川上紳一さんのレビュー一覧
投稿者:川上紳一
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紙の本生命と地球の共進化
2000/10/16 19:54
全球凍結事件や小天体衝突事件など、地球環境の変化は生物進化の布石
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「タイトルがもう少しくだけたものだったら、もっと多くの読者を獲得できたのではないか」。
ある読者から頂いた本書の感想にこのようなものがありました。おそらく「共進化」という言葉が一般にはあまり馴染みがないからなのでしょう。
共進化という言葉は、だいぶ前に生態学者によって生み出されたものです。花が虫に蜜を提供し、そのかわりに虫たちが花粉を運んであげる。こうしたもちつもたれつの関係は、生物界のあちこちで見られる現象であり、共生と呼ばれています。さらに、共生関係が深まるにつれて、花や虫の形態が特異的に変化していったことが知られています。そこで、共生関係の時間発展として共進化という言葉が考えだされたのです。
生物の世界の共進化という概念をもっと広い視点で考えた研究者がいます。気象学者のS.シュナイダーです。彼は、大気中の温室効果ガスである二酸化炭素やメタンの濃度が生物活動の影響を受けていること、逆に生物進化は気候の寒冷化や温暖化の影響を受けてきたことを重視して、気候と生命が共進化してきたと主張しました。その一方で、英国のJ.ラブロックは、「地球生命圏」という著書の中で、地球と生命は一つの巨大な有機体(システム)であり、地球の気候は生命の生存に適した状態に生命自らの作用で安定に維持されてきたと主張しました。有名なガイア仮説です。
では、実際の地球の歴史はどのようだったのでしょうか。
いま地球史の分野で注目されている仮説に、全球凍結仮説(雪玉地球仮説)があります。今から約7億年前に地球の気候は寒冷化していますが、その時の氷河堆積物が赤道地域を含めて汎世界的に分布していることが大きな謎とされてきました。さらに不思議なことに寒冷な氷河堆積物を覆って温暖な環境で堆積したとされる炭酸塩岩(石灰岩)が堆積しているのです。氷河堆積物と炭酸塩岩の組み合わせも大きな謎とされてきました。
私たち全地球史解読のメンバーは、1997年にハーバード大学のポール・ホフマン教授らとともにナミビアの地質の調査にゆき、氷河堆積物を覆う縞状炭酸塩岩を採集してきました。ホフマン教授らは、彼らの得た炭酸塩岩の炭素同位体比のデータを説明し、さらに今お話したようないくつかの謎を説明する作業仮説として、全球凍結仮説を提案しました。
もし地球の表面全体が凍結したとしたら、生物はほとんど死に絶えてしまったに違いありません。また、地球が全面的に凍結したら簡単には温暖な気候に回復しないのではないか。こうしたことから、いままで地球表面全体が凍結するような事件はあり得なかったと考えられてきました。ところが、私たちがナミビアで採集した炭酸塩岩からも、全球凍結仮説に基づくと合理的に説明できるデータが得られました。これはたいへん刺激的な発見でした。
生命の歴史を見ると、7億年前の全球凍結事件や白亜紀末の小天体衝突事件など数々の異変に遭遇しながらもしぶとく生き抜いてきたことがわかります。全球凍結事件の後の多細胞動物の適応放散にみるように、地球環境の変化は逆に生物進化における躍進の布石になったとみることも可能ではないでしょうか。
私たちは、全地球史解読を進めるなかで、地球環境と生物進化の関わりに注目してきました。ゲノム生物学の成果が蓄積されつつあるいま、地球科学と生命科学のそれぞれの研究の蓄積を持ち寄って、新しい地球と生命の歴史性を解き明かす機運が高まっています。そこで、生命と地球の共進化を横糸に、地球と生命の通史を縦糸にして、最新の研究成果をわかりやすくお話しつつ、熱気ある研究の現場の雰囲気を感じとっていただきたいと願い、本書の執筆を試みました。いかがでしょうか。
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