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働きマンを中心に幅広い層で「失敗学」としても読まれているらしい。
戦史の記録文学だが、「坂の上の雲」とは違って爽快感はゼロ。読後感のやるせなさはすごい。時空をこえてうるわしき関東軍の無能っぷりを味わえる。前線の士官や兵たちは勇敢で優秀であっただけに、なおさらお腹一杯になる。丸山眞男が指摘した「無責任の体系」を念頭に置きながら読むと一層イライラできる(理解が深まる)。筆者は文芸春秋の元編集長で保守派とされているが、それゆえに筆者の批判はナショナリスティックで「しっくり」している。特に統帥権についての執拗な告発は的確。
冷戦後に公開されたソ連のノモンハン事件の資料では、ソ連側の損害も甚大だったとされており、「関東軍優勢だった?!」と元気になる方もいるとか。学ぶとこ、そこじゃないでしょ。
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初出時の単行本では、中途で投げ出してしまった。何を思ったか、この度は新たに文庫本を入手し、はたまた読了に挑む。
当時を知る上で不可欠な、ヒットラーとスターリンの駆け引きを中心とした欧州の情勢を交えつつ、広東軍、陸軍参謀本部、内閣やらの動向をもとに、かの有名な負け戦の詳細を描出しています。圧巻、面白すぎ。
蒙ソ軍、広東軍とも数多の凄絶な死に様をもって綴られる厳粛なドラマにあって、著者が絶対悪とする辻政信をはじめとした軍参謀らに向けた、自らの私情も多分に交えた批判の言葉が随所にちりばめられているのが、ユーモラスに感じられ、思わず吹き出してしましそうになること度々。
読み進むにつれ、次第に昭和天皇が気の毒に思えてくるから不思議なもの。敗戦に学ぶことなく、慢心と非科学的な精神主義のもと、法と人命をないがしろに続く戦争に一路邁進、国民もこれを支持し、支えていたというのだから愚かしいことこの上なし。
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ノモンハンの戦い事態はよくわかりました。辻と服部の突き抜けっぷりも、両者を筆者が大嫌いなことも。
ただ「日本のいちばん長い日」よりも迫ってこないのはなんでだろ?
司馬遼ならばノモンハンをどう書いたでしょうかね?
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★3.5
長かった。
日本陸軍の悪しき側面が良く判ります。
この時に反省して、きちんと関係者を
処罰していれば、その後の悲劇は(第二次大戦)は、
無かったのではないかと思います。
ただ、悪者=陸軍、善人=海軍のトーンで
書かれているのには違和感。
結局のところ、最終的には海軍も、
無責任に戦争に突入していくので、
どっちもどっち。
それにしても、前線ばかりが苦労して、
後方でのんびりと指揮を取る者は責任すら問われない
と言うのは、本社は支持するばかりで、
現場の支店は苦労するという、
いまの日本企業と同じ感じがしますね。
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「昭和14(1939)年5月から9月にかけて、満洲西北部の国境付近で、当時ソ連の実効支配下にあった外蒙(モンゴル)との国境紛争があった。日本側が国境線と考えるハルハ河を渡って、ノモンハン付近に進出した外蒙軍と満洲国軍との衝突から、日ソ両軍の戦闘に拡大し、日本軍は壊滅的な打撃を受けた。
ノモンハン事件と言われるもので、第一線将兵の敢闘にもかかわらず、上級司令部の指揮、指導が拙劣であったため、戦史的にも珍しい死傷率32%という完敗振りは、2年後に開始される対米戦争のために貴重な教訓を残しているのであるが、何故か当時の陸軍は、ノモンハン事件の本格的研究をしなかった。(解説より)」
日露戦争での歴史的勝利から30年余り。革命によるイデオロギーの大転換を経ながらも、敗戦による反省から軍備と戦略の近代化を推し進めたソ連と、滑稽とも言えるほどの精神論と盲信的な楽観論に毒された日本との間には、もはや圧倒的な戦力の差があった。
にもかかわらず、ある参謀は中央の命令を無視し、無用な戦いを避けるどころか自らの存在意義のためだけに幾千の命を奪い、反省するどころか自らは戦後の責任追及から逃げ続け、議員となり大層な著書まで残して生きながらえた。
そんな横暴に対して、東京の高級官僚は優柔不断に終始して止めることもできず、マスコミも一般国民も熱狂的に支持した。
ここに絶望的な日本人観を見てとるか、一部の人間の大罪と片付けるかは判断が分かれるところだが、その後の日本がなぜあのような無謀な戦いに挑み破れ灰塵に帰したのかがなんとなく見えてくる。
怒りと絶望で読み続けるのが苦しくなる作品だが、日本人としてはぜひ読んでおきたい作品。
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『ノモンハン』。この単語をはじめて意識したのは村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』であった。
それまで戦史モノのなかでその地で戦闘が行われたことは認識していたが、そこで当時なにが起きていたのか?というコトについてはついにこの歳まで知らずじまいであったのだ。
このところ半藤一利氏の著書を読み続けており、その読み易さ、史実の纏め方の旨さにすっかりファンになってしまった面もあり、半藤氏が描く『ノモンハン』である本書を手に取った次第である。
最近昭和モノを読む前に
・世界史の教科書でそのテーマはどう扱われていたか?
を調べてみることにしている。
ちなみに山川の世界史の教科書だと、『ノモンハン』という単語はこの一文のみである。
このころ、日本は日独伊防共協定でソ連と対抗し、ソ満国境で張鼓峰事件(1938年)、満州・外蒙古の国境でノモンハン事件(1939年)と、ソ連との軍事衝突をおこしていたため、独ソ不可侵条約に大きな衝撃を受け、平沼騏一郎内閣は方向をみうしなって退陣した。
平沼内閣退陣の一つの原因として扱われた事件の一つとしてその名称が揚げられているだけであり、その事件とはどういうモノであったのか?という説明は一切無い。
どうりで、なにも頭に残っていないはずである...(^^;)ハハハ。
日本の歴史的史実において、『戦い』の定義というモノが全くよくわからない。
『白村江の戦い』、『壇ノ浦の戦い』、『桶狭間の戦い』、『本能寺の変』『関ヶ原の戦い』、『大阪夏の陣・冬の陣』、『鳥羽伏見の戦い』等々。
古代から幕末にかけて、合戦という意味では『戦い』とする定義なのだろうか。ほぼメジャーどころは『〜の戦い』である。
『本能寺の変』は合戦では無く、あくまで局地的な争い事ということで『変』なのだろうか?
これが明治になると『西南戦争』、『日清戦争』、『日露戦争』と『戦争』という言葉を使うようになる。
この後辺りの昭和史になるとよくわからなくなってくる。『満州事変』に『日華事変』。
『事変』とはなにかというと、本来行動としては『戦争』行為であるにもかかわらず、宣戦布告をせずに(宣戦布告をして正式に国際法にのっとった軍事行動となるとアメリカ、イギリスに怒られるからという理由)、国際法上の軍事行動では無いものとして『事変』という定義を勝手にしているらしい。
ではこの『ノモンハン事件』とはなんだ?『事件』となると『五・一五事件』『二・二六事件』というように、あくまで国内での一時的な争い事、幕末までの『〜の変』と同様の意味合いでは無いのだろうか?
遠く満州のさらに西、外蒙古と満州との国境線付近での日本帝国陸軍とソ連陸軍との軍事衝突、その結果、満州防備の軍である関東軍の1師団が国境外へ進行した上でほぼ壊滅するにまで叩きのめされた本軍事行動が『事件』で片付けられるモノなのであろうか?
本書を読み、改めて後味の非常に悪い、本事件の概要を理解した。
理解したとともに、やはり著者が本文の最後に書かれているこの一言
ノモンハン敗戦の責任者である服部・のコンビが、対米���戦を推進し、戦争を指導した全過程をみるとき、個人はつまるところ歴史の流れに浮き沈みする無力な存在にすぎない、という説が、なぜか疑わしく思えてならない。そして人は何も過去から学ばないことを思い知らされる。
これはなにより、『戦争』という軍事行動の総括を由とせず、『事件』という一跳ねっ返りの事象として総括したのみに止めた、陸軍参謀本部ならびに関東軍作戦課の作戦参謀の愚劣かつ無責任な対応がノモンハン事件の結果を招いたということ。
そしてもう一つは『統帥権』を振りかざしながらも陸軍組織内部ですら統帥しきれていないという実態。満州事変以降、関東軍の暴走を止められないのはなぜなのかと不思議でならなかったが、中国における軍閥同様、関東軍自身が中央に対する下克上の気風を育てていったということ。
こんな統帥も出来ず、真摯な反省も出来ない、始まる前からすでに崩壊すべき組織のすべてを包含している一部の組織に戦前の日本は命運を握られるようになっていったという面で、本事件で亡くなられた方々はその後の日本帝国の行く末を思うとなにも浮かばれない。
『ノモンハン事件』という戦闘行為は、その用兵戦術、軍の意思決定プロセス、帝国陸軍としての精神性、参謀・幕僚部の意識、国際外交という面での戦略の欠如等々、すべてにおいてその後勃発する太平洋戦争での敗北に丸々同じことが当てはまる。
なぜ、日本のエリート中のエリートである集団が、決定的な敗北を結したにも関わらず反省という行為を実行できなかったのか、作戦参謀自身が顧みることも許されない組織を作り上げたことが最大の問題であるかもしれない。
本書はノモンハン事件を主題として話が進んでいくが、視線をヨーロッパに移すとナチスドイツがいつ開戦に踏み切るか?という状況であり、たんに日満vsソ連の状況だけでは無く、ドイツvsソ連の駆け引きも同時並行で語られていく。
その中では当然日独伊三国同盟締結に向けての国内政治の駆け引きも活発に行われ、国内では三国同盟派vs新英米派との駆け引きが繰り広げられるという、面で捉えるという点では非常にスリリングな本である。
しかし、ノモンハン事件終結で話が終わってしまい、その間サブストーリーとして展開していた三国同盟締結に至る話も途中で終わってしまうところが残念である。
その点だけで、本来は☆☆☆☆だが今回は☆☆☆としておきたい。
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あれだけ拘っていた司馬遼太郎が書かなかった「ノモンハン」。
まさに感想など書きたくなくなるような心境になる。
ただ、是非読んでいただきたい。歴史問題は正確に、できうる限り事実に近いことを知るのが大切だと感じる。
日本は一部の狂気染みた人間によって、過去にこのような大失態を演じていたことを知ることも、大変重要であろう。
これは、決して二度と繰り返すことが許されない。
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若い頃は、太平洋戦争の話はあまりに間近であり、聞くのも嫌であったが、最近になって少しずつ興味を持ち始めた。ノモンハン事件は、機能不全になった陸軍という組織の恐ろしさを教えてくれる。昨今、不祥事を起こす企業にも共通のものが感じられる。顧客や組織よりも個人の出世を重視する池井戸潤が描く銀行にも共通項が見られる。
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ノモンハン紛争の経緯について、特に、関東軍、参謀本部、政治中枢の関係について詳しく書かれている本。
独り歩きするイデオロギーと官僚主義的無責任から、多くの兵士が無駄死にする様は、その後の太平洋戦争にも繋がるもの。紛争の規模がのちの大戦と比較すれば小さく、関係者が限られている分、日本軍の問題点がよく浮かび上がってくる。
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資源など何もない不毛の地ノモンハンで、国境線を巡って日ソが衝突した。大本営の「不拡大」の方針を弱腰として退ける関東軍参謀の服部と辻。大本営も関東軍のメンツを重んじて強い命令をだせず、事件は多数の死傷者を出す戦闘へと拡大した。命令の曖昧さ、敵への侮り、情報の軽視、精神の過剰な重要視など、その後の日本軍の欠点がすべて現れた。現場の兵士は戦車に火炎瓶で立ち向かうなど勇敢に戦ったが、捕虜となった兵士に自決を強要するなど非情な対応。一方、参謀の辻はその後も太平洋戦争で指揮をとった。辻の悪魔的な狡猾さが印象に残る。またノモンハン事件と平行して、独ソ不可侵条約をめぐるヒトラーとスターリンの駆け引きも描かれていて興味深かった。
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1939年に発生した日本陸軍関東軍とソ連の間で発生し、師団によっては損耗率76%という第二次世界大戦における最悪の負け戦であったノモンハン事件について、膨大な資料と関係者のインタビューからその敗戦の原因を分析したノンフィクション。
本書によれば、ノモンハン事件の歴史的重要性とは、ここでの敗戦の原因が続く太平洋戦争敗戦の原因と全く同一であり、その教訓が全く生かされなかったことにある。陸軍学校出のエリートを中心に構成された関東軍参謀の暴走と、それを止めることができなかった日本本国の参謀のマネジメント力の欠如、相手の戦力をファクトベースで調査することなく勝手な妄想で予測した戦術構築能力の欠如など。
また、著者はこのノモンハン事件を巻き起こした関東軍参謀の暴走の中でも、特に強硬な戦いを主張した辻政信については、極めて手厳しい批判を加えている。本来、その場で責任を取って自死してもおかしくなく、2万弱もの兵士を無残な死に追いやった「絶対悪」とも呼べる彼が、戦後に戦犯を逃れるために潜伏を続け、結果として戦後日本で国会議員にまで上り詰める点については、戦後日本社会のいびつさを示すエピソードとして捉えられなくてはならない。
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ノホンハン事件は日露戦争の勝利以降、日本軍の初の大敗であったが、隠されてきた。戦争終結の岐路となったはずである。
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本書は大日本帝国の参謀一派、特に辻政信参謀に対する痛烈な批判である。超エリート集団であった参謀本部作戦課と関東軍作戦課。彼らの空論と暴走そして無責任主義に強い怒りを覚える。前線部隊への厳令に対して参謀仲間への事勿主義に苛つきを感じ、何より恐ろしいのはノモンハンの首謀者たちがのちの太平洋戦争の参謀本部の主要人物であった点だ。さらに戦後、辻政信は代議士まで務めている。
法律学では規則功利主義を以て法を考察する。であるならば歴史学においては行為功利主義的すなわち「if」を以て検証することは十分有益だと思われる。つまりノモンハン事件が停戦協定なく継続していたら。本件が契機となり第二次世界大戦が勃発し第二次日露戦争を招いていただろう。ソ連が独日を相手取った勝敗は推定困難な面はあるが、仮に日本が敗戦した場合、共産主義国家という歴史を経ることは確実であったであろう。そうした点では大日本帝国参謀たちの時局の読み違えを国際情勢が是正した格好となったとも言える。
明治・大正の参謀は確かに有能であったかもしれない。もしかすると山本五十六に代表されるような海軍は比較的まともであったのかもしれない。しかし日露戦争の「神風」的勝利に教訓を求め、精神に勝利の拠り所を求める軍中央部に戦略があったといえようか。「兵、有能にして、将、無能」。『失敗の本質』が分析した国家の脆弱性が具象化した事件であったと痛感する。
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ノモンハン事件。満州国とソ連との国境をめぐって日本とソ連が対立し、軍事紛争に発展した事件だ。一応「事件」と呼ばれているが、双方で数万の死傷者を出し、規模を考えれば、「戦争」だ。
で、このノモンハン事件、日本軍の暴走と楽観主義、無責任さを象徴する出来事だった。敵の兵力も戦場の地形もろくな調査をせず、味方の補給路も考えず、戦車の数も不十分、頼りは大和魂を持った兵士たちだけで関東軍は戦闘に突入する。それで、短期勝利は間違いないと結論を出す関東軍参謀たち。そんな関東軍の無茶振りを根拠なく、しぶしぶ受け入れる国内陸軍。暴走する現場とそれを止められない中央という関係が改善されることなく、日本は敗戦へ突っ走る。そんなお粗末組織の日本軍を著者は冷たい目線で、これでもかと批判する。とくに辻政信をはじめとする参謀については、個人的嫌悪感もあり、ボロクソな評価だ。
結局、ソ連のスターリンが対ドイツ交渉を優先させたため、ソ連軍はノモンハンでは無理することなく、日本と和平交渉を締結する。もし、このままソ連軍が突き進んでいれば、アメリカとの太平洋戦争ではなく、ソ連との日本海戦争が起こっていただろう。しかし、和平によるソ連撤退を自らの奮闘によるものだと勘違いしてしまった日本軍は、ノモンハン事件から何も得ず、参謀も責任を取ることもなかった。
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ノモンハンについて知ったのは、大学1年の夏。
当時、「ねじまき鳥クロニクル」を読んでいて、その中にノモンハンについての記述があったのを覚えている。
そこに書かれていたノモンハンは、戦闘全体のことではなく、個人的な体験、一人の登場人物の回想を通じて伝わる戦争の悲惨さであった。しかし本書は違う。
ノモンハンでの戦闘になるまでの過程、ドイツ・ソ連の動きが同時的に描かれており、その全容が一から説明されている。想像力を掻き立てる小説的な描き方ではないが、戦闘の悲惨さが俯瞰的に描かれているが故にわかることがある。それは逆説的ではあるが、そう描かれていることで陸軍兵一人ひとりの生きざまに限りがなくなるということだ。「ねじまき鳥」で描かれたのはフィクションであるという前提の一方で、極めて高い可能性で現実にあるものだという確信を生む読書体験になった。