国はビンラディンの携帯電話番号を入手しており、居場所を特定できる状態で盗聴までしていたのになぜ捕まえなかったのか? 実行を防げなかったのか?
・アメリカはチェチェン戦争の際、その指導者を、携帯で通話中にその居場所を特定しミサイルを撃ち込んで殺害した。そこまでできるのになぜ今回はビンラディンを見つけられない?
・ハイジャックしたアタは事前に小型飛行機の操縦訓練を受けていたが、小型飛行機の操縦能力で大型ジェット機を操作できるのか?
・ビル激突第二機は低空で60度という急旋回を行いながら衝突していったが、ベテラン操縦士でも難しいそのような操作を素人ができるのか?
・ビル攻撃はすでに全米に知られていたにもかかわらず、ペンタゴン上空という立ち入り禁止区域にジェット機が侵入できたのはなぜか? なぜ戦闘機が全く派遣されなかったのか?
・何よりもなぜ、コクピット内の録音テープは公開されないのか?

 これらの疑問はどれもこれも極めて不可解である。テロそのものが異常であったが故に、その周りに潜む異常性には我々は目を背けてきた。しかしいつまでも見ぬふりはできない。真実を知ろうとしない人々は必ず支配される。真実がどこにあるのかわからないし、手に入れられるのかもわからない。しかしその姿勢は必ず支配者を牽制することになる。我々が一部の為政者のいいなりになることがないよう、我々は常に多角的に情報を集めなければならない。本書は、これまで私たちが考えてこなかった9.11テロの恐ろしさを伝えてくれる。

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今、煩悩が求められている

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 除夜の鐘。鳴らされる108の鐘は人間の煩悩の数を表しているとされます。しかし、と著者は言う。今、自分の煩悩を108も挙げられる人はいるのだろうか、と。

 最近では煩悩を持てる人が少なくなってきたのです。「一発当ててやろう」という典型的な煩悩を持つ人を目の前にして、何をバカなことを、と思いながらも内心その意欲を羨ましく思ったりするものです。何かに憧れていながらも、すぐにそれを自ら否定している自分がいます。そんな人が多くなると、社会全体に活気がなくなってきます。その活気のなさはさらに自分の煩悩を矮小化させます。
 これでは悪循環です。煩悩を持つことを否定してはいけません。むしろ積極的に煩悩を持つべきなのです。「夢を持って生きよう」と言われると何かとてつもなく高尚な印象を受け萎縮しがちですが、「煩悩を持って生きよう」と言われると、自分でもできるかもしれないと思えます。さらに言うなら、夢は煩悩からしか生まれないのです。著者に言わせれば、「夢は実現できない:煩悩は実現できる」。

 昨今の癒し系の本には必ずといっていいほど「自分を認めましょう」という文句があります。まったく同感ですが、その糸口をつかめる人は少ないのではないでしょうか。まずはその具体的手段として「煩悩を認める」ことが求められているように思います。「煩悩こそが自分自身(本書より)」なのですから。

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どんなときでもやさしさを持って

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日本に一つの歴史を刻むこととなった阪神・淡路大震災。
数字で見るデータからもその悲惨さは伺い知れるが、やはり人間の視点に立ってみないとそこで何があったかを知るのは難しい。
 本書は実際に震災の被害を受けた一人の女性を追ったドキュメントである。
妊娠を知って夫と幸せを共にするところへ突然の地震。何とか助かったものの街は火の海と化していた。産婦人科にも重傷の人々が担ぎ込まれ、彼女は治療を受けられずに流産してしまう。周りの人々に支えられ何とか生活してきたものの、無理に笑う日々は彼女の神経を蝕んでいた。ある日ふとしたきっかけで張りつめていた神経が切れ、見知らぬ他人の前で号泣してしまう。その人に励まされてもう一度検査に行くことを決心し、行ってみると…
 支え合う人々と彼らの心の温かさに涙を禁じ得ない。

 ただ気をつけてもらいたいのは、本書に描かれているのは震災直後の姿だということ。震災は確かに人々を“平等に”襲った。人々は社会的地位を乗り越えて互いに励ましあった。しかし、である。社会復帰のしかたには明らかな差があった。震災による被害を口実にして、大会社側は下請け会社への発注を絶った。ただでさえ損害を受けているところへ仕事までもたたれたら生きていける術はない。離婚する夫婦も急激に増えた(震災離婚と呼ばれる)。自ら命を絶つ人も珍しくない。遺された子供達は路頭に迷う。彼らはかくして世の無常を見ることになる。
 人は苦しみを分かち合うときにやさしくなれる。それはとても素晴らしいことである。しかし、さらに一歩進んで、自分は苦しみから逃れられるが相手は難しいという状況でも人にやさしくなれるかが問われるのではないか。ひいては、どこかで苦しんでいる人がいるのではないかという想像力がその人の人格を問う試金石になるのではないかと思う。

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