ムーミンさんのレビュー一覧
投稿者:ムーミン
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紙の本縮んだ愛
2002/08/05 13:33
縮んだ愛
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悲劇とは何かと聞かれたら、僕はこう答えるだろう。アリストテレスがいったように悲劇はカタルシスをもって人を開放せしめると。
縮んだ愛は悲劇である。しかし、悲劇でありながら劇的な結末や悲愴やカタルシスといった言葉では回収出来ない希望に満ちた、前向きな、結末をもって終わる。作品の最後はこのような言葉で締めくくられている。
《では、皆さん、そのときまで、ご機嫌よう。》
果たして、これほどまでに希望に満ちた言葉で終わる悲劇が今までにあっただろうか? 第一よくよく考えてみるに悲劇の不条理を回顧して読者にそれを伝えるという設定を持った悲劇が今までにあっただろうか? あったとしても、そのどれもが陰鬱な感じがして、いかにも鬱屈なものであり、どこかしら知的な感じのするものではなかったか。縮んだ愛はそれらとは違う、まったくそんなことのない《健康さ》を持っている。そして、《健康さ》を持ちながら、悲劇なのである。これは驚くべきことである。縮んだ愛は健康的な悲劇なのである。
よく注意してみるとこの作品のタイトルは《縮んだ愛》となっている、悲劇でありながら、このようなタイトルが付けられている。何故だろう? これは作品を読めばわかることだが、実は、わたしが悲劇を受け入れたことによって、わたしを中心とした家族との愛が縮まってゆくのではないだろうか? わたしが悲劇に巻き込まれながら、逆に、それゆえにこそ、愛が縮まってゆくというこの家族愛に《健康さ》を感じられないということこそに無理があるのではないか。
しかし、この《健康さ》が悲劇特有の、また小説そのものに構成を緻密なものに出来なかったという点は免れない。読者は単純に、何故、わたしは無実かもしれないのに、逮捕されるのかという根本的な疑問を抱くだろう。もしかしたらわたしは犯人ではないかもしれないのだ。しかも、その他にも読者が疑問を感じてしまうような設定は作品にある。
でも、そんなことを気にしていたらこの作品の本当に面白さを見落としてしまうのではないだろうか。わたしはそのような不条理にありながら、その不条理を受け入れ、もう未来に向け逞しい、希望を抱いているという驚くべき事実を見逃してしまうのではないだろうか。かつて、このように不条理を受け止めた主人公がいただろうか いや、いなかった。この作品の一番の魅力は設定いかんではなく、不条理を潔く受け止める、わたしの《健康さ》にあるのである。そして、何度もいうようだが、その《健康さ》ゆえにこの作品は知的な緻密さを失っているのだが、読者はそんなことを気にすべきではないし、それが作品本来の魅力を失わせることになっていないのだ。
この《健康さ》ゆえに縮んだ愛は悲劇でありながら、それを乗り越え未来へと向かう希望や不条理を受け止めるだけの力強さを読者が感じることが出来るのだ。縮んだ愛には病的な文学にはない、それを乗り越えるだけの《健康さ》がある。この《健康さ》は、今の日本にとってもとても大事なことなんじゃないでしょうか。
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