かなしいなあ、トザ
2017/06/30 00:23
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投稿者:szk - この投稿者のレビュー一覧を見る
なんとも、そうなるかあという結末。音三郎、最後の最後まで不器用だった。彼は悪い人ではないんだ。純粋で、自分の仕事が大好きでそれを世間に認めてもらいたいと切に願っている。だから日夜、なんというか人間として大切な心すら置き去りにして研究して実験してを繰り返し年を重ねてきた。人を疑うことを知らないあまりに、自ら不幸な結果を招いてしまう。でも彼はそれに気づきもしない。研究者、技術者の悲哀を見事に書ききったなあ、木内さん。素晴らしいです。音三郎、がんばったよ。本当に。時代に翻弄されてしまった無線馬鹿の物語。お見事。
茗荷谷の猫を感じさせる出来映え!
2016/10/01 08:50
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投稿者:GORI - この投稿者のレビュー一覧を見る
最近の木内さんの作品はどれも良かった。
一途に生き続ける人間ドラマが上手く描かれていた。
本作も貧農の三男坊から独学で学び考え技術者の道をつかみ取る音三郎が主人公。
しかし、本作は物語に漂う空気が違います。
父親の言葉や兄達の空々しい態度から音三郎の出生にも秘密が感じられるが、音三郎は気にせず機械の開発に没頭しながら物語は進む。
チャンスを掴むため学歴を偽り出世し、自分の出生に関わるミツ叔母との東京での同居。
音三郎の誰も成し遂げられていない開発を世に出したいという夢とチャンスをつかみたい欲望と実体のない生き方が、読者を不安な気持ちにさせる。
不安、恐怖、怒りなど様々な感情を揺さぶられながら読み進められた読後感は「茗荷谷の猫」に通じるものがある。
最近の品行方正な物語に人間の奥底に潜む毒々しい卑しさを漂わせ、人間ではない何か得体の知れないものが主人公として描かれている。
木内さんの今後も楽しみです。
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下巻読了。
読み終わった後は、「ああ・・。」と、ため息で本を閉じました。
上巻冒頭に登場した、純粋で働き者の少年が、こんな末路になるとは思わないじゃないですか。
技術開発にひたむきに取り組んでいた・・。それだけだったはずなのに、いつの間にか周りが見えなくなり、人間性を疑うような言動がちらほら出てきた時点で、あれ、歯車が狂いだしたかな・・・と暗い予感。
音三郎が出世していく過程でも、“破滅”の影がひっついているので、読んでてツラかったです。
確かに、バッドエンドでしたが、明治から昭和初期にかけての、混沌とした日本の情勢と絡めて、精緻につづられた秀作だと思います。
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これが、技師の業か性か。
どこまでも自分の技術だけを信じてただひたすら夢だけを追い求めて…と言えば聞こえはいいけど、なんなんだ、まったく。どこまで自分だけ大事なんだよ、トザ!
上へ上へ。いまよりもっと自分の技術を生かせる場所へ。自分の夢のためなら親兄弟も切り捨てる。そんな自分勝手なトザを最後まで見守り続けた友との最期の瞬間が頭から離れない。
明治から大正、そして昭和。激動の時代に電気と無線に取りつかれた一人の男の、傲慢で壮絶で、そして哀しい物語。
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ドッカンとお腹に穴を開けられたような気持ち。
少年が電気に魅せられ、知識と技術を身につけ武装し、どんどん視界が狭くなっていく。寄生する叔母には終始苛々して、怒りをぶちまけてやれ!と思っていたけど、いざそうなるとすごく辛かった。
いつになったら優しいトザをまた見れるのか。誰か彼を踏みとどまらせる人間はいないのか。男の野心が大きな歴史の渦に絡めとられていく。
今までの木内さんの温かい滋味あふれる作風とは異なり、涙よりも、叫び出したい悲しさが残る。
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女性作家で近代史を織り込みながら、ここまで書ける人をひさびさに見た思いがする。
明治、大正、昭和の時代。農家の三男坊が技術工になるのを夢見て立身出世する希望希あふれた伝記ロマンを期待すると裏切られる。発明で名を成すという野心のため、純朴な工学少年は、故郷を捨て、組織を乗り換え、ついには満州へ。何度も挫折を味わい、老獪な中年となって己の技術が歴史的大事件に関与する段になって、彼は思わぬ展開を迎える。
周囲の人物も魅力的に描かれ、闊達としている。
主人公が野心的でないだけに、自分の背中に冷たい刃を突き付けつけられて半生を振り返ってみたくなるような気分になった。
最後通牒を突き付けたのがかつての同郷の友人だが、歴史の流れを知る側としては、彼も安泰ではない。
あくまで過去の架空人物の生きざまながら、現代に通じる諸問題を投げかけている。主人公がLEDの開発者に重なった。
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容易く感想を文章化できないでいるのですが、
彼女が現代日本文学の最高峰、至宝であるという評価は
私の中でより揺るがざるものとなりました。
凄まじい作品です。
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徳島の一少年が機械に憧れ、大阪、東京、そして満州へ出ていくという話。彼が惚れた技術を実現するために日々努力するが、時代の流れに翻弄されていく。
久々に面白い小説に出会ったと感じた。純粋な動機が社会に触れていきだんだん汚されていく様や時代や運命に翻弄され見てられないなぁと思うこともあったけど、ひたむきな姿と目標を叶える姿は良い。
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明治の時代、機械に魅せられた、貧しい農家に生まれた音三郎。単純に機械が好きで地元の町工場に勤めることになる。持ち前の忍耐強さと粘りで、自分で外国製に負けない板バネの開発を目指す。
しかし、資金力のなさ、友人の裏切り等でだんだん純粋さひたむきさを失って行く。
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帯文:”すべてを技術開発に捧げた青年は大きなチャンスを手にする。「負けたくない、絶対に誰にも」しかしその情熱は、時代のうねりに巻き込まれていく。” ”技術の光と闇を問う、衝撃のラスト!” ”技術の暴走を加速させているのは誰だ!?豊かさを追求する我々が支払う代償とは?”
目次:第五章(承前)、第六章~第九章、謝辞、主要参考文献
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科学技術はひとを豊かにするために使われるもの、そう信じていた音三郎がなぜだんだんと人間性を失い、歴史に翻弄されていくのか、その過程に、読む方はぞっとする。
歴史大長編なので、木内さんの繊細なことばづかいや感性の描写が薄められてしまった印象は否めないけれど、木内さんが精密な描写と歴史を描ける作家であることが証明されました。短編と、長編と。作家の新しい世界の展開を楽しみに。
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満州事変へと至る背景が,わかりやすく丁寧に書かれていて,そういうことだったのかと歴史をおさらいできたのは良かった.音三郎の技術者としてのプライドと人間として何か欠落した心でがむしゃらに進んでいく姿に,どこかで引き返すことができたのではと,やりきれない気持ちになるとともに.日本が戦争に向かって引き返せないところに行くのと二重写しになった.
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2020年に東京でオリンピックがあります。
毎度、オリンピックもワールドカップもそうですが。
必ず政治や権力は、利用します。というか、そのためのイベントです。
もちろん、大きなお金が動く、というのもあります。
そして、何百年も前からいろんな人が看過していますが。
「民衆にはスポーツの娯楽と興奮を与えろ。そうすれば、戦争へと向かう政治家資本家の野心は隠される」
という真実ですね。
1936年、ヒトラーのベルリンオリンピック…。
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2020年に向けて、手を変え品を変え。
「日本の現代史を賛美するストーリー」
「日本の国民の一致団結をたたえる物語」
というのが、この先提供されていくはずです。
作品としての出来不出来はまた、全く別の次元なんですが。
どうして、どういう意図で、そういうソフトが、コンテンツが、特集が、記事が、作られているのか。
出来るだけ、意識的でありたいな、と思います。
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主人公の、音三郎さんの出世物語。
四国の寒村出身、小学校中退ながら工員として叩き上げと、努力でのし上がる。電気電信系の技術者です。
大阪の民間会社で、設計開発技術者まで上り詰めた音三郎さん。
なんですが、そこで開発した無線技術は会社に取り上げてもらえず。
不満とストレスを貯め込んだ主人公は、伝手を頼って、更にステップアップ。
東京で、軍関係の技術開発を担う「十板火薬製造所」に就職します。上京。
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ここは、陸軍関係の技術開発を担う。
つまり、兵器や戦争用の技術品です。
その代わり、予算はほぼ無尽蔵。思うように腕がふるえます。
ただ、難関がありました。
そこは、帝大出身者しかいないような場所なのです。
徳島の寒村出身、小学校中退、少年時代から工員だった。
そんなことは全て、そこでは有り得ない履歴なんです。
そこンところは小説としての楽しい飛躍なんですが、
なんと学歴詐称、関西の帝大出身ということで入り込んじゃいます。
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色々とカルチャーショック。
職場の仲間はみんな上品でフレンドリー。誰も音三郎のように毛穴から野心と劣等感をギラつかせてなんて、いません。
その代わり、音三郎が身を削るようにして会得した知識や技術を、みんな当たり前のように持っている!
そんな中で、またまた音三郎は寝食を忘れて刻苦勉励、無線の開発で頭角を現します。
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陸軍の上級将校の娘さんとの見合い、結婚、愛情こそないですが落ち着いた新家庭。
当然、身の回り全員に、履歴を偽っています。奥さんにも。
そのために、まとわりつく下品な叔母を、無情にも放逐します。
もう、この辺、犯罪物語です。「太陽がいっぱい」です。どきどきです。
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関東大震災、軍部の台頭などあって。
さらなる野心と成功のために、満州へ。
ところがそこで蹉跌が待っています。
追い出した叔母が職場や家庭に乗り込んできて、全部ばらしてしまったんです。
妻にも職場にも見放された音三郎は、もはや戻る場所がなくなります。
唯一の逆転のチャンスは、満州で技術者として圧倒的な���声を得ることしかありません。
そこに訪れたのは、「張作霖を爆破して暗殺する実行部隊の、無線係り」という、一挙挽回のチャンス…。
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張作霖爆殺事件、というのは、実際にあった事件です。
1928年に、満州の実権は、「日本の陸軍(関東軍)と、中国北部の軍閥の首領・張作霖との同盟」と、「蒋介石などの、中華民国的勢力」が、争っていました。
ところが張作霖さんが、だんだんと日本陸軍との利害が対立してくる。
そこで、日本陸軍が、張作霖を爆殺して、中国人の仕業にみせかけたのです。
その後の満洲国建国、満州事変へと繋がる、「日本陸軍(関東軍)の暴走」の序章です。
この小説は、運命の流転とともに、張作霖爆殺に全てが流れ込んでいく設定。
もはや、正義も何もなく。
一身のプライドと幸福の全てをかけて、作戦の無線にかじりつく主人公が、痛ましくもスリリングです。
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下巻全般に。
大阪民間時代の冷笑的な同僚が、
「技術は大勢の生活の便利のためにあるべきで、一部の権力者、軍人や政治家、その時の国家権力のためにあってはいけない」
みたいなことを延々と主人公に言います。
そして、その同僚は、生活レベルの電気の安全装置(ヒューズ)みたいな部品で、有言実行を成し遂げます。
その同僚への、主人公音三郎さんの、嫉妬。反発。憎悪。
うーん。なんて人間臭くて、どろどろ。面白い。
そして、大正末期から昭和初期の、右傾化、軍国化が徐々に忍び込んでいくる世相、生活感情。
大きな流れの中で、大きな流れに目を背けて、自身の成功と幸せを求めていく主人公。
きっと、僕たちも同じです。
今、2016年現在。
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成功とハッピーエンドの出世物語。
安倍政府が大喜びの、「日本人は技術でがんばったストーリー」。
東京オリンピックに向けて、ニッポン万歳なサクセス譚。
「プロジェクトX」。「天皇の料理番」。「海賊と呼ばれた男」。エトセトラ、エトセトラ。
そうかと思いきや、下巻に入って、イッキに冷たく暗く、後ろめたく、スリリングで背徳的に疾走する破滅物語が、フルオーケストラで奏でられる、マイナスの感動。
いやあ、さすがは木内昇さん。
圧倒的な筆力で長編もねじ伏せてくれました。
次回作も大いに期待してしまいます。
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木内さんの才能は稀有まれなものだと思っています。
全部読んだわけじゃないけど、全部傑作です。
絶対的な信頼感を持っています。
この本も間違いなく傑作です。
木内さんの渾身の作です。力入ってます。
だって初の上下巻ですよ(多分)。
でもね、残念ながらここまで主人公に魅力がないのも珍しい。
全く共感できない。共感どころかむしろ嫌悪。
読むのが辛くて辛くて。
物語は激動の時代を描いてそれなりに読ませるんだけど、読めば読むほどうんざりするの、主人公に。
読者も辛いけれど、作家も辛いと思うの。
ここまでいやな男にずーっと付き合うの大変よね。
いや、まったくの勝手な意見ですけど・・・。
映画化されて松坂桃李あたりが主人公演じたら、違うかな。
そしたら全然違う話になっちゃいそうな気もするけど(笑)
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【ネタバレ】技術に憧れ、技術と共に生き、技術に囚われ、最後には堕ちてしまった憐れな男の哀しくも切ない物語。最初と最後でここまで印象の変わる主人公も珍しいのではないでしょうか。