木原浩勝さんのレビュー一覧
投稿者:木原浩勝
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2002/07/03 18:32
著者コメント
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昨年の第六夜は、様々な地方の話が収録できる好機に恵まれた本でしたが、今年の第七夜は、年輩の方々の取材に恵まれた本となりました。
取材を続けていく中で年々強く感じるのですが、人生の先輩の方々が体験した話には、心霊知識やTV番組の影響に全く染まっていないため、実に新しい出会いに満ちています。
2月。取材した記録に目を通しながら、新しく出会った話の全てに体験者との深い”縁”を発見しました。
縁として人と怪が結びついた物を中心にまとめ上げると、”情”が浮かび上がるのです。
これまでの経験からいうと、怪を集積すると”騒がしい”本が出来上がります。この騒がしさを少しずつ押さえるために章分けをして”種”にまとめて安定を図るのですが、第七夜は何もしなくても情によって自然に静かな本としての完成を見ました。
この夏。静かな人情味あふれる怪談を是非本書で体験してください。
紙の本捜聖記
2002/03/12 23:20
著者コメント
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これまで多くの学者や研究家・文筆家が、聖徳太子の存在、太子像を解き明かそうと挑戦してきた。だが、決定打と呼べるものがない。“正史”と認められている『古事記』や『日本書記』を中心とした研究には限界があるからだ。
正史で解けないのならばと、正史に沿った民俗学的視点を加えることによって推理を展開させた点が本書の最大の特徴である。この視点の導入により、聖徳太子に関する定説を覆し、全く新たな聖徳太子像を提案することに成功したと自負している。
特にご覧いただきたいのは、推理の視点を“血”と“信仰”に絞っている点だ。
“血”とは、聖徳太子の“血脈”である。著者たち(中山市朗と木原)は、太子の正体の謎解きを太子自身にではなく、祖母の“小姉君”に求めた。小姉君は蘇我稲目の娘である。これが正しければ、孫の聖徳太子は蘇我氏直系の皇子である。にも関らず「天皇」になれなかった点が、歴史家たちの論争の焦点ともなってきた。
この血の流れに対し、小姉君は稲目の本当の娘ではないのでは?と、著者たちは推理の目を向けた。名を見ると、系図では女性は“婢”や“皇女”“姫”“娘”などとある。太子の祖母だけが“君”なのだ。小姉君とは、現代風に言えば“どこかのお姉さん”と読める。欽明天皇に差し出される名としては、いささか乱暴な名である。
歴史学者はこの系図を疑うといった立場にいない。だから、太子の血の流れで謎を解く視点がなかったのだ。
もうひとつの“信仰”とは、太子は仏教の信仰者ではないという考えである。
仏教の聖者として名高い太子が、仏教でなければ何を信仰していたというのか?
ここで著者たちは、“弥勒信仰”ではないのか?と推理した。
確かに不思議であろう。太子が建てたとされる七寺(四天王寺、法隆寺、中宮尼寺、池後尼寺、葛木尼寺、橘木尼寺、広隆寺)のうち法隆寺を除く六寺は、弥勒菩薩像を安置している。残った法隆寺も、一度全焼していて現在は再建されたものであるが、再建前には弥勒像を奉っていた可能性もある。
弥勒菩薩も仏教の信仰対象ではある。しかし、それにしても、聖徳太子の時代や、太子ゆかりの寺に限って、仏像ではなく弥勒菩薩像が集中しているのは一体なぜなのか−−?
血と信仰。歴史の視点とは全く異なる研究から著者たちがたどりついた結論に、ぜひ注目してほしい。あなたがこれまで読んだ聖徳太子関連の本の中で、最も意外な視点から書かれ、最も明確な太子像を描き出している本だと感じていただけるに違いない。
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