カンダラッキーさんのレビュー一覧
投稿者:カンダラッキー
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紙の本カンバセイション・ピース
2004/03/07 00:34
何もストーリーがないからこそ、自分の何気ない人生までが「後押し」されているような気がする変わった小説
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この小説のことを知ったのは「ほぼ日刊イトイ新聞」で、それまで保坂氏のことは名前すら知らなかったのですが、糸井氏との対談の内容が気になって、初めて氏の作品を読んでみたわけです。
その対談で先に、「ストーリーがない」ということを知っていたので、「それはどういうものだろう?」という興味を持って取り組んだわけですから、何かの筋を期待して読まれた方とは、面白いか面白くないかの感想も違っているでしょう。
正直、最初のうちは読みづらかったです。主人公の住んでいる(従兄弟の)家に、事務所を間借りしている後輩の会社の3人のメンバーが、あまり魅力的ではなく、タイトル通りの「話の種」(あるいは一家団欒)を生み出すために無理やり作られたキャラクターか、あるいは業界にしかいないような特異な人物像に見えてしまって、次へ進みにくかったんです。猫にも興味がないですし。
が、主人公が横浜球場でベイスターズの応援をするくだりから、ちょっと面白くなってきて止まらなくなってきたんですよ。
私は野球は見ませんが、格闘技観戦を趣味としていた時期があって、あの生の会場で共有する情報量の多さというのが、良く分かったんです。
しかし、それもこの小説のメインではなくて、家に息づく「記憶」というのか何なのかがメインで、この辺に深いテーマが隠されているのかどうか。それを深読みすべきかどうかで皆さんの評価も大きく割れているように感じます。
私としては、登場人物たちは本当にどうでもいい話を繰り広げ続けるそのとりとめのなさが実に現実的で、大勢が集まったときに話が混線する日常の風景がそのまんま活字化されているのを読みながら、テーマが隠されているかどうかを考えるのはやめていました。
作品内のあまりの何気なさに背中を押されるように、「そうなんだよなぁ」と、自分の子供の頃の記憶のあり方や、祖父の庭木の手入れを手伝っていた経験や、格闘技観戦にいそいそと出掛けていた頃の思い出などを穏やかな気持ちで回想していたんですよ。
だから、私にとっては作品中のネタとして出てくる幽霊の話やら哲学的なコメントなどは結構どうでも良くて、作品に少しでもストーリー的な面白さを付加しようとして使われているかのようなそれらの話題さえも不要なほど“大人数で平和に暮らしている人々”の日常を時間をかけつつ読み終わった感じで、何だかとても新鮮な読書体験でした。
「人にもぜひ勧めたい!!」という作品ではなくて、それでも、
「ちょっと変わっていて面白い作品があるんだよ。読んでみて損はないと思うよ。こういう小説が成り立つものだとは、全然考えていなかったもの」
と教えてあげたい一冊です。
最大の難点は、終盤、対話の中身に次を期待させるものが薄くなり、求心力が衰えてくるところ。
哲学的なネタを差し挟んだ会話をこれだけ繰り広げるのならば、終盤に向けて、もう少し盛り上げるための嘘を書き込んでくれていれば最後まで飽きなかったのになぁ、と。
でも、爽やかな読後感があって、私は十分楽しめました。
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