大樹さんのレビュー一覧
投稿者:大樹
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紙の本アイヌが生きる河
2004/01/23 18:34
まず、自身を疑え
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これは写真家志望の青年が「自らをアイヌに帰属させ、あるいは帰属を拒否し」ているさまざまな「他者」と出会うことにより、気づかずに身につけてきた自らの観念と出会い、葛藤していく十三年間を、平明な言葉で記録したものだ。
ところで、「前例がない」とは新たなニーズを切り捨てるための常套句だが、本当のところ「私」という存在はこの社会にとって前例のない存在だ。しかし、私たちは前例に倣った人生設計をすることによって自らを「他に例のない存在」から「例のある存在」に変えていくことを可能にしている。となると、どのような前例に帰属させていくかによって人生の可能性が規定されていくわけだが、自らを何に帰属させていくかを自由に選ぶことのできる人は少ない。と言うよりも、自らが何に帰属し、あるいはさせられているのかを知っている人は少ない。よって、帰属する社会の観念から自由であることは難しい。
この本の著者である青年は、「すでに自らが何に帰属し、あるいはさせられているのかを知っている存在」としてのアイヌと向き合うことによって、自らの帰属しているものの気配を知り、自らを支えてきた観念こそが「他者」との出会いや共生を妨げていたことを知る。
分野にかかわらず「前例のない」新たな世界を切り開いていこうとするとき、まず自らを規定しているものを疑うことの大切さに改めて気づかせてくれる一冊だ。
文中に挿入されている写真の年代を見れば、後に著者が深い反省をもって語っている時期に撮影されたものであることがわかる。しかし、そうした数々の写真は筆者が語るほどの「嫌らしさ」を見る者には与えない。そのギャップに、筆者の写真家としての可能性が潜んでいるのかもしれない。
欲を言えば、こうした葛藤を越えて筆者がどんな一歩を踏み出そうとしているのかを書中で知りたかったが、写真家としての今後の仕事で示されていくことを期待する。
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