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Chintaraさんのレビュー一覧

投稿者:Chintara

9 件中 1 件~ 9 件を表示

紙の本人権を疑え!

2001/09/17 23:21

単なる人権批判の書に非ず

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書を単なる人権批判の書と軽んじ、今まで読まずにいたことは、誤りであった。人権思想を信奉する人々にも、鼻で笑う人にも、あるいは議論そのものに無関心な者にさえ、斉しくこの本を勧めたい。
 死刑制度に犯罪抑止力はあるか。この問いに対し、人権思想を鼻で笑う評論家の呉智英は、当然ながら「ある」と言い続けてきた。その呉が、本書所収の『人権主義者のセカンド・レイプ』において、現代日本の死刑に抑止力などないと明言している。少し意外に思えるが、その理由が振るっている。絞首刑だから、というのである。
「我々は初めから抑止力を減衰させた死刑方法を選択しておいて、死刑に抑止力があるかないかを議論しているのである」という呉の文章は、ためにする議論を繰り返す人々へのラジカルな批判として広く読まれるべきだ。
 仏教学者の定方晟が、並み居る執筆者の中で最も過激な立場をとるのも興味深い。

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紙の本文庫本を狙え!

2002/01/10 16:29

すぐれた書評の芸

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 坪内祐三の声をきいたことはないけれど、とにかくこれを読んでくれという彼の声が、ページのあいだかどこかからきこえてくる気がする。それほどすぐれた書評の芸である。おかげで、紹介されている文庫本のほとんどが読みたくなってしまった。
 また、『古くさいぞ私は』の著者にふさわしく、うしなわれたものへのかなしみがいくつかの箇所でつづられているため、わたしはカタルシスすら得ることができた。

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紙の本城の崎にて・小僧の神様 改版

2002/06/24 23:04

古典らしからぬ古典

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「小僧の神様」の結びには驚いた。途中までの「ちょっといい話」という印象が、最後の数行で一変してしまうのだ。こんな経験はなかなかない。また本書収録の短編「転生」にも似たような仕掛けが施してあり、合わせて楽しめる。
 その他、轢死事故を目撃した線路工夫の卑俗さが描かれる「正義派」や、妻を姦淫されてしまった男の心情が切ない「雨蛙」など、古典のイメージを裏切る作品が多く収録されている。

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紙の本愛のひだりがわ

2002/02/15 14:45

食わず嫌いに恰好の一冊

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 主人公、愛の成長を描いた書き下ろし長編小説。

 現実には起こりえないほど続けざまにふりかかる困難を、非現実的な力を支えに一つ一つ乗り越えていくという、ともすれば荒唐無稽なだけに終わりそうな話にもかかわらず、マジック・リアリズムの手法できれいにまとめている。

 毒が薄いため、固定読者には物足りなさが残るだろうが、「グロテスク」などと筒井康隆の作品を敬遠しがちな人にとっては、その評価を見直すきっかけとなるであろう。

 前著『わかもとの知恵』で紹介された知恵が、作中でいくつか実践されるのもほほえましい。

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紙の本つげ義春とぼく 新版

2002/01/14 00:56

淡々とした筆致ながら読者の感情をゆさぶる

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 本書はマンガではなく、旅行記、夢日記、回想記などの文章と、イラストレーションで構成される。そのどれもが淡々とした筆致ながら読者の感情をゆさぶるのは、さすがにつげ義春である。
 「私の祖父は一時泥棒をしていた」という書き出しで始まる「万引き」に、私はもっとも感動した。「万引き」は、小学校を出るか出ないかという頃のつげ少年が、手塚治虫の新刊を買ってもらおうと、泥棒稼業から足を洗い収入のなくなった祖父を本屋に連れていくという話である。そのときの祖父の行動、本屋の対応、つげ少年の態度が、まさに淡々と綴られる。それぞれの人物の気持ちが痛いほどよくわかり、電車の中で読んでいた私は不覚にも泣きそうになってしまった。
 また、さびれた田舎のさびれっぷりが直截に描かれる「颯爽旅日記」や、夢とはいえ、あまりに荒唐無稽な話ばかり続く「夢日記」にも、笑わされ、驚かされた。

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誰が書いたか分からない

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本を書いたのは誰なのだろう。奥付に訳者紹介はあるが、著者の紹介はない。

 訳者の叶ふくすけは同志社大学法学部に在学中、バーナード・W・ウェッブという翁のビートルズ作曲論研究に参加し、爾来三十年弱も同研究に心血を注いできたという。訳者紹介にそう書いてある。そのバーナード翁こそ本書の著者であり、すると翁は、かなりの高齢を押して、三十年来の研究成果を世に問うたことになる。

 疑わしい。上記の内容が本当なら、著者紹介が記されていないのは不自然である。

 思うに、バーナード翁など初めから存在しないのではないか。ある日本人が何らかの都合で変名を使い、しかも翻訳した振りをしているのだけなのではないか。「コードグループ」「作曲譜」など、せっかく面白い考え方を提示しているのだから、策を弄する必要はなかったであろう。

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強欲なる読者より

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 もう永江朗の本は読まなくて良い。そういう結論に達した。
 昨今の論壇状況を概観したいという見地から本書を読むのは、もとより適切ではない。得られる知識はただひとつ、現代日本で活躍する評論家に著者の与える評価、それのみであって、それ以上の知見を求める者は強欲な読者にすぎないのである。
 そうであるならば、著者が「小林よしのりが嫌い」と述べるように、読者は著者に対する評価を好悪で示すほかない。私は、自らの好き嫌いを根拠に臆面もなく他人への評価を書き綴れる永江朗が「嫌い」であり、今後彼の著書を読む必要がないと判断する所以はそこにある。
 ところで、ときに読者は強欲である。少なくとも私は、論客を論ずる書物ときいて、本書に高次の批評、すなわち批評についての批評を期待していた。その期待が外れてしまったのも全く不満であった。

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紙の本バカのための読書術

2001/09/15 21:55

バカを治したい人へ

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 本書を読んでもバカは治らない。なぜなら著者のいうバカとは抽象的な思考が苦手な人のことであり、バカは歴史を学ぶべし、というのが本書の骨子だからである。歴史を学んだとて、哲学が得意になるはずもない。歴史に明るいバカになるだけである。
 また次のような指摘もできる。
 著者は本書の前半で、絶対的な事実など存在しないのではないかといった「事実」にまつわる問いを、「最先端の議論」であるとして措いている。だが終章では、「事実」を根底に据えなければ暴力の介入を引き起こすしかないという自身の「事実」観を開陳する。いったい、バカを相手に最先端の議論をぶってどうするつもりなのだろうか。
 以上の不満は、バカに対する著者の姿勢がはっきりしない点に起因する。バカでなぜいけないのか。バカをどうしたいのか。それらの疑問に対する答えは、本書の中には見つからなかった。

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紙の本まれに見るバカ

2002/02/03 18:07

毒にも薬にもならない

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 バカが嫌いだ、という感情をだらだら書き連ねただけの、毒にも薬にもならない本。

 自身婉曲に認めている(80ページ)とおり、著者は小心である。批判対象の宗教団体名を、「S学会」「Kの科学」などとぼかす行為(130ページ)に、その小心ぶりがよく表れている。毒にならない所以である。

 また、「まちがってたらゴメン」(189ページ)に代表される、正確さに対する怠慢が目立つ。これでは薬にしようがない。

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