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宵待草さんのレビュー一覧

投稿者:宵待草

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本

佐藤本のベスト

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 佐藤氏の書いた本はほとんど全部読んできたつもりですが、佐藤優とは何者なのかを端的に知ることができるという点で、恐らくこの本は彼の著作の中でもベストではないでしょうか。力強い本です。しかも難しいテーマをわかりやすく書いてくれている、極めて啓蒙的な本といえます。

 読者はまず、マルクス、宇野弘蔵などを通して、現代の資本主義国家としての日本という国の仕組みや問題点を学び、次いでアーネスト・ゲルナー等を参考にナショナリズムとは何かについて学ぶのですが、その後に出てくる「聖書」だとか「否定神学」、「神学者カール・バルト」というようなものが、なぜ「国家論」と関係があるのだろうかと、とまどうに違いありません。だが意外や意外、最後まで読んでいくと佐藤氏の魔術にかかって、なっとく!なっとく! となってしまうのです。

 「国家は必要です。しかし、国家はその本質において悪です」佐藤氏はずばりと述べています。「改革!」、「郵政民営化!」という叫び声だけにだまされた「小泉ブーム」とは一体何だったのか、この本を読むとよく分かります。

 「私は右翼です」と佐藤氏は公言していますが、惑わされてはいけません。国への愛を語っているのであって、いわゆる「右翼」とは全く違います。ちなみに彼は強い護憲派でもあります。また、佐藤氏は自称「クリスチャン」ですが、この本を読むと、彼が既成のキリスト教会など支持していないことがよく分かります。ブッシュやアメリカのキリスト教右派などは、キリスト教とも言えないものとして、バッサリと切って捨てています。

 難解な本や思想の要点を要領よくかいつまんで、誰にも分かるように説明してくれるという点で、佐藤氏は天才的な才能を持っているような気がします。本人がそれだけ深く読み込んでいるということでもありましょう。非常に有能な大学の先生の名講義を聴講しいているような気持ちでこの本を読むことができます。バルトや、聖書の「創世記」や「福音書」に対する読み方の鋭いこと!この本は彼のキリスト者としての信仰告白の書としても読むことができます。

 私は赤線を引きながら時間をかけてゆっくりこの本を読みました。千円ちょっとでこんなに充実したすごい読書体験ができるとは!ここ一年間の私の読書体験の中でもベスト3の一つに入ることは間違いありません。

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電子書籍

ナルシシズムの恐ろしさを知る

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「ナルシシズム」や「ナルシシススト」ということばは、残念なことだがまだ日本の社会に十分認知されているとは言えない。最近の例で言うと、10歳になる自分の実の娘を長い間虐待した挙句、無残にも殺してしまった千葉県野田市の父親や、東名高速のパーキングエリアで車の止め方を注意されて逆切れし、高速道路を追いかけて散々あおり運転で脅した挙句、一家の両親を死なせることになってしまった男・・・このどちらもほぼ間違いなく「ナルシシススト」と推測される、と聞いたらおどろくであろうか。加藤諦三氏は「非行少年の信じられないような残虐な行為が話題になるときに、なぜか日本では『ナルシシストの攻撃的反応』として理解されない」と嘆く。ナルシシストは「究極のジコチュー」なのである。よほどの注意と警戒が必要ということになる。

加藤氏は社会心理学者という肩書を名乗っているようであるが、「ナルシシズム」や「ナルシシススト」の正体とその恐ろしさを彼ほどリアルに語ってくれる人を私は知らない。ラジオで「テレフォン人生相談」を40年以上も続けておられるという方だから、恐らくそういう経験を通して、日本の社会にいつの間にか蔓延している(この事実を知らない人が多い)恐ろしい「ナルシシススト」問題に加藤氏は心を痛めるようになったのではないだろうか。

本書から少し拾ってみよう。

[ナルシシストとは・・]
・「いつも気むずかしく、傷つきやすくてキレやすい。慢性的に不愉快で、生きることがつらい人」
・「人との心のふれ合いがない。表面的にはうぬぼれているが、心の底には孤独と恐怖しかない」
・「敵意がある、攻撃性がある、要求が多い。こういう人にはナルシシストが多い。具体的には欲求不満な人、妬みのある人、劣等感が深刻な人、優越感がすごい人、恥ずかしがりやの人、素直でない人などもそうである」
・「ところが予想に反してこういう人は、会社その他の場所では愛想のよい、まじめ人間であったりする」
・「ナルシシストは自分の話ばかりを延々とするが、人の話を聞けない。
 
[問題点] 
 ・「家庭内暴力ばかりでなく、最近の青少年の犯罪には人を生き埋めにするなど恐ろしいものがある。傷ついたナルシシズムの恐ろしさである」
 ・「そうした意味で、ナルシシズムの理解こそが人類最後の課題かもしれない。ことに心の支えを失った日本の社会の場合にはそうである」
 
[なぜナルシシストが生まれるのか?]
 ・「人は心理的に成長するためには、小さいころに積極的関心をもたれることが必要である。しかしナルシシストは親から積極的関心をもたれたことがない」
 ・「小さいころの母親と子どもとの関係は、全人格的関係である。ナルシシストはその全人格的関係の体験がない」
  
[解決への道はあるのか?] 
 ・「ナルシシストの最大の問題は、自分がナルシシストとは思っていないことである。そしてナルシシズムを指摘されれば「私はナルシシストではない」と言い張る」
・「自分のなかのナルシシズムを認め、自分を肯定すれば、おのずと生きる道は見えてくるはずである」
・「ナルシシズムの理解なくして人間理解はあり得ない。ナルシシズムの理解なくして現代の世界の理解はあり得ない」

ご自分の家庭や職場で意識を高めて周囲を見回してみよう。ナルシシストの幼虫や立派な成虫がうようよと見つかるかもしれない。普段は隠れ蓑で身を隠しているナルシシストたちが正体を現すのは、対人関係でトラブルを起こす時なのである。一度ナルシシストの恐ろしさを体験した人は、加藤氏のこの書のリアルさを身をもって理解できると思う。

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紙の本

紙の本私の嫌いな10の言葉

2000/09/02 15:10

「善良な市民」は読むべからず

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 八月三十一日の朝日新聞に三宅島の島民たちが教室で避難生活を強いられているという記事が大きなカラー写真とともに載っていた。だが写真に写っている避難民たちの背後の壁に思わず目がいってしまった。そのS中学の教室には「一致団結貫け個性」という標語が生徒の手で大書されて壁に貼られていた。相変わらずやってるやってる!私はにやりとしてしまった。

 教師たちをはじめ学校関係者(私もその一人である)は、このような標語や目標が大好きである。教育現場にこのようなものがあることで何かやっているような錯覚を起こさせてくれるのであろう。だが、「一致団結」ということと「個性」というものが両立しているような学校とは一体どのような学校なのか。「個性」豊かな生徒ほど教師にとって扱いにくい存在はない。日本人の好きな「一致団結」を目指すためには「個性」は徹底的に叩きつぶさなくてはいけないものなのである。

 このような問題を阿部謹也氏(共立女子大学長)は日本の社会の問題としていくつかの著書の中で繰り返し主張されている(例えば「『世間』とは何か」〔講談社現代新書〕)。氏によると日本には西欧的な意味での「個人」というものは存在せず、したがって「個人」をもとにかたちづくられる「社会」というものも日本には存在しない。あるのはただ「世間」だけであるという。「世間」の中では「個性」(「個人」とは「個性」なのだ)は徹底的に排除されるのである。「町内会」「学校」「会社」あるいは学者たちの集団である「学会」、日本の中にあるこういったものはすべてそのような意味での「世間」なのである。したがって阿部氏によれば、日本の学校ではむしろ「個性」は捨てなさいと教育するのが親切であり本筋なのである。

 八月三十日の発行日当日にbk1より届けられた本書を私は面白くて一気に読んだ。中島義道氏は知る人ぞ知る強烈な「個性」の持ち主である。彼の数々の著書は、「個性」というものが日本という「世間」の中ではいかに受け入れられがたいものであるかを示す、自身の血みどろの体験の記録であるといってもいい(中島義道入門としては『孤独について』〔文春新書〕あたりがおすすめ、彼の個性の強さにうんざりしたい人には『うるさい日本の私』〔新潮文庫〕)。中島氏は「好き」「嫌い」をはっきりと述べる(「世間」では心して避けるべき行為である)人であり、「京の茶漬け」(言葉でなくそれとなく示そうとする)のような日本人のコミュニケーションの仕方には「虫酸が走る」のである。

 本書では「相手の気持ちを考えろよ!」「ひとりで生きているんじゃないからな!」「おまえのためを思って言っているんだぞ!」といった「善良」な「世間」の人々がよく口にする10の言葉を取り上げ、その欺瞞性を徹底的に暴いている。これらの言葉は「善良」な人たちが「世間」にとって有害な「個性」の芽生えを押しつぶそうとして無意識に吐く言葉なのである。「ゴク日常的な感情の起伏を、そしてそれを表出する言葉を徹底的に管理しようとする善良な人びとの(無意識的)暴力に立ち向かいたいのです」と筆者は述べている。本書で糾弾されているのは、なあなあでごまかし波風の立たないことをひたすらに願う、和をもって尊しとする日本の社会(「世間」)であり、それを支えている「善良な市民」たちなのである。はじめて読む人は 中島氏の鋭い舌鋒にたじろぐかもしれない。だがよく読んでみると、著者がユーモアを十分に解する、本当は心の優しい人であることも発見できるのである。

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