八白沫理さんのレビュー一覧
投稿者:八白沫理
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紙の本火車
2003/08/03 03:12
火車読了記
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まずこの小説「火車」において必見に値するのは、その緻密な構成である。主人公の本間俊介が全編を通して探し続ける謎の女、関根彰子の見事なまでの逃亡、隠遁の様子はそのまま作者宮部みゆきのプロットの綿密さを窺わせる。
この話の一番始めには題名にも使われている「火車」についての説明文が書かれている。この説明には生々しい表現方法が使われており、その衝撃的な文章で読者の好奇心を掻き立て、いっきに話の中に引きずり込んでいく。そして冒頭に死体を転がし、そこから話が発展していくというサスペンスの定石を無視したこの流れは、筆力のみならず徹頭徹尾の論理的なプロットあればこそのイレギュレーションであろう。末尾を形作る、徐々に見えてくる新城喬子の正体、その明かし方の手法には、我を忘れて熱中せずにはいられなかった。
この小説のもう一つの見所は、巧みに取り込まれた、ともすれば身近な社会問題の数々である。この不況下の日本でおこる種々様々な災難。借金地獄であったりとかカード破産であったりとかが、具体的な数値を表しながらも違和感なく文中に取り込まれ、この作り話のリアリティーをいやが上にましている。テレビドラマにありがちな偶然任せなものではなく必然の上に成り立つ文に私は、まるで本物の事件を小説にしたかのような薄ら寒さを感じた。
さて、この作品の内容面であるが、先ほど記したように我を忘れて見入ってしまうほどの面白さもさることながら、その後味の悪さこそが真骨頂であろう。ハリウッド映画にありがちな強引な爽快感は、ほぼ期待できない。というか皆無と言っても差し支えないだろう。虚無感にさいなまれるというのが、読後の感想である。
末尾、その後の展開を想像してみても、あまり救いというのはなさそうだ。
この作品を総評すると、できの悪い社会派映画のもつ悲劇性を、芸術の域まで高めたものといえるだろう。
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