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志田尚吉さんのレビュー一覧

投稿者:志田尚吉

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紙の本深い深い水たまり

2000/12/03 18:54

リアルな原風景

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 奈良美智のイラストを見ると、どきっとして、不安になる。なんだか落ち着かないのだ。しかし、それもつかの間、やがて、しみじみとした不思議な気持ちになる。むしろ、ずっと見ていたいという気持ちすら湧いてくる。

 なぜだろう? この「好きで嫌い」(love and hate) という相反する気持ちの正体はいったいなんだろう?

 奈良美智のこどもたちはみな大きなつり目(三白眼!)だ。しかも、その目はこどもでありながら、世の中の暗黒面をすべて見て来たかのような目をしている。そして、みな一様に口を真一文字に閉じているのだ。

 思うに、こどもは、こどもなりにすべて世の中を見ているのではないか。ところが、彼らは、大人のように自由に操れる「ことば」や「論理」を持っていない。感じたことを、うまく表現できないもどかしさに、いつもいらだっているのではないか。

 そうだ! きっと、そんなもどかしかったこども時代の「自分」を思い出すのだ。思い通りに働かない頭、思い通りに出てこないことばにいらいらしていたこども時代を。「こどもらしくない」といった不当な中傷に傷ついたり、お愛想笑いひとつできなかったこども時代を思い出すのだ。

 こどもは、じつは冷酷で、残酷で、卑怯で、孤独で、どこかアンハッピーなものである。無邪気な天使など、いろうはずもない!

 表題作の「深い深い水たまり」では、頭に包帯を巻いた女の子は、少しずつ深くなっていく水たまりへずんずん入っていく途中である。そして、ふと立ち止まって振り返り、いつもの上目遣いの表情をしてみせる(こどもは大人を見上げるときに、必然的に上目遣いになってしまう)。やはり、これがいちばん印象的なイラストだった。

 IT革命だ、パラダイム・シフトだとかいって騒いでいる世の中にあって、何の影響も受けない<普遍>を、私は奈良美智のイラスト世界に感じる。彼のおかげで甦るとても「リアル」な思い出にゆったりと浸れるからだ。

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