投稿元:
レビューを見る
本屋でたまたま見かけて衝動買い。いわゆる「ノモンハン事件」を当時のドイツやソ連の外交状況などの国際関係も踏まえつつドキュメンタリー風にまとめた小説。一次資料を多く引用されていて、学ぶところの多い一冊だった。巻末の解説も執筆動機などに言及していて、非常に興味深いものだった。読んでいくうちに、当時の日本軍による太平洋戦争にも見られた調査不足・根拠ゼロの希望的観測に基づいた無茶な作戦計画が、ここでもなされているのがわかってやるせなくなってくる。全体的に抑制の効いた文章だが、行間から同じように感じておられただろう著者の怒りや悲しみが伝わってきた。
投稿元:
レビューを見る
決定的に道を誤った事件。
冷静な考えもあった一方で、どうしようもなく流されることとなったのはなぜか、各国の思惑の中で、日本はどのような決定をし、又は決定をしなかったのか。
投稿元:
レビューを見る
この戦争には明確な勝利点がない。広大な荒野にソ連軍と関東軍がそれぞれ国境線を主張する。はっきりいって国境線が5キロ10キロずれたとしても景色は変わらない。都市があるわけでも資源があるわけでもない。そんなところで、国境を犯したとして大本営の戦線不拡大の方針を無視して戦争を始める関東軍は無謀の一言に尽きる。とくに傲慢なのが参謀の辻正信だ。
『一挙に攻勢に出ればソ連兵は軟弱だからすぐに退却する』という相手を舐めきった認識のもと(陸軍の中では日露戦争以来のロシア兵に対する常識的な認識らしい)戦争をしたくてしょうがなく、挑発を繰り返した感じだ。おそらく辻の頭の中にはソ連軍との陣地争いに勝つことしたかなく、この局地戦がソ連との全面戦争に突入する極めて危険なことという認識が欠如している。辻の論理は簡単だ。『やられる前にやる。やられたからやり返す』
しかし、前線においてはある意味こういう威勢がいいだけの指揮官はいてもいいと思う。問題なのは大本営が、前線をコントロールできなかったことだ。それというのも大本営の内部でも意見の統一が出来ず、断固たる処分を下せなかったからだ。
関東軍も関東軍なら、大本営も大本営だ。責任は双方に課せられる。
それでも第一次のノモンハン事件では、関東軍は健闘する。ソ連軍戦車に対して火炎瓶で対抗する。無謀に思えるが、このころの戦車は火砲を打ちまくると車体が熱くなり、火炎瓶でも熱によって炎が広がり、操縦士のいる車体内部まで燃えたらしい。それによってかなりの戦車を無力化した。そして航空戦力でも日本軍の戦闘機や操縦士のほうが優秀だった。だから、まあ一進一退の攻防だったと言えなくもない。
でも第二次になると日本側の被害が次第に甚大になっていく。長くなるので省くが、ソ連軍の陣地はまさに鉄壁で、関東軍の装備では破ることはできない。
ソ連が深入りしなかったのはナチスドイツの動向が一番の気がかりだったためで、東西二方面で戦火を交えたくなかったことが大きい。
ただ従来言われてきたように『日本軍の惨敗』と言うのは当らない。ソ連の被害も甚大だった。
目的も明確な勝利点もなかったという点において、「惨敗」というより、「無駄死に」という言葉のほうが当ると思う。兵隊をただの駒と捉える非情な昭和陸軍の体質が表出した先鞭かもしれない。
投稿元:
レビューを見る
第二次世界大戦の遠因にもなったノモンハン事件についてのドキュメント。
権限の委譲のいきすぎで結果的に関東軍の独断専行を招き、それに誰もすずをつけることができずに崩壊にむかっていったプロセスの第一幕がこの事件。
しかもこの主要な幹部はだれも更迭されてないところに闇がある。
当時の参謀本部は関東軍に及び腰。その原因はいきすぎた権限委譲の元気の良すぎる青年将校を現地におくりすぎたことが原因ではなかろうか。
その結果「関東軍に「案」を示しただけで、あとは研究にまかせた。つまり示達できなかった。参謀本部は真の統帥を放棄して虚位を誇る態度のみつづけていた、」というような事態がうまれ次第に統制がきかなくなっていく。
そして辻政信のような怪物がうまれる。
当時の参謀にいたのちの山下大将は辻のことを
「中佐、第一戦より帰り、私見を述べ、色々の言ありしという。此男、矢張り我意強く、小才に長じ、所謂こすき男にして、国家の大をなすに足らざる小人なり。使用上注意すべき男なり」
と述べている。
権限委譲をして登用するときには、とにかく我意が強すぎて能力のある人材ほど気をつけろということであろう。
むしろ当時の日本軍は、我意の強さがむしろ積極果敢な姿勢と評されていた。
投稿元:
レビューを見る
必至に頑張る現場と、腐りきった上役。空虚な楽観で現実を直視せず、犯した失敗を教訓に出来ない能天気ぶり……。悲惨極まるノモンハン事件には、大日本帝国の、ひいては現代日本にも根を張る、日本人のウィーク・ポイントが凝縮されていると思った。
投稿元:
レビューを見る
ねじまき鳥でノモンハンに興味が出たので、読みました。おもしろかったです。まあ、おもしろかったというか、憤りをかきたてられました。反省も理性的思考も満足な情報収集もできない人間に振り回されるのっていやだなあ、と思いました。銀河英雄伝説のフォークを思い出しました。(2015年7月8日読了)
投稿元:
レビューを見る
ノモンハンでの凄惨な戦闘と、それを生起させた要因について精緻に、分かりやすい筆致で語りかけてくれる。
しかし、そもそも満州国を建国するとなればソ連と長大な国境を接すること、日中戦争を進めるためにはその手当をしながらでなければならないこと、南進すれば北にも相応の兵力を残置しなければならず、米国からの石油輸入も止められることを想定しなければならないこと・・歴史の結果を知っている我々は何故日中戦争、ノモンハンの事変、太平洋戦争へと突き進んでいったのか理解に苦しむのであるが、その時の時間軸にいた人々はそのようなことは見えない。歴史の本質なのかもしれない、と思う一方、我々は歴史から学び、今この時間軸から未来にかけてより平和な世の中にしていく責務があるのだと実感。
投稿元:
レビューを見る
まあ、エッセンスは「昭和史裁判」に書かれているからなあ。ノモンハンだけでこの厚さ。安倍内閣の右傾化が怖くなるよね。
投稿元:
レビューを見る
満蒙国境事変であるノモンハン事件を、国家間の駆け引きから、連隊レベルの動きまで幅広く記述。
当時の国際政治も興味深いが、やはり、上級司令部の断固たる指導、統制の欠如とか、幕僚の本分とか、そういうところが反面教師的に勉強になった。
投稿元:
レビューを見る
ノモンハンのことはあまり知らなかった。
これほどまでに残酷な紛争だったとは。
(残酷とはもちろん、戦場でのことではない)
辻服部地獄にいてくれなければ困る。
もう少しノモンハンのことをよく知りたいような気がする。
でも知ったら知ったでやるせなさに耐えきれないかも。
投稿元:
レビューを見る
日ソ蒙両軍の詳細な勢力状況が記され、第二次世界大戦開戦直前期の各国外交判断の経緯が情景として目に浮かぶ著作。
投稿元:
レビューを見る
筆者は極力冷静になろうと努めていますが、それでも怒りを隠しきれていません。それがこの事件の酷さを物語っています。
情報の軽視、自軍に対する根拠なき過信、命令の曖昧さ、現地軍の暴走とそれを止められない中央の無能さ、責任の所在の曖昧さ、自重論を悪と見なす風潮、太平洋戦争の敗因がノモンハンで既に現れていたといえるでしょう。そして、そこから全く何も教訓を得ていないことに愕然とします。
当時の軍部の病理を知る上でも非常に価値のある本だと思います。
投稿元:
レビューを見る
天声人語に感化されて,初めての半藤一利。一体どれだけの資料にあたってるんだと思う。情報を与えられても評価する力が無いので,端々で評価を加えてもらえるのも有難い。
他の本も読まなきゃだ。
投稿元:
レビューを見る
帝国陸軍はノモンハン事件をソ連軍との最初の近代戦争としての総括が出来なかった。
そのため日本太平洋戦争でも同じ過ちを繰り返した。
いずれの戦争も辻と服部という参謀が主導したということは2つの戦いの結果とは無関係ではないだろう!
投稿元:
レビューを見る
参謀本部と関東軍そして前線の将官・参謀達の行動を経糸に、日ソ英独の外交戦を緯糸にして描かれる昭和14年の夏。
著者がヒトラーやスターリンと並べて(スケールは小さいが)「絶対悪」とまで呼ぶ辻政信の人間離れした独善と好戦性には読みながらも吐き気を禁じえない。
そんな一部の特殊な構成員に引きずられ意思決定を誤り続ける陸軍中枢エリートに著者の筆は当然に厳しいが、対象的にもみえる昭和天皇の評価には、生粋の戦後民主主義者の本懐が伺える。