紙の本
神話のヴェールを剥いだ松下幸之助
2011/07/30 17:18
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:碑文谷 次郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
著名人の実像と虚像の落差を知ることは第三者にとって蜜の味がするようだ。本書は、10歳で丁稚奉公に出された少年が、遂には30万人を擁する家電王国の創業者として君臨するまでに上り詰めるサクセスストーリーであるとともに、その成功の陰で、実に人間臭い因縁や怨念が蠢いていた事実を、丹念な取材で白日の下に晒した労作である。
二股ソケットや砲弾型自転車ランプの起業、その総代理店からの補償金要求、ラジオ開発の成功と「真空管」調達問題、GHQによる公職追放、子会社松下電器貿易の密輸疑惑、フィリップとの提携交渉と日本におけるテレビ事業の創設、「熱海会議」における起死回生の販売改革、独禁法違反と不買運動・・・さまざまな局面で獅子奮迅の陣頭指揮する幸之助は、まさに「経営の神様」の称号にふさわしい姿を彷彿とさせる。
その半面で、町工場起業の苦労と喜びを分かち合った義弟井植歳男の別離、元側近部下への徹底した冷遇、69歳での現場復帰、血で血を洗うビデオ戦争、孫正幸に賭けた骨肉の執念、そして30歳年下の「世田谷夫人」とその子供たち・・・これらのエピソードの中にまぎれもなくもう一人の幸之助がいる。
但し、と急いで付け加えねばならないが、本書は松下幸之助のスキャンダルを殊更に追うものではない。小学校の遠足で幸之助生家跡の松の木を観光バス窓外に見て以来、同郷の大先輩である彼の人生の軌跡について、≪書くことが運命づけられている≫と感じた著者が、積年の思いを込めてその94年の全生涯を緻密に辿ったものである。読後、神話の奥から登場した松下幸之助はやはり巨人だったのだなと、印象付けられるのは、そういう著者の、「松下電器やPHP研究所からの協力を得ない」という公正な執筆態度と、何よりも幸之助に魅せられて敬愛する愛情が基底に流れているからだと思う。中立的甘さの中に、苦みも効かせた風味のある蜜の味である。
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言わずとしれた松下電器産業(現パナソニック)の創業者、松下幸之助。
本書は題名から分かるように松下幸之助をテーマに書かれた本です。
既に類書は山のようにありますが、本書は極力、松下電器とPHP研究所の協力を仰がず、また1次資料の調査も行いながら書かれたという点において一読する価値は十分にあると思います。
本書の内容を簡単に纏めると、
米相場にのめり込んだ父が生家の身代を食いつぶし、追われるように故郷を出てきた松下幸之助の幼少時代から始まり、その後、様々な危機を乗り越えながら松下電器を発展させるも、やがて彼がグループの"老害"と化していった様子が書かれていました。
本書の中で特に興味深かった点を以下にピックアップすると、
松下幸之助は戦後の財界パージを逃れる為、アメリカに人脈の多かった野村吉三郎元海軍大将から情報を得て対策を練った事。
GHQ内部の親中国派による処罰的な側面のある"日本解体"政策とそれによる日本の弱体化(と共産主義浸透)を憂慮したアメリカ国内の知日派の巻き返し。
アメリカの知日派と連携した野村元海軍大将の動き。
日本を防共の盾にする為、日本国内にテレビ放送網を整備しようとするアメリカの動きに乗る形で松下電器がテレビ事業に進出し、成功を収めた事。
等でしょうか。
#松下幸之助をテーマにした類書を全て読んだ訳ではありませんが、野村元海軍大将を軸に書かれた内容は、本書独自のものかも知れませんね。
幼い頃、貧しさ故に家族の離散を味わった松下幸之助。
彼にとって松下電器とは、家族の再建を象徴する物であり、また自己の存在意義そのもので有ったと言う事。
そして、その松下電器を松下家の物にしようとするも世襲に失敗し、松下家の将来の安寧を確信する前に死を迎えた事。
義弟・井植歳男が創業し、世襲に成功した三洋電機は経営が行き詰まり、世襲に失敗したパナソニックに吸収された事。
そのパナソニックも大幅な赤字により、大規模な事業構造改革に乗り出した事。
この様な事を考えると、本書を読み終わった今、「時代の変化はどの様な人の想いでも容赦なく飲み込んでいく」と思わずにはいられないと言った所です。
本書は松下幸之助の人生を描いた本ですが、彼の人生を通して松下幸之助と同じ時代を生きた日本人や日本社会の姿が描き出されている本でもありました。
松下幸之助に興味のある方は勿論、彼と同じ時代の日本がどの様な社会であったかと言う事に興味をお持ちの方にもおすすめです。
一読されてみては如何でしょうか。
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松下幸之助。パナソニックの前身、松下電器産業の創立者。晩年はPHP研究所や松下政経塾などで若者たちの教育にも力を注ぎ、経営の神様と称される。経営について多くの名言を残したことでも知られる。
と、そんな幸之助の数々の美談は脇におき、本書が取り上げる中心は、松下一族のゴシップネタだ。
幸之助は松下電器の世襲にこだわったが、孫を社長にすることはできなかったこと。幸之助には妾と隠し子がいたこと。創業の協力者であった義理の弟、井植歳男が松下電器を去り、三菱電機を創業したこと。加えて、対三菱電機、対ダイエー、対ソニーなど、数多くの対立を経たこと。
「経営の神様」も、1人の人間。ドロドロとした修羅場を乗り越え、人を踏み越えてきたのだ。
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興味深く読んだが、既に至る所から伝え聞く、松下幸之助の為人や武勇伝の話である。米相場で破産、没落した家名を再興すべく、松下幸之助は九歳で大阪へ丁稚奉公に出た。学業もまともに受けられなかったその苦労人時代や生々しいネガティブな話は、神話や王と呼ぶには随分と人間らしい話だ。
事業拡大への飽くなき執念は、家内工業を従業員38万人の一大家電王国へと成長させた。盟友だった義弟との訣別、GHQの圧力、後継者問題、スキャンダル。ラジオやテレビなど数々の事業に乗り出し、その都度名が売れていく。とりわけ転換点になったのら、ラジオの話だろうか。
戦後の財界パージのタイミングで、追放の対象になった松下幸之助は、自社の労働組合や西日本ラジオ電気器具卸業組合協会から嘆願書を提示された。そのことが影響したのかは不明だが、財界パージが解かれた。なお、嘆願書には、特許権をラジオ業界のために広く公開したことに言及するような内容もあった。松下幸之助は、当時ラジオの普及を阻むような特許を買い上げて広く使えるように開放したのだ。
アメリカやヨーロッパに遅れること6年、大正14年に東京でラジオ放送が開始され、ついで大阪名古屋で放送が始まった。昭和4年の浜口内閣での緊縮政策と世界恐慌の影響で失業者が240万人膨れ上がっていた中、唯一売れ続けていた商品がラジオだったという。
また、テレビについてだが、共産主義を防ぐためには、テレビが1番有効な武器となる。飢餓と無知と恐怖こそ、彼らの狙う3大餌食であり、これを打ち破る最高の武器としてテレビのネットワークをまず日本とドイツを手初めに進めたい。日本の場合B29、2機分の予算で完成できるという算段があったようだ。
時流もあっただろうが、それに上手く乗るようなパーソナリティや意思決定があったというか事だろう。学ぶことが多い。