丸善ジュンク堂のPR誌　書標(ほんのしるべ)　2020年1月号

今月の特集は
『世界の果てまで「加速」せよ！－「加速主義」を読む』
『ノンフィクションの輪郭を探す』

丸善ジュンク堂のPR誌　書標(ほんのしるべ)。今月の特集ページを一部ご紹介致します。
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すべての内容を、WEB上でお読み頂けます。

今月の特集(一部抜粋)

　『ノンフィクションの輪郭を探す』

　長年の取材を基にしたノンフィクション作品を連載する雑誌が減っていく中でも、優れた文章により編まれたノンフィクションは刊行され続けています。輪郭を失いつつあるノンフィクション棚に新たな側面を加えることができないかという期待を込めて、手探りで新たな器を取り戻せたらと考えています。
　2019年はなんといっても英国在住のライター・ブレイディみかこ著『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』（新潮社・1,350円）が話題になりました。著者の息子・多感な中学生の視線から発信される現代を読むことができます。ブレイディさんの言葉を借りると「地べた」からの声。同著『ヨーロッパ・コーリング』（岩波書店・1,800円）では、溌剌としたコラムの中で突き刺さる現実が綴られています。
　家族の目線を通して社会の縮図を見る作品として、セルビア在住の詩人・山崎佳代子著『パンと野いちご』（勁草書房・3,200円）も。37人の友人たちからの聞き書きにより、内戦下難民となった人々が家族と何を食べてきたか。食を囲むことは個人をいかに尊重する行為なのかを浮かび上がらせ、哀しみを深めていきます。併せて、バングラデシュ・キャンプで実際に国際ＮＧＯ職員としてロヒンギャ難民支援に従事してきた元新聞記者・中坪央暁氏の衝撃のレポート『ロヒンギャ難民１００万人の衝撃』（めこん・4,000円）も。これらの作家・ジャーナリストが当事者になって書き綴った困難や戦場は、感情的になる一歩手前の事実が克明で、読者に冷静に訴えかける作品ばかりです。
　当事者を越えた存在と言える中村哲医師の『医者井戸を掘る』（石風社・1,800円）なども。35年以上、アフガニスタンで人道支援を続ける中で、戦争や干ばつにより、病気を治療するという段階までたどり着けない人々のために、水と緑豊かな大地を取り戻す事業を始めた医師の報告です。
　未知の世界を知る女性のエッセイ、岡田恵美子著『言葉の国イランと私 世界一お喋り上手な人たち』（平凡社・2,500円）では、興味に向かって邁進する女性の情熱に惹きつけられました。後半はペルシアの箴言がつづられ、五十年ほど前のイラン留学。見るものすべてが潔く、伸びやかに感じられます。「心は憎しみを生まない、憎しみを生むのはいつも言葉だ」。個人の言葉が世界に飛び交うことが日常となった今こそ知っておきたいと思いました。
　星野博美著『転がる香港に苔は生えない』（文春文庫・990円）もここで読みなおしたい一冊。1996年から1998年に香港に滞在した著者は、庶民の暮らしぶりや街の喧噪、人混みの混濁した様子に光を当てます。星野さんのノンフィクションは匂いや温度までも体の中に引き込むように描かれているので、ぜひ読んでみてください。
　ブレイディさん達の著作からも感じる労働者の作り出す力強い文化が、年を経て成熟し、やがてスポーツや娯楽、学問として世界の人が認めるものになっていくものが多くあります。同時代性を感じながら読む面白さと、渦中にある人々の苦悩を同時に感じていただけると嬉しいです。

（中略）　

　この記事を書き終える頃、中村哲医師がアフガニスタンで凶弾に斃れこの世を去りました。今も悔しさが込み上げてきますが、中村先生の本を多くの人に読んで欲しいという思いもあらためて感じます。いつかどこかで見かけたら、必ず読んでみてください。大地を踏みしめるように屹立した澱みのない文章です。