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先月(2017年6月)

小田光雄さんのレビュー一覧

投稿者:小田光雄

2 件中 1 件~ 2 件を表示

アメリカ出版業界の変容をあますところなく証言

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 ジェイソン・エプスタインの『出版、わが天職』(原題Book Business:Publishing Past Present and Future)は、原著が昨年アメリカで出版されるとほぼ同時に、『本とコンピュータ』で室謙二による著者インタビューが掲載されたことから、邦訳を待ち望んでいた出版業界の関係者も多いのではないかと思われる。
 アメリカ出版業界において、1950年代にそれまでなかったアンカー・ブックスというクオリティ・ペーパーバックの創刊から始まり、ランダムハウスの編集者として著名であったエプスタインが、新しい出版であるオンデマンド出版を構想し、それにこれまでの編集者人生のすべてをかけていて、それがどのようなものであるのか。本書であますところなく語られているのではないかと期待されていたからだ。
 しかし、残念なことに、新しい出版としてのオンデマンド出版の構想や見取図は、7章からなる本書の最後の「モダン・タイムズ」でシステム設計として語られているだけであって、具体的な編集作業、組織計画、資金については明らかに示されてはいない。もちろんオンデマンド出版計画を立ち上げたばかりであり、企業秘密ということもあるだろうが、いささかもの足りない思いを抱かせる。
 したがって、本書は新しい出版形式についての報告ではなく、訳者が周到に邦訳サブタイトルに付したように「モダニズムからオンデマンド出版へ」と向かうことになったエプスタインの編集者としての20世紀後半の軌跡であり、それはアメリカ文学史であると同時に、アメリカ出版業界の変容の証言ともなっている。
 そしてエプスタインが優れた編集者だと感じさせられるのは、彼がアメリカ出版業界の変容を構造的に分析していることだ。出版社のコングロマリット化、ベストセラー商品、マス商品への傾斜、返品率の上昇、郊外型書店チェーンの台頭、これらがアメリカ出版業界の危機を招いた要因であるとの指摘は、日本の出版業界とまったく同様であり、思わず苦笑させられる。日本においても同じ状況のなかでオンデマンド出版が始められているが、その行方はまだ不明のままだ。エプスタインの試みが成功してほしいと心から願うし、その時こそ、速やかに「オンデマンド出版の現在と未来」を具体的に、詳細に、報告してほしいと思う。(bk1ナビゲーター、小田光雄)

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紙の本不倫の恋で苦しむ男たち

2001/07/05 16:25

不倫のケーススタディ

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残念ながらというべきか、恥ずかしながらというべきか、本書の言葉にあるような、「『不倫したことはない』という少数派の男性たち」に属する私に(いつだって私は少数派なのだ—)、本書を論評する資格があるのかどうか疑わしいのであるが、始めてみよう。
 この亀山早苗の『不倫の恋で苦しむ男たち』は、不倫の恋をしている女性の本は多く出版されているが、その相手である男性に関する本がないということで企画され、出版された。このコンセプトにそって、著者は不倫体験者の男性を訪ね、インタビューし、彼らの不倫の始まりから終わりまでを追跡し、不倫をする男たちの様々なケーススタディを報告している。
 それらを本書より抽出してみる。まず男性は不倫相手の女性を、「自分のことをわかってくれる」と考えて交際が始まり、家庭は壊したくない、でも好きな女性と関係を持ちたいと考えるようになり、そして女性がOKのサインを示すと実際に不倫関係に陥る。そうした過程で、不倫相手女性に対して男性が持つイメージは次のようなものであるという。

*明るくさっぱりした女性
*一人で放っておいても大丈夫な女性
*泣かない女性
*嫉妬深くない女性
*わがままを言わない女性

 この部分は、思わず冗談じゃありませんよと半畳を入れたくなる。あまりに勝手な「男の論理」ではないか。この時、その「女性」を「男性」に置き換え、まず自分自身を問うべきなのだ。もちろん、恋愛も結婚も、自己が創り上げたイメージを相手に投影することによって始まるのだが、ある意味ではそのイメージを壊すことによってしか、結婚生活は営まれないということを夫も妻も知っている。しかし不倫をする男たちにとって、そうした結婚の知恵が身についていないように思える。成熟を拒否された男性が不倫に向かう時、その終局はどのようなものか、それは本書に描かれた通りだ。経験がなく、くやしくていうのではありませんが。

 本書では、このような男性たちの不倫のケーススタディがたくさん紹介されているのだが、その視点が不倫する男たちの話から形成されているため、どの場合でも平面的な印象を与えてしまう。もっとトライアングルに、不倫する男たちばかりではなく、不倫相手の女性、不倫される妻たちを立体的に描き、その背後にある個人史、家庭史、社会史を書きこまないと現在の不倫の実相は伝わってこないように思える。
 しかし、亀山早苗の記述が単なる新聞の三面記事や週刊誌のスキャンダラス報道といった感触から免れているのは、彼女自身の不倫の体験がコアとなっているからであり、彼女もまたそのトラウマから脱却できていないことを示しているかのようだ。そしてそうした体験をベースにして、彼女は本書のなかに不倫をする男性たちには精神的に自立せよ、相手となった女性たちにはプライドを失うな、というメッセージを忍びこませている。そのことによって破局に終わった不倫後の世界を生きよと励ましている。
 だが、亀山早苗の論理は独断と飛躍が多すぎることもいっておかなければならない。たとえば、「かつて世の中に、あるいは人の心の中にあった共通の倫理観はあっという間に崩れていった。そもそも一夫一婦制じたいが、お上の統治しやすいように押し付けられたものではなかったか。こうしたもろもろの背景があって、不倫、及び婚外恋愛は一般化していった」とか、「結婚は法的な契約にすぎない」とかは、本書に示された不倫のモチベーションとは異なっている。これらを論証するにはもっと別の手続きが必要である。むしろ、ボードレールが「性交は民衆の抒情である」といったように、「不倫は高度資本主義消費社会の抒情である」というべきではないだろうか?

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