きりぎりんさんのレビュー一覧
投稿者:きりぎりん
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電子書籍猫を抱いて象と泳ぐ
2012/12/22 21:27
小さな世界を教えてくれるのが、作家の仕事
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
この小説を読む機会に恵まれた時、小川洋子さんの著書は「飛行機で眠るのは難しい」のただ一つしか読んでいませんでした。
その読書理由も高校時代の現代文の教科書に載っていたから、という何とも寂しいものです。
「博士の愛した数式」など有名タイトルを書いてらっしゃる方ということで興味はあったのですが、どうしてもっと早く読まなかったのかと、今作の読後に後悔を覚えました。
あらすじは本の裏側を読めば分かる事ですので割愛しますが、悲しい物語が展開されているはずなのに、何故か暖かさを感じる、そのようなお話でした。
全体を通してチェスが出てきますが、ルールを全く知らなくても、問題はないと思われます。
物語の支柱となっている、「大きくなること、それは悲劇である」という少年の価値感をきちんと表すように、気を張っていないと見過ごしてしまいそうな、小さな世界がたくさん出てきます。
私は常々、物語の醍醐味とは、
「みんなは知らないが自分は知っている、この人たちはこんなに凄いんだ、こんなに美しいんだ」という独占感にあると思っていまして、
それを満たしてくれるこの作品の演出が非常に心に残りました。
物語中の、名もなき彼らは、チェス盤の上でのみ、その凄さや美しさを発揮して、また静かに去っていきます。
小川洋子さんは、柔らかな文体で、まるで読者に語りかけるように、彼らの事を教えてくれるのです。
妙な例えですが、暖炉の横で、安楽椅子に座ったおばあちゃんから、昔話を聞いているような心地よさを感じていました。
多少淡々とした語り口ですので、ワクワクしたりハラハラしたりする、いわゆるドラマ性が、この物語に欠けていると思われる事もあるかもしれません。
しかし、主人公であるリトルアリョーヒンが、小さな八×八の盤上を宇宙に例えていることを考えていけば、むしろこれほどドラマティックな作品も無いのではと思います。
個人的には、計算上可能な棋譜の数が、十の百二十三乗あって、宇宙を構成する粒子の数よりも多いと言われているという言葉が非常に印象に残っています。
その後に続く、「じゃあチェスをするっていうのは、あの星を一個一個旅していくようなものなのね、きっと」というセリフも。
この本を読んだ時間が、自分にとって充実感のある時間だったと言える、そんな小説です。
まだ知らない人は是非手に取ってみて、自分のペースで、小川洋子さんの紡ぐ小さな世界に、耳を傾けてほしいと思います。
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