サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. 小林浩さんのレビュー一覧

小林浩さんのレビュー一覧

投稿者:小林浩

159 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

紙の本精神現象学

2001/10/15 17:22

中断を乗り越え約四半世紀をかけた地道な訳業がついに完成

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私塾・鶏鳴学園および鶏鳴出版を主宰する在野の哲学者が、1977年以来、24年を費やして彫琢した訳業がついに完成した。もっとも、完成というよりは、訳者の心意気からするとおそらく生涯をかけて更なる進展を期するといったところか。先行する全訳はこれまでに三点。金子武蔵(岩波書店版、上下巻、現在品切)、樫山欽四郎(平凡社ライブラリー版、上下巻)、長谷川宏(作品社版)の訳がある。今回の新訳で特徴的なのは、訳注がいわば翻訳のための覚書として読めることで、既訳とどう解釈が違うのかが随所に明示され、あるいは解釈に迷う箇所は率直にその旨を述べている。本書は戦後の西洋においてコジェーヴ、ジャン・イポリット、フランシス・フクヤマなどによる自由な解釈によって、近代社会と人類の未来を考察する上で依然として欠かせない思想的源泉とみなされており、人間精神の進化論としてこんにちもなお読み継がれる古典中の古典だ。それだけに、こうした訳注は勉強になる。ズシリと重い質感にふさわしい、華美なところのないシンプルな装丁もいい。

※「精神現象学」を読み解くために→こちら

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(10/15分)より

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本世界名言集

2002/06/18 18:11

探していたあのことばにきっと会える。座右の銘1340編

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 1984年から1989年にかけて岩波文庫の別冊シリーズとして刊行された『ことばの花束』『ことばの贈物』『ことばの饗宴』『愛のことば』を再編して、一冊にまとめたのが本書である。タイトルに金文字をあしらった丁寧な造本のハードカバー(函入)で、本文はスミとアカの二色刷り。岩波文庫として発行された古今東西の古典から、えりすぐりの名文と智慧を集約。全部で1340もの断片が収められており、巻末には著作社名索引、書名索引、文頭索引の三種を配して、読者の便宜を図っている。座右に置きたい、保存版にふさわしい一冊だ。ちなみに引用率ベスト3は、1位が夏目漱石(40回)、2位がシェイクスピア(37回)、3位はともに26回で、ゲーテとモンテーニュだ。なるほど。3位のゲーテからひとこと。「世界は粥(かゆ)で造られてはゐない。君等は懶(なま)けてぐづぐづするな、堅いものは噛まねばならない。喉がつまるか消化するか、二つに一つだ」(『ゲーテ詩集(3)』より)。

※こちらもオススメ、『日本の名随筆』全200巻からエッセンスを凝縮→『随筆名言集』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー6月17日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

生誕100年で日本でもリバイバルの予感。感動的な自伝がついに完訳

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 アメリカ西海岸の港湾労働者にして社会哲学者のエリック・ホッファー(1902-1983)の著書は、1960年代から1970年代初頭にかけて立て続けに6点ほど邦訳されてきたのだが、残念なことにすべてが絶版か品切になっている。いわば忘れられた思想家だったわけだが、今回邦訳された彼の自伝をきっかけに、その価値が見直されるのではないか。原書は1983年刊、彼の最後の著書となる本書では、ニューヨークのドイツ系移民の子として生まれた彼の生涯が、一幅の鮮やかな印象画として描かれている。幼い頃の失明、そして視力の突然の快復、教育を受けないまま育ちながら無類の読書好きで、日雇い(あるいは季節)労働者として過ごした日々が率直に綴られている。それらは職業的哲学者が綴るような思索日誌の堅苦しさとは似ても似つかない。彼は生き、働き、感じ、考える。その素朴さが実に好印象だ。本書は詳細に記述されている自伝ではない。原題にあるとおり、これは "Truth Imagined" つまり、思いに映るままの本当のこと、といったニュアンスだろうか。作家の中上健次は「ホッファーのように生きつづけたい」と漏らしたことがあるそうだ。彼の生涯は、世間で言うところの「幸福」なものとは少し違う。経済的に満ち足りていたわけではない。しかしその大きな体躯からにじみ出るようなおおらかなオーラと同居している繊細さを見るとき、彼のように生きてみることをつい想像してみたくなることも確かだ。彼は本書で自分のことばかりを語っているのではなかった。あたかも紡ぎ合わされた一枚のタペストリーのように、ホッファーの思い出の中で様々な人々が垣間見せる素顔は、彼自身の素顔と重なって、なんともいえない印象的な彩りを帯びる。たぶん多くの読者にとっても、本書は長く胸に残る一冊となるだろう。巻末にシーラ・ジョンソンによる、ホッファー72歳の折のインタビューが収録されている。

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー6月10日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

古代メキシコのシャーマンから継承された「別の知の体系」の真髄

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 最晩年に著者が自らまとめた、メキシコのヤキ族の呪術師ドン・ファン・マトゥスの語録である。彼が世に問うた8冊の著書(『呪術師と私』から『沈黙の力』まで)のエッセンスだ。まずなにより、組版を含めて造本が素晴らしく美しい。装丁を担当した竹智淳氏は本書のエッジを際立たせることに成功している。その特異性とは何か。それは、本書がドン・ファンについて書かれたことを再録したものなのではなく、ドン・ファン自身の言葉のみを抜き出したという点であり、「売られている本」というよりは、まるで読者一人一人への「贈り物」のようなたたずまいである。一頁ずつに象嵌された短いセンテンスと空白が、読む者の胸の内で不思議な空間をつくり始める。ドン・ファンは語る。世の中のしくみについて人々が自身に言い聞かせているあれこれの思い込みが、彼ら自身を日々の暮らしに縛りつけている。大切なのはそうした思い込みを棄てることだ、と。人間はその思い込みの通りに生きてしまうものだが、それは生のひとつの形象に過ぎない。シャーマンはそうしたひとつひとつにはこだわらず、生の全体像を見て、そこからあらゆる可能性を引き出すのだ。その全体像が「時の輪」と呼ばれるものである。8冊の著書が8つの章になり、それぞれに注解が付される。心の片隅に、「常識」に縛られない空間をつくるために、手元に置きたい一冊だ。

※カスタネダの最後の本と最近の研究書→『無限の本質』、島田裕巳『カルロス・カスタネダ』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー4月22日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本ケルズの書

2002/06/12 12:27

ケルト美術とキリスト教写本の融合による驚愕の聖書マンダラ

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 かのジェイムズ・ジョイスが最上の書物として崇めた「ケルズの書」は、福音書の写本の中でもとりわけ異彩を放つ装飾で知られる。ヨーロッパの先住民族であるケルト文化とキリスト教が融合を果たし、大陸の写本と比べて独創的な装飾と表現をもたらした。日本ではほとんどその中身については知られてこなかったが、本書はフルカラーでこのアイルランドの至宝「ケルズの書」の豪奢なページを紹介している。ヴェラム(子牛の皮)に色とりどりの筆で細やかに描かれた様々な象徴が織り成す宇宙は、圧倒的だ。植物と動物、使徒と怪獣と天使、そして神が、たがいにつながりあって、聖書の世界を荘厳する。それ自体が神獣のようにうねる装飾文字や、無限に絡み合う組紐文様、無限に運動する渦巻きなど、跳梁する多様なイメージが、めまいを誘う。四福音書の書記者たちの神々しさといったらどうだろう。8世紀末頃に成立したという「ケルズの書」を見ることができた幸運な信徒は、まさに奇跡を目の当たりにする思いがしたろう。当時、一冊の写本は一領地とも等価なほど、貴重な宝物だったのだ。豊富な図版と丁寧な解説でこの写本の戦慄的魅力を雄弁に語る、本邦初のガイドブックである。訳者の鶴岡真弓氏による数々のケルト文化論とともにひもときたい。

※12世紀の司祭による「ケルズの書」への言及→『アイルランド地誌』

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

1986年のカリフォルニア大学での講義録がついに翻訳された

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 カネがものを言う経済至上主義は、人間の顔ではなくむしろもっと野蛮な顔を持っている。「経済」はそれ自体を目的として肥大化する野獣の如くであって、それは人間を食い尽くす凶暴な自動機械と化す。インドに生まれ、イギリスの名門ケンブリッジ大学で活躍する経済学者のセン(1998年度ノーベル経済学賞受賞)が、1986年4月にカリフォルニア大学バークレー校で行った連続講義の記録である本書は、《経済学に倫理学の視点を導入》し、《「道徳哲学としての経済学の樹立を目指す古典的名著》(オビ文より)である。現代経済学には「いかに生きるべきか」という倫理学的問いが欠けている、とセンは指摘する。人間行動を実証可能な単純な動機に還元しようとする経済学の「工学的アプローチ」に対し、単純化し得ない「善」の問題を導入する「倫理的アプローチ」を提唱したのが、本書の重要な戦略だ。経済学は倫理学から離れることによって貧困化し、この貧困化は多くの実証主義経済学の基礎をも危うくする。そう著者は警告しつつ、倫理学が経済学になし得ることとは何かを懇切に説いていく。パレートやアローら経済学者の名前だけでなく、パーフィットやノージック、ヌスバウムやデイヴィドソンといった哲学者が登場するのは、そうした「倫理的アプローチ」の参照項であるからだ。講演がもとになっているためか、語り口は難解ではなく、内容もコンパクトにまとまっている。センの主張する厚生経済学への絶好の入門書としても最適だろう。

※参考書はこちら→桂木隆夫『市場経済の哲学』、川本隆史『現代倫理学の冒険』、鈴村興太郎+後藤玲子『アマルティア・セン:経済学と倫理学』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー5月20日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

こころの働きを包括的に捉える古典的名著を豊かに読み解く

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「万学の祖」アリストテレスの著書の中でも、『デ・アニマ』は中世のアラビア思想やスコラ哲学における重用以来、多くの注釈を生んできた。ここ日本では近年で実に三度も新訳されており、他の著作と比べても異例である。さらに言うなら、主題とされているギリシア語の「プシュケー」をどう訳すかがいまだに確定的でなく、したがって書名が新訳ごとに異なるというあたりも異例である。1999年の桑子敏雄訳(講談社学術文庫)では『心とは何か』、2001年の中畑正志訳(京都大学学術出版会)では『魂について』、そして今回の水地宗明による新訳と注解ではラテン語訳の表題としてよく知られている『デ・アニマ』が採用されている。岩波版の全集では『霊魂論』とされ、これがもっとも人口に膾炙しているが、いわゆる東洋的な「霊魂」とは意味が異なる。五感や意識や知性の働きを包括する、広義における「こころ」についての記述、というのが差し当たりの理解の前提になろうか。なお本書ではプシュケーの訳に「魂」が採用されている。

 本書は1907年のヒックス校訂版を底本にし、訳者による丁寧な補足を付与した新訳と、その訳文の分量を上回る詳細な注解を一冊にまとめた労作である。注解において参照されるのは、四世紀のテミスティオス、六世紀のフィロポノスとシンプリキオスなどによる古い注釈をはじめ、トマス・アクィナス、トレンデレンブルク、ブレンターノ、カッシーラ、ホルンなど、中世から1990年代の最新成果までの数多くの文献であり、そのうちの代表的文献だけでも15点を下らない。まさに欠くべからざる模範的研究書である。注解のあとには二つの解説「アリストテレスの心理学説」「能動的知性のいろいろな解釈」が続く。前者は『デ・アニマ』の簡潔な鳥瞰図であり(いわゆる近代的な「心理学」のことではない)、後者は後世に様々な解釈を呼び起こした概念「能動知性」をめぐる議論の整理である。「思考させる知性」である「能動知性」は果たして人間のものなのか神のものなのか。アリストテレスを読むことがどれほど広大な視野を読者に与えるか、本書はその冒険の手引きとして最良の成果である。

※アリストテレス関連書→こちら

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー4月1日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本『論考』『青色本』読解

2001/08/27 12:49

独力で考えて考え抜く孤高の哲学者の足跡が甦る

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「世界は、成立している事柄の総体である」で始まり、「人は、語りえぬものについては、沈黙しなくてはならない」に終わるそれぞれが短い命題群である『論理的-哲学的論考』、そして「語の意味とは何か」という問いから始まる口述記であり、『論考』以後の言語論的転回のプロローグとなった『青色本』、これらふたつの新訳と解説を一冊にまとめたもの。先に『「哲学的探究」読解』を刊行した訳者にとって、これで哲学者の変遷をリンクしたかたちになる。
『論考』は中央公論新社版、大修館書店の全集版、法政大学出版局版に続いて四番目の新訳となり、『青色本』は大修館書店全集版に続いて二度目。

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(8/27分)より

『論考』はその内容の深さにもかかわらず、哲学的な予備知識がなくても十分味わうことができる稀有の書物であり、当時「完成作」とされた『論考』から後にさらに深く「ことばの生態」の暗闇に入りこんでいったのが『青色本』だ。これらをこの一冊で読むことができるのは嬉しい。難しいところは多少読み飛ばしても、この哲学者がいったいどんな問題の前に立っているのかを感覚として受け取るだけで意味がある。哲学の出発点はここにある。

※波乱の人生を生きたウィトゲンシュタインの評伝→こちら

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

NATO軍のコソボ空爆の背景とアメリカ的人道主義の本質は

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 わが国ではまず何より卓抜な言語学者として知られているチョムスキーだが、2001年9月の米国同時多発テロ事件以後は特にその政治的発言が再注目されている。『9.11』『「ならず者国家」と新たな戦争』『アメリカが本当に望んでいること』はその中でも良く読まれている書目であり、アメリカニズムの暴虐を徹底的に批判する姿勢が鮮烈だ。本書は1999年にアメリカで発刊された書物で、原題にある「ニュー・ミリタリー・ヒューマニズム」とは、ほかならぬアメリカの人道主義を指している。この人道主義は軍事主義の双子の兄弟なのだ。人道と軍事が一体化しているとはなんという卑劣な矛盾だろうか。アメリカの人道主義がいかんなく発揮された1999年のコソボ紛争の実態と背景の詳細な分析を通じ、著者は畳み掛けるようにこの国の外交政策の思い上がりを論破していく。その筆致はまことに怜悧かつ周到であり、アメリカの政治態度——特に各国への軍事介入のおせっかいぶり——に疑問を感じている者にとっては、読み進めるごとに痛快な気分を味わえるだろう。

 彼はこう述べる、《レーガン/クリントン時代最大の革新は、国際法や正式の条約や義務をまったくあからさまに拒否するようになったことであり、こうした拒否が、西洋で、歴史上前例のない素晴らしい新時代の「新しい国際主義」と賞賛すらされるようになったことである》と。その通りである。「世界新秩序」においてもっとも耐えがたいことのひとつは、正義や人道の名のもとに行われる「戦争の正当化」だろう。本書の読者は何度もデジャヴュに襲われるに違いない、「これは読んだことがある」と。その感触は正しい。なぜなら、アメリカはコソボ紛争後もくだんの「人道主義」を反省せず、今なお戦争を繰り返しているからであり、チョムスキーは長い間、変幻自在のアメリカニズムへ言論をもって対抗してきたからだ。その意味で、本書は《9.11》の予言でもあったと言える。もう二度と繰り返させないために日本人ができることは何か。「有事法制」が先走るこんにちの政治の窮状を抱える私たちに色々な示唆を与えてくれる本である。なお、この日本語版には、原著にない補論「エピローグ:1999年を振り返って」が収録されている。

※併読をお奨めします→ヴィリリオ『幻滅の戦略』、千田善『ユーゴ紛争はなぜ長期化したか』、山崎佳代子『解体ユーゴスラビア』、『現代思想・臨時増刊号:総特集=ユーゴスラヴィア解体』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー5月20日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本フランス革命期の公教育論

2002/03/10 22:36

自由と平等と無償性。近代教育論の原点がここにある

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 アンシャン・レジーム下における教育機関の神学的閉鎖性を打ち破る端緒となったフランス革命は、特権的「知」への民衆の屈従を廃棄し、自由と平等の名のもとに新しい教育を創設して、すべての国民にその恩恵にあずかる機会を与えるという大義を生んだ。教育改革は国民改革でもあった。権力に対し理性的な批判能力を備えた市民を育てるための「知育」を主張したコンドルセ、愛国心と規律・労働を重視したルペルティエ、道徳心をはぐくむことが社会の安定を生むと論じたサン=テチエンヌ、知育と徳育の結合を説くロムなど、十八篇の報告や法案・条例が収録されている。初等・中等・高等といったシステマティックな学校制度の議論もなされており、こんにちの教育の基礎がこの時代(18世紀後半)に確立されていったことがわかる。革命前夜、多くの教会関連機関が消滅していく未曾有の教育危機において、さまざまな模索と討議があったわけだ。それらはいまなお新鮮に読める。教育の起源と根源について再考するための絶好の基本図書だろう。巻末に地図、年表、人物略伝を付す。

※併読をお奨めします→アリエス『〈子供〉の誕生』『「教育」の誕生』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー2月25日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

小村での生活から目の当たりにした最貧国の一現実

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 フィールドワークで得た「実感」には、実地見聞のデータを整理するための「論文」では掬いきれない何かがある。本書はそんな「実感」から生まれた。文化人類学を学ぶ当時27歳の大学院生が実地調査のため、首都ダッカから車で五時間走った先にあるジンタ村で、1988年から一年半過ごした。彼女はとある家族の仮の「娘」として共同体に受け入れられ、自分の身の回りに起きた様々な出来事や村落社会の様子をつぶさに記述し、帰国後にいくつかの学術論文を書く。やがて彼女は日本の大学で教鞭を執ることになるのだが、十年の歳月を経て、ようやく「実感」に立ち返ることになったのだ。それは文化人類学的記述のスタイルを問い直す作業でもあった。

 著者はデータの類型化や分類によって枠組みを決めてしまうのではなく、流動する生活の場を日誌のように綴り、微妙な人間関係をありのままに見せる。グラミン銀行の功罪を淡々と事実に即して書くくだりは、多くの読者の目に留まるだろうが、それにも増して、著者自身がムスリムのデモに出くわして小突かれるさまや、ある日手持ちの金銭を盗まれてそれが村の一大事へと発展していくさまは、一ビデシ(外人)として暮らした「実感」が滲んでいて、読む者を惹きつける。その後、村はヒンドゥー系住民の離村が相次ぎ、大きく移り変わっていくが、統計やメディアのニュースからは得ることのできない視点で体験的に生を語る本書は、リアリティとは何かを捉えなおすしなやかさをもった魅力的な脱=研究書となっている。

※バングラデシュのことをもっと知るために→こちら。

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー1月7日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本新明解故事ことわざ辞典

2001/11/26 15:32

「知らない」と、恥をかくよりこの一冊

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 故事やことわざは意味や使い方を知らないと思いがけない場面で恥をかくことが多いわりには、国語辞典などで調べるのが面倒だ。しかし意味を理解できないのは、なにやら気分がすっきりしないし、年長者との会話でことわざを引かれて、はてさて何と返答したらいいものか焦る時もある。そんなわずらわしさを解消してくれる本書は、類書中最多の7300項目を収録した本格派ながら、コンパクトな造本がいい。「新解さん」シリーズの新しい仲間である。

 巻頭にはまずキーワード索引があり、うろおぼえのフレーズでも引きやすくなっている。それぞれの見出し語は活字が大きめで、類義語や対義語、必要に応じて英訳を対応させる。中国古典に起源のあるものは、出典や故事の原文を明記。文学作品などを引用した「用例」や、読み方や使い方の「注意事項」がありがたい。巻末には「東西いろはがるた」「出典解説」「人名解説」「英語のことわざ」を収録。世代から世代へと引き継がれる「生きる知恵」の宝庫であり、楽しい「雑学事典」ともなっている。必携。

※「新明解」シリーズ既刊→「国語辞典・第五版」「漢和辞典・第四版」「古語辞典・第三版」「四字熟語辞典」「日本語アクセント辞典」

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(11/26分)より

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本ナショナリズム

2001/11/20 12:39

こんにちなぜ国家主義はふたたび活発化したのか

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 好評の「思考のフロンティア」シリーズは別冊を除き、全16巻が本書で完結した。掉尾を飾るにふさわしい一冊は、近代日本のナショナリズムを分析する任においてはこれ以上の論客は望めない、在日の知識人を代表する一人による渾身の書下ろしである。氏の著書の中でも恐らく随一の、もっともまとまった長編論考と言えるだろう。本書は、日本がかつて経験した苛酷な軍国主義の中枢的信条であった「国体」観が、18世紀後半以後の萌芽的段階から、大日本帝国憲法と「教育勅語」を経て、大戦期の精神的かなめとなり、戦後も亡霊のようにかたちを変えて生き残っているさまを、思想史的に明らかにしようとしたものだ。ナショナリズムの定義をめぐる第1部と、国体ナショナリズムの変遷を追う第2部に分かれ、巻末には本シリーズの恒例で、著者自身による基本文献案内が付されている。巧妙な社会的強者の論理であるこんにちのネオリベラリズムとともに膨れ上がる歴史修正主義の跋扈の実相を知るうえで、欠かせない本だ。ほぼ同時に発売された著者編の入門書『ポストコロニアリズム』(作品社)とともに、ぜひ併読をお奨めしたい。

※同シリーズの緊密な関連書を挙げると→「ポストコロニアル」「歴史/修正主義」

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(11/19分)より

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本希望の教育学

2001/11/20 12:02

社会問題の病根を断ち切る強靭にしてしなやかな「希望」

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 こんにちこれほどまでに教育について根源的に、そして革新的に語りえた人がいただろうか。20世紀における教育思想家の最高峰であるフレイレ(1921-1997)が、彼の主著となる『被抑圧者の教育学』をブラジルで発表したのは1970年のことだ(邦訳は亜紀書房から1979年に刊行された)が、本書はフレイレの最晩年の1992年にやはりブラジルで出版されたもので、原書の副題には「ふたたび被抑圧者の教育学と出会う」とある。すなわち『被抑圧者の教育学』を執筆するまでの彼自身のライフヒストリーを振り返るとともに、この書物へ寄せられた様々な批判を再検討し、出版後に世界中をめぐって経験した問題意識の広がりとその実践的克服が語られる。

 それは回顧などではなく、きわめて現代的な問い直しである。世間を悪意に満ちた場所として拒絶するのでも、他者との断絶のうちに自閉するのでもなく、あくまでも果敢に社会へ介入し、人々と語らうこと(教育とは抑圧的な権力に対する賢い妥協を民衆に教えるものでもなければ、高みから教えを垂れ、不平等のもとに優越感を確保するものでもない)。弛みなくあきらめず行動しつづけるのは容易ではない。いまこそエスペランサ(希望)を。それは宿命論に屈従せぬ力であり、よりよく生きようとする不断のたたかいなのだ。

※併読をお奨めします→イリイチ「脱学校の社会」、ティリッヒ「生きる勇気」

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(11/19分)より

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

トラウマ理論のすべてがこの一冊に。記念碑的集大成の刊行

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

名著『心的外傷と回復』の著者ジュディス・ハーマンから「トラウマとPTSD(心的外傷後ストレス障害)に関する現在の知識の集大成として、また次世代の臨床家と研究者のガイドブックとして、本書は長年にわたって黄金のスタンダードであり続けるだろう」と絶賛された、精神医学・臨床心理学における記念碑的集大成の邦訳がついに成った(原著は1996年に出版)。こんにち「心の傷」は日常生活や社会のいたるところで見出され、問題化されている。戦争体験やレイプによるもののほかにも家庭内暴力、幼児虐待による「心の傷」へのケアはいっそうの注意を喚起するものとなってきた。総合的なキーワードとしてのPTSDが定義された1980年以来、急速に進展してきた研究分野の変遷と内実、課題と展望が、本書の全五部十九章の構成のなかにぎっしりと詰まっている。「心の闇」の時代を読み解く、まさに必読必携の基本書である。著者たちは「自らの過去に直面せざる者はそれを繰り返す運命にある」と「日本語版への序文」に書いた。過去の戦争への日本人の認識について率直に切り込んだ発言の含蓄は、本書をひもとくことによってより深刻で複雑な問題として胸に迫ってくることだろう。

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(10/1分)より

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

159 件中 1 件~ 15 件を表示
×

hontoからおトクな情報をお届けします!

割引きクーポンや人気の特集ページ、ほしい本の値下げ情報などをプッシュ通知でいち早くお届けします。