海月の涙さんのレビュー一覧
投稿者:海月の涙
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紙の本キス
2005/12/26 13:43
唇の距離の間にあるもの
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
その衝撃的なテーマと、ノンフィクションと言う事実に惹かれて購入するに至ったが、その浅はかな期待と興味は、無駄な物をそぎ落としたように簡潔で、渇いた文体によってスマートに、あしらわれてしまった。
かわりに、読者が突きつけられるのは、親子のかたち。このゆがんだ親子のかたちを私はどう考えるのか。暗い過去の扉を一枚一枚開けて、読者に話しかける著者。次つぎと語られる事実に、不思議と嫌悪感を抱かずに、受け入れられる自分。飾らない文体で、真摯に過去と向き合う著者の姿勢が、そのまま読後感に繋がっているのかもしれない。
唇を触れあうキスは、恋人同士がするにはお互いの距離を縮めるための行為だが、ゆがんだ二人には、その間にある距離を測るには、十分すぎると言うことだろうか。
紙の本恋文
2003/08/06 14:05
人と人が織りなすミステリー
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ミステリーといえば犯罪。そんな短絡的なイメージで本作を手に取った自分を恥じてしまうくらい、この作品は犯人も仕掛けも出てこないのに、上質のミステリーを味わわせてくれます。
男と女。男と男。個が二人存在すれば、それだけでミステリーなのだということを、親子、恋人、夫婦など、現代社会における、いろいろな関係の中で見せてくれる。
トリックも密室も、動機もない。だからこそ、本作のミステリーは、無理なく、寧ろ共感さえ呼び起こさせるような作品として成立したのでしょう。
想像を超えた事件が新聞を賑わす現代に少し食傷気味なミステリーファンには、是非読んで欲しい作品です。
因みに、本作収録の『恋文』で、直木賞を受賞しています。
2003/08/11 11:18
海面の下を這う波のように
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人の心にシンクロする主人公。親子三代にわたるその能力を主人公は「呪い」と表現されている。確かに、人の心がわかることは、決して楽しい事ではないのかも知れない。しかし、アダムとイブが禁を犯したように、その能力もまた禁断の果実と同じ魅力を匂い立たせ、主人公は知らず知らずのうちに禁を犯し続けていく。結果は、惨憺たるものだが、主人公は不思議と傷つかず、後悔もしていない。心にやみのある人に波長を合わせ、心を解放する。その行為は、決して人助けのためではない。また、勿論自分の心の解放にも繋がってはいかない(無駄だと判りながら、一縷の望みを捨ててはいないのだけれども)。そうした、自己中心的な感情から生まれた行為だからこそ、その結果に無関心でいられるのかも知れない。
海には、海面を伝わる波の他に、海面下で伝わる波が存在する。それは、温度差や海水の成分の違う層の間を伝わるそうだが、まさに千差万別の人の心に波長を合わせるのは、心の深層で自分と他人というこの違いの間を這う波のようなものなのではないか。心の奥深く、決して表面には現れない心の闇を伝わっていくその波は、次第に小さくなり、やがて自分の個と混ざり合い、同化する(しかし、音叉のように決して同調していっしょに波立つことはなく、だからこそ主人公に救いはないのだが)。決して、同調しない主人公のそうした無機質な性格に、終始違和感といらだちを感じながらも、どこかで共感をし、心を捕らわれてしまうのは、その能力への憧れではなく、やはり心の闇を共有したいという願望からだろうか。
孤独の共有。闇を見たからといって、決して同調しないということは、安易に表層で同調してしまいがちな現代人に対する、痛烈なメッセージなのではないのだろうか。
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