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松浦晋也さんのレビュー一覧

投稿者:松浦晋也

2 件中 1 件~ 2 件を表示

地獄と天国:目もくらむような人生の記録

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 時として人生にはとてつもないコントラストが刻まれることがある。評者の記憶にある本では、「マオリ・キキ自伝」(学生社、1978年刊:絶版)が強い印象を残している。パプア・ニューギニアで石器時代のままの生活を続ける部族で育ち、長じて国際政治のただ中に飛び込んでいった政治家の自伝だ。

 本書「物理学者たちの20世紀」は、「石器時代から国際政治へ」という「キキ自伝」に勝るとも劣らぬコントラストに彩られている。「ナチス占領下のユダヤ人としての逃亡生活と、プリンストン高等研究所における世界最高の知性らと切り結ぶ生活」というコントラストだ。
 著者のアブラハム・パイスは1918年にオランダで生まれたユダヤ人。第二次世界大戦前にアムステルダムのユダヤ人コミュニティで育ち、大戦中は「アンネの日記」と同様の迫害を受け、潜伏生活を送った。ゲシュタポに捕まり運良く生き延びるが、彼の妹は収容所で死んだ。戦後はコペンハーゲンで精力的に量子力学を研究していたニールス・ボーアの元で研究を行った後、渡米してプリンストン高等研究所でアインシュタイン、オッペンハイマーといった知性らと親交を持つことになる。

 本書前半の白眉は、オランダでナチス・ドイツが行ったユダヤ人迫害の具体的な状況だ。ナチスはオランダ占領後、まずユダヤ人らを安心させた後で、じわじわと真綿で首を絞めるようにして迫害を進めていく。最初に与えられた安心感にしがみついた者は収容所に送られて死に至り、現実を見つめつつ臨機応変に合法非合法を使い分けて潜伏した者が生き残る。結婚したばかりの著者の妹は、夫と別れて暮らしたくないと考えて潜伏を選ばず、結果として収容所で夫と共に死ぬのだ。
 特に著者がゲシュタポに捕まってから後の強制労働の日々について描いた部分は貴重な記録といえるだろう。ゲシュタポは労働力として役立っている限りは、ユダヤ人を殺さなかった。役立たずと判断した者を集中的に殺したのである。

 およそ人間性というものが感じられない迫害の日々が第二次世界大戦終了と共に、光り輝く物理学と知性の日々へと変貌する。ボーア、アインシュタイン、オッペンハイマー、ディラック、フォン・ノイマン——20世紀を彩る天才達の中に著者は入り込み、共に研究を行うことになる。なかでも著者は個人的に尊敬するボーアと、プリンストンの所長として親しく接したオッペンハイマーを十分な紙幅を割いて描いていく。
 それらの記述に、世界最高の知性らを神格化するような作為は存在しない。1950年代のアメリカを震撼させた「赤狩り」で発生したオッペンハイマーへの査問で、著者は彼を救おうとして奔走する。しかし書き口は極めて客観的で、オッペンハイマー自身の性格的欠点や彼の破綻していた家庭生活にも言及していく。
 オッペンハイマーに限らず、本書の記述は容赦がない。相手が尊敬するボーアであっても老いが彼にもたらした変貌についても書き込んでいるし、「水爆の父」エドワード・テラーについては彼が仲間内のチェスでインチキをしたエピソードを紹介して「私はこの人に嫌悪を抱いた。あとでも起こる諸事によって、この気持ちはさらに強められた」と書く。さらに一時期プリンストンに滞在したことがある歴史学者アーノルド・トインビーに至っては「鼻持ちならないいやな奴」と切り捨てられている。
 20世紀は終わり、21世紀が始まって3年が過ぎた。しかし、20世紀がどんな時代であったのかの総括はまだまだこれからだ。20世紀を歴史と政治と物理学という3つの面から総合的に捉えられる貴重な一冊だ。特に文系出身で歴史に興味を持つ人にお薦めする。
(松浦晋也 ノンフィクション・ライター)

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紙の本町工場巡礼の旅

2002/12/12 18:49

もの作る仕事への誇りと愛着

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 現役旋盤工として働きつつ文筆活動を続けてきた著者も70歳となり、現役を引退した。

 本書は現役最後の10年間となった1992年から2002年にかけて書かれた文章を集めたもの。特色ある町工場を一つずつ尋ねたルポルタージュ「町工場巡礼の旅」、自らが働いてきた東京・大田区周辺についての文章を集めた「大田区界隈・町工場・旋盤工」、個々の職人の技術を描く「日本人の技」、その他折に触れて書かれたエッセイを集めた「旋盤工・作家の周辺」の4パートから構成されている。
 つまり、この4つ——「町工場」「大田区界隈」「技」「旋盤工としての自分」が、著者の書き続けてきたテーマの集約なのだろう。

 文章からあふれ出すのは、もの作る仕事に対する誇り、愛着、技に対する自尊心、そしてその割に不当と言ってもいいほど安い賃金と低い社会的地位への悲しみである。しかし文章は決して感傷的になることはない。淡々とモノを作ることの面白さを語り、その面白さに取り付かれた人々へ暖かい視線を注いでいる。プレス加工のための精密金型の製造、へら絞り、究極の平面を削り出す定盤製造、さらには旋盤工が使う刃(バイト)の製造——描かれるどの職種も、消費者からは直接見えない。しかし日本の製造業を支える、なくてはならないものなのだ。

 とりあえず「旋盤」と言われてそれがどんなものか思い浮かばない人は、この本をぜひ読むべきだ。そんなあなたの使うさまざまな道具——携帯電話だったりテレビだったり自動車だったり——を作るために欠かせない道具が旋盤である。そしてここには旋盤を初めとしたさまざまな工作機械をあやつる人々の本音が込められている。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

【小関智弘氏の著作】
『粋な旋盤工』岩波現代文庫
『大森界隈職人往来』岩波現代文庫
『仕事が人をつくる』岩波新書
『ものづくりに生きる』岩波ジュニア新書
『おんなたちの町工場』ちくま文庫
『鉄を削る町工場の技術』ちくま文庫
『町工場・スーパーなものづくり』ちくまプリマーブックス
『ものづくりの時代 町工場の挑戦』NHKライブラリー
『町工場世界を超える技術報告』小学館文庫

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