魑魅子さんのレビュー一覧
投稿者:魑魅子
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紙の本脳病院へまゐります。
2003/12/02 12:55
読まなければよかった
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
読まなければよかった。それは読んで損した、とか読むほどのものではなかった、では決してない。
「情痴文学」と言えば、異国製の「エロティック文学」より更に日本的な、どろどろした、湿度の高いものを思い浮かべるのが常だろう。しかもそのような名前を冠せられる文学など、せいぜい昭和初期をとどめに途絶えたのではあるまいか。しかしこの作品はまさにその系譜に属していると言って間違いないだろう。
主人公の人妻はふとしたことで知り合った一回りも年下の帝大生と関係を結ぶ。ここまではありがちな話である。しかしその帝大生「おまへさま」は谷崎潤一郎の信奉者で、彼女を変態性愛=サド・マゾヒズムの世界に引きずり込むのである。
それが密室の遊戯に留まっているうちはまだよかった。だがそれは次第に女の日常生活を蝕み始める。排泄物を食べさせられる。乳房を焼かれる。一方「おまへさま」は、妻を娶り立派な社会生活を営んでいる。
身も心もぼろぼろになった女の胸を、重苦しい塊が塞ぐようになる。その塊を除くためには、あとはもう脳病院に行くしかない…
解説の島田雅彦は「この男女の秘事はそこはかとなく可笑しい」と言っているが、私にはとても笑えなかった。それは或いは私が女だから、より主人公の気持ちに同調するところがある所為かも知れない。確かに谷崎の小説は可笑しい。しかしそれは男性の視点で書かれているからではなく、同じくサド・マゾヒズムの世界を描いていながらも、そのプレイの主導権を握っているのがマゾヒストの方だからだ。脳病院に行こうとする女に、選択の余地はない。ただ「おまへさま」の言う事を聞くしかないのである。
読み進むうち、次第に私の胸も大きな塊に塞がれ始めた。しかし誤解をされては困る、それは女が哀れだからではない。あまりの胸糞の悪さにである。女が記している日記とも手紙ともつかぬ旧仮名・旧字のねっとりした文体も、『卍』のどぎつい大阪弁のような効果を奏し、この作品のおぞましさに拍車をかけている。
文学に娯楽やら感動やら癒しやらを求めている輩よ、悪いことは言わないから読むのは止め給へ。あなたたちは安全な場所でせいぜい小市民的な幸せを追求するがいい。今も私の胸には大きな塊が塞いでいる。この塊を取り除く為には、あとはもう…
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