紙の本
おつかれさま、よく耐えました。
2016/08/19 19:12
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投稿者:szk - この投稿者のレビュー一覧を見る
冒険が終った。最後の闘いは辛かったと思う。よくがんばったね。人はみんな、そうやって成長していくんだ。その苦しさをきちんと糧にできている人、そうじゃない人でその後の人生は変わるけれど、さよと仄田くんなら大丈夫だと思う。名もなき小さなモノを守ろうとするのが子供。うん、そうだ。けれど大人も本来はそうでないといけない。優先順位やモノの価値、大人になれば見えてくることもあるけれど、子供の心は忘れたくないものだな。夜の世界から帰ってきて少しだけ変わった現実。いい方向に向かったよね。ふたりの奮闘は無駄じゃなかったね。
紙の本
過酷な戦い
2020/08/13 11:38
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投稿者:ワガヤ - この投稿者のレビュー一覧を見る
最後の戦いは、ふたりには過酷な戦いでした。悪者は悪者、やっつければいい、全力で戦えばいい、そんな単純なことではなく、思い通りにならない感じが、辛いなと思いました。自分自身にとって大切なものを見つけたり、素敵な夜を過ごしたりもした七夜物語。最後はふわっとした感じだけど、随所に大人もハッとさせられる言葉などあり、よかったです。
最後どうなるのか予想できない感じでした。
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久しぶりに「本を読んだ」という気分にさせられた。毎日本は読んでるし読んできた本は面白かったのだけど、毎日読んでるとどうしても本への感動は薄れがちになってしまう。
子供の頃のような、全身をかけて入り込むように本を読む体験はなかなかできない。
それがこの「七夜物語」では体験出来たのだ。現実と夜の世界を行き来きする子供たちに懐かしさと羨ましさを覚え一気に夢中になって読んでしまった。
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冒険の旅にでる。
どんな風に?
ある時には洋服ダンスの奥に広い世界が広がっているだろうし、柱時計が真夜中の時間を告げる瞬間だったりする。
この物語では別な世界への冒険へ出かけていくには明確な方法が書かれてはいない。
さよと仄田君の心のあり方がカギとなる。
全部で七夜。冒険を続けていくうちに、大人になっていく二人。
二人の冒険は二人の成長のあかしでもあるのだ。
大人になることは、怖いことだけれど、決して怖れることでもないのだと思いながら本を閉じた。
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六つ目の夜と七つ目の、夜の世界を見て聞いて過ごした二人の七夜が終わる。忘れてしまっても記憶の底には刻まれた七夜をぼんやりと思い出すこともある気がする。私にも忘れてしまった七夜があるかもしれない。 「みんな違ってみんないい」という金子みすゝ゛さんの詩を思い出しました。
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川上弘美版「はてしない物語」とでもいうべき、オーソドックスなファンタジーでした。オーソドックスではあるけれど、行間に潜む妙な艶っぽさはやっぱり川上弘美らしくて、「ファンタジー」よりも「幻想」や「異世界」という言葉の方が似つかわしいようだ。川上弘美が冒険ファンタジーを書くとこうなる、という感じだろうか。
エンデの描く冒険者は勇ましく、勇気を求めて戦う者だった。
対して川上弘美の描く冒険の主人公は優しくて、彼らがいちばんに求めていたのは「愛」だったのではないだろうか。これが最大の違いだろう。
その違いがはたして時代性なのか、作者の個人的な感性なのか、何に由来するのかはわからない。
なんにせよ、エンデと並んで児童ファンタジーの定番として読み継がれていってほしいなあ。と、個人的には思ったのでした。
あとはやっぱり、酒井駒子さんの挿画が素敵すぎる。世界観に合いすぎる。これだけで画集にしてほしいくらいだ。
それから、この開放的な終わり方も川上弘美らしい(というか日本文学らしい)ところだと思った。
2人はその後、どうなったのだろう。あのまま離れていってしまったのだろうか。それは哀しすぎるなあ。
できればもう一度2人には巡り会ってほしいのだけれど。
けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときに。
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小学4年生の女の子と男の子が、図書館で偶然見つけた本にいざなわれ、不思議な夜の世界を冒険するというお話です。児童文学の典型ともいえるストーリー仕立てですが、多くの児童文学がそうであるように、本書も人間の内面を抉るような味わい深さを持っています。
私たちはどこから来たのか?私たちは何者か?私たちはどこへ行くのか?という、有史以来の大問題を孕みつつ、身近なことがらとして、生と死を繰り返すことで、世代が交代することの寂しさ、この世の儚さ、現実の危うさ、けっきょく誰もが真実を、あるいは愛を渇望していながら、一方でそんなものはどこにもないと気づいてしまっていることの虚しさ、侘しさ、哀しみ、・・・少女と少年の冒険を通して、そんなことが語られています。ふたりは幼いながらも、ちゃんと感じ、考えています。子供の頃に、そういったことを意識し、考えるということは、とても大事なことですネ。生涯天真爛漫に過ごせればそれに越したことはないでしょうが、あのピーター・パンでさえ、それなりにいろんな悩みを抱えていましたものネ。
あらゆるものは生じて滅し、すべてのものの姿も本質も常に流れ、変わるものであって、一瞬といえども同じ状態を保つことはできません。苦しみは生滅から生ずるのではなく、生滅する存在であるにもかかわらず、それを常住なものであると勘違いするから苦しくなるんです。けれど、そんなことは理屈ではわかっていても、そう簡単に割り切れるものじゃありません。大人だってこの物語の主人公である少女や少年のように、夜の世界を手探りで生きているんだもんネッ。世界は概念的で、人生はままならないものですネェ。
本書では川上さんらしいふわふわした艶っぽさは影をひそめていました。ちょっと残念な気がしないでもありませんが、読み始めたら止まらなくなる物語でしたぁ。
べそかきアルルカンの詩的日常
http://blog.goo.ne.jp/b-arlequin/
べそかきアルルカンの“銀幕の向こうがわ”
http://booklog.jp/users/besokaki-arlequin2
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朝日新聞に連載されていた作品の文庫版。酒井駒子の挿絵が印象的。
童話のような語り口で話が進む。内容も、少年と少女の冒険ファンタジーといったところで、これまでの著者の作風とは少し異なる。常に、大事なことを優しい言葉で伝えてくれる作家だが、それが遺憾なく発揮されている。
(2015.7)
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七つの夜は,旧約聖書の天地創造に通じているのかも知れない.メタ認知ができるようになった子供達には,世界に於ける自分の立ち位置と役割が与えられる.ファンタジィのような物語であって,その実子供の成長を丁寧に描いたノンフィクションのような印象も受ける.
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児童文学、に位置付けられるのだと思うけれど、十分に楽しめた。
一番良かったのは解説で、上中下三冊を読んでいるうちにふわりふわりと感じていたことと、これまでの読書体験の中で、あるいは自分の物語の読み方として、一部言葉にしていたこととが、より高い位置から見渡した視点で紡がれていた。10ページにも満たないこの解説が付いているだけで、印象が、多分星一つ分くらい増している。
本編は、特別何かが起こるわけでもなくて、特別難しい課題に迫られているわけでもなくて、どちらかと言えばのんびりと、物語が語られていて、自分の読み方で本編だけを読んでいたら、可もなく不可もなく、という印象で終わっていたと思う。
すべてを読み終わって、解説を読んで、その意味を理解して振り返ると、確かにすごくよく表現されていたことに、そこで初めて気付くことができた。
ほとんど解説に対する感想だけれど、この本編あっての解説でもあるわけで、1+1が2に収まりきっていないと、もしかすると初めて感じたかもしれない。
151213
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主人公は小学生の ファンタジーなのだが、読んでいるうちに、過去や現在の自分に置き換えて考えてしまっていた。
哲学的?宗教的?不思議な成長物語。
酒井駒子さんの絵が素敵すぎる。
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6日目の夜の世界。
さよと仄田くんはグリクレルのお茶会に招待され、夜の世界の住人達と、さくらんぼのクラフティーを食べ、楽しいひと時を過ごした。
だから私は思い込んでしまった。
7日目の夜の世界は、happy end だろうと.....。
7日目の夜の世界は、いままでで一番、過酷なものだった。
さよと仄田くんの姿をした光と影は、残酷で、我儘で、そして強かった。
児童文学書のくくりに入るのだろうが、どちらかというと大人向けの作品な気がする。
大人が読んでも難しかったw
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とても良い世界でした。面白かったです。
優しい語り口と、童話のようなストーリーの中に、立ち止まって考えてしまうような言葉がすっと入ってきます。
完璧に見えるものはほんとうは完璧じゃない。
夜の世界から帰ってきたさよと仄田くんは成長したのだと思います。ふたりのその後はもう重ならないのかな。
少し寂しさも感じる、けれども良い物語を読みました。
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すてきな物語。
あまりにも美しい子どもたちの、もう一つの姿。
光と影との戦い。
それが意味するものは、深い。
でも、もし自分に10歳の子どもがいたら、ぜひ一緒に読みたい物語だ。
人間とその世の中の曖昧さ、混沌とした部分をも、前向きに受け入れていこう、というメッセージを感じた。
新聞に連載されていたころ、夫とせっせと読んだ小説だった。
仄田くんが「地球物理学者」になったくだりに、二人して妙にうけたのを思い出した。
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かつてナポレオンは言った。
『チャンスをもたらせてくれるのは冒険である』と。
僕の子供の頃はみな、
映画『スタンド・バイ・ミー』に出てくる少年たちのように秘密基地を作っていた。
山を探検して、
エロ本を探して(笑)、
釣りをしたり、
川で泳いだり、
自転車レースをしたり、
アスレチックコースを作ったり、
毎日が冒険の連続だった。
小学、中学と4度転校を繰り返していた僕は
本当は冒険したいのに普段は我慢しているお嬢様や、
学校をドロップアウトした仲間たちを誘っては
秘密基地を作り、
お気に入りのおもちゃや漫画や本を持ち寄って
コミュニティを築いていた。
(子供と侮るなかれ。服が汚れると困るお嬢様のために、ちゃんと危なくない入口も作っていたのだ)
子供たちにとって、『冒険』とは何を意味し、
何をもたらすのだろう。
時は1977年。
離婚をし母と二人で幸団地に引っ越してきて4年。
鳴海さよは、
小学4年生になったばかりの
おっとりして引っ込み思案な少女だ。
おそろいの白い運動靴を履き、
おそろいの白い帽子を被って
さよと母の二人の朝の散歩のシーンは
詩情さえ漂うお気にいりのシーン。
おもらしして初めて自分で洗濯をしたことや
魚の名前覚え競争でクラス一番になったことなど、
ひんやりとした朝の空気を吸い込みながらする打ち明け話の描写に
僕も秘密基地で交わした、
学校では言えない好きな子の話や、
秘密基地のメンバーにだけ言えた将来の夢の話など、
フラッシュバックのように蒼い記憶がよみがえってきた。
さよは感受性の強い少女だ。
もしかしたら自分は
みんなと少し違ってるのではないか…という不安。
ある日、図書館で引き寄せられた
何度読んでも中身を忘れてしまう
『七夜物語』という本に魅せられたさよは、
さよの上をいき、『図書館のぬし』と呼ばれるくらい本好きで理屈っぽい仄田(ほのだ)くんを誘い、
欅野高校にこっそり忍び込む。
そう、ここから二人の夜の冒険の旅が始まるのだ。
真っ白なエプロン姿をして
二本足で歩く大ねずみのグリクレル。
はちみつ色のかたまりをしたミエル。
三つの試験に合格しなければ家には帰れないという試練。
二人が冒険する夜の世界は
想像を超越した不思議な世界だ。
あったはずの階段がなくなってしまっていたり、
いるはずのない『喋るねずみ』が大手をふって生活していたり、
物理室がねずみの台所になっていたり、
眠くて仕方がなくなってしまう不思議な館に迷い込んだり、
次の夜の世界でさよは時空を超え、
父と結婚する前の24歳だった母親に会ったり、
スポーツ音痴な仄田くんが
その夜の世界では
キャッチボールが上手くなってたり、
何度も練習したがダメだった自転車を補助輪ナシで乗りこなせ���り、
鉛筆やスプーンやお皿ややかんにコンパスやほうきなど
モノたちが歩き回り人間の言葉を話す世界に行ったり、
さくらんぼのクラフティをみんなで作って食べたり、
二人が冒険する夜の世界は、
当たり前のことが、
当たり前ではなくなる世界なのだ。
母が連れてきた知らない男の人への嫌悪感。
母親と離婚をし会えなくなった大好きだった父親への想い。
自分でないものを、
自分と同じくらい大事にすることなどできない人間の業。
夜の冒険の中で少女は、
蓋をして目を背け続けてきた自分の本当の思いを見せつけられ、
過酷なこの世の現実を目の当たりにし、
やがて苦悩していく。
この川上さんが描く
子供への容赦ないスタンスに違和感を覚える人もいるかもしれない。
しかし、思い出して欲しい。
大人が思うほど、子供は子供ではない。
子供は子供なりにちゃんといろんなことを考えていて、
簡単には諦めたりしないのだ。
自分の母親にも母親がいて、
そしてその母にもまた母がいて、
そのまた母にも母がいるという、
当たり前のことさえ不思議だったあの頃。
さよは、母が子供の頃、
学校で苛められていたり、勉強が嫌いだったり
大人に反発していたという意外な事実を知り、
心に変化が表れる。
本当は、みんな子供だった頃があって、
例外なく誰もが年老いていくという世界の理を
冒険の中、さよは知らず知らずに学んでいくのである。
父親のいないさよと母親のいない仄田くん。
なんとなくよその家庭とは違うと
お互いに感じとっていた二人。
しかし、二人は
境遇を呪うこともなく
自ら行動する。
二人の冒険は
子供たちなりの
運命に抗う、小さな反逆でもあるのだろう。
力を合わせ、知恵を振り絞りながら、
様々な試練に
ありのままの自分たちの力だけで立ち向かっていく二人を
僕は冒険者の先輩として、記憶に留め、応援し続けた。
勇敢で聡明な少女と誠実で心優しき少年の冒険譚を
寝る前に少しずつ少しずつ耽溺した日々は、
僕が秘密基地で過ごした
あの密やかな日々のように
胸躍る至福の時間だった。
記憶はいつか薄れ行く。
冒険の記憶も人はみな忘れてしまう。
けれどそれでいいのだ。
誰にも頼れないということ。
未来とは、
自分たちが切り開いていくものだということ。
記憶は薄れても、
二人が勝ち取って
手にしたこの思いは決して消えさることはなくて、
体のどこかに眠っていて
必要な時に呼び覚まされるし、
揺らがない『核』となって
二人を支える強さになるのだ。