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出雲神話を題材にしたマンガを読むための参考書として購入したのだが、日本の「神々」を知る上で大変興味深く読めた。ただ一つ難点は、日本の神々、なかなか名前が覚えらんないんだよねぇ。
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梅原さんの本は読み終わるのに時間がかかります。古事記と日本書紀のお話です。出雲には是非いってみたいなあ。
因幡のシロウサギの舞台は別に隠岐でもよいと思うのですが素うさぎで白くなかったかも知れないと言う事は知らなかったです。原文を読んでみるって事は必要なことだなあ、なんて思いました。先入観やイメージで観念として刷り込まれてしまっていることをそのまま鵜呑みにするのは恐ろしいなあ、と。水に流す、お払い箱にする、などの言葉の由来もハライ・ミソギの発想から来ているのでは、と言う説も面白かったです。
途中随分強引な説もあるなあと思ったのですがそれはそれで面白かったです。古事記と日本書紀と言う書物が作られた訳、そして古事記のほうが物語性に優れているという理由も面白かったです。
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梅原氏の「隠された十字架―法隆寺論」の感想も以前書きましたが、今回も面白いです。
梅原氏の仮説、私が教科書や他で知っている伝説の姿をがらりと変えてしまいます。
梅原氏自身、最後にはこの仮説を否定的に捉えているようですが、仮説に至る根拠が、説得力あるんですね・・これが。
例えば「ヤマタノオロチ」。
梅原氏によると、このオロチの正体は奈良県の三輪山ではないかと言う仮説が。
オロチ=三輪山(奈良県)
よく川が龍や蛇に例えられたりすることはありますが、このオロチが山の象徴である上に、出雲ではなく奈良が舞台であると言う説。
もうびっくりです。
古事記によれば、ヤマタノオロチは『蛇の一種であり、八つの頭と八つの尾を持ち、その背中に苔や、檜・杉の木などが生えていて、かなりの巨体、その目は真赤である』と言う特徴を持ち、また伝説からも酒好き、女好きであると言う特徴も合わせて持っていると思われます。
杉や檜が生えている巨大な蛇のイメージ・・それは蛇を御神体とする山を連想させ、それが三輪山のイメージにぴったりなのです。
三輪神社はオオクニヌシの別名オオナムチの和魂(*にきたま)、オオモノヌシを祀っています。そして、荒魂として蛇が、祀られているのです。
(*和魂と荒魂と相反する神の力で、和魂は雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面を持ち、荒魂は荒ぶる魂で、天変地異などを引き起こす力を表しています)
この社には酒と卵が供えられているとか。
山のあちこちの磐にお酒をかけるとかで、山全体が酒の匂いに包まれるというのも、オロチの酒好きと共通であり、またこの三輪山の蛇神様は多くの女性のもとへ通ったとか。
女好きの蛇と言うのもオロチと共通の特徴です。
ちなみに今、卑弥呼の墓ではないかと言われている「箸墓古墳」、この箸墓の由来は、この蛇の神様が通った女性、ヤマトトトビモモソヒメが、相手の正体が蛇だと分かると、箸で陰部を突いて死んだことによるそうです。(痛そう・・)
また八つ頭に八つの尾というのは、山の尾根ではないかと言う説。
そう言われれば、山の姿がヤマタノオロチと符号する気がしてきました。
梅原氏によれば、ヤマタノオロチ伝説は出雲の話が大和に伝わったのではなく、大和から出雲へ伝わったのではと言うことでした。
出雲自体、大和から流れてきた人々が多くいたと言う話も聞いたことがあるので、この話は納得できる仮説ですね。
そして、「因幡の白兎」。
梅原氏によると、この舞台は島根県の「隠岐の島」ではなく、北九州の沖にある、「沖ノ島」ではないかと言うものでした。
沖ノ島に伝わる「みあれ祭」。
船が島と島の間に集まるその光景は、まるで兎を渡らせるワニのよう。
沖ノ島は神聖な島なので、上陸する際は衣服を脱いで、海水で禊(みそぎ)をしなければならない点も、皮を剥がされて、海水を浴びさせられた哀れな兎の姿と重なります。
子供の頃、帰省の際に途中で立ち寄った鳥取県の白兎海岸・・
因幡の白兎の話を聞���された場所ですが、それが覆されようとしてます。苦笑
この本の面白いのは、政治・政権によって、神までもが葬られ、あるいは追放されようとしたと言う話ですね。
権力者一族には、それぞれ祀る神がいたのですが、一族が滅ばされたり、追いやられたりすると、その一族が祀っていた神も追いやられてしまうのです。そして残った権力者たちは自分たちの神を国の中心に据えようとする・・。
あからさまにそれをすれば、非難や敵をむやみに作ってしまいそうですが、周りに分かりにくい方法で、そっとそれをやり遂げようとする者の存在・・。
それが藤原一族・・その礎を作った鎌足、不比等。
天皇の側で、常に蔦のように皇族に絡み付いて伸びてゆく、まさに藤の木のような策略。
そして古事記は誰のために書かれたものだったのか・・。
稗田阿礼は実在したのか・・。
本当の編纂者は誰か・・。
と言うところも、仮説ながら面白かったですね。
歴史も見方を変えると、こんな風になるのかと思いました。
何より、柔軟な考えで仮説を立てて、それが正しいか、あるいは間違っているかを調べていく梅原氏の情熱に驚かされます。
歴史は奥が深いですね・・・。
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学生時代、「隠された十字架」の勢いのままに読んだ。今読み返すと・・・筆者の熱さがイタイ。スゴイ思いつきに夢中になるあまり、クールな史料批判などをほっぽり出しているものなあ。でも、内容は面白いですよ。
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古事記、日本書紀は藤原不比等が作ったのでではないか。古代の神々は出雲へ追放され、あらたな国家作りが行われたのではないか。パッと浮かんだ説にとらわれ、熱に浮かされたように根拠を探し、行動している感じ。何が真実かはわからないが、その熱狂が面白い。
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古代日本の神々の故郷は出雲であるという定説に疑問を投じ、当時大和で起こった権力闘争との関連で新宗教としての確立と記紀編集に隠された秘密などを解き明かそうとする。古代史ミステリとしては面白い。しかし半分は雑誌「ムー」に掲載された記事ではないかと思うほどの思い込みで筆が進む。梅原猛がこれで良いのか?とも思うし、梅原猛でもここまでハマるかとも思う。色々な楽しみ方ができる本だ
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高校時代に初めて読んだ梅原古代学の傑作を、久々に読了。何度読んでも、仮説に誤りがあっても、梅原さんの情熱あふれる文章にふれるだけで、エネルギーをもらえます。