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切ない。
解説の「つまらない男」云々の記述にちょっと反発を覚えるほど主人公に感情移入(?)してしまった。
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WW2直前のイギリス、貴族ダーリントン卿はベルサイユ体制に疑問を持ち、ナチスに利用されているとは知らずに親ドイツの立場で政治活動を行う。やがて戦争はおわり、ナチのシンパとして名誉を奪われ、失意のうちに卿は生涯を終える。残された広大な屋敷はアメリカの富豪が買い取る。
卿に忠実に使えていた執事がそれらの出来事を振り返りながら、昔淡い思いを抱いた女中頭に会いに行く。
…と、あらすじだけ読んだらめちゃめちゃツボにはまりそうな小説なのですが、読んでる最中、何か気持ち悪い、もやもや感がずっと付きまとっていました。ただ単にこの作者(訳者)の文体、そして主人公に共感しなかっただけかもしれませんが。
人は誰でも、当然、未来の事はわからない。
後から振り返ってみた時に、あれは誤りだった、もっと他のやり方があったと思っても、その時点では己の信じる正義に従うしかない。
でもその「過ち」が全て、悪い結果を生むわけではない。
「一日で一番いいときは夕暮れ」という台詞が救いになってると思う。
・・・それにしても、イギリスのツンデレのめんどくささ、はんぱない。
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「人生一度きり」ということをたまらなく痛感させられた。
イシグロさんらしい哀愁感漂うラストに思わずホロリ。
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作品全体に漂う、過ぎたものを惜しんで愛おしむ切なさ
ずっと抱いて来た信念と美学を揺るがす違和感がゆるやかにあらわになる過程…本当に上手い小説だなあ、と。
個人的なことと社会的なことがうまく絡み合って、さらに英国そしてヨーロッパの特性、「伝統」
伝統は歴史のこと。その歴史に含まれる悪。
ノスタルジーの空気でいっぱいでありながら、ノスタルジーそのものを本当に肯定すべきなのか?と問いかけて来る小説。すごいです。
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(2010/02/08読了)
09/6/14
積読
10/2/4
再読開始
序盤は、スティーヴンスの語り口が鼻について、なかなか読み進めなかった。
(『わたしを離さないで』を読んだ時もそうだった)
終盤は良かった。
「日の名残り」の「日」とは、大英帝国の過去の栄光であり、過ぎ去った人生の最良の時のことだろう。
旅の終りに「日の名残り」を見つめながら、スティーブンスは主人ダーリントン卿の過ち、そして自分自身の過ちを確認し涙する。
スティーブンスはこの時、60歳前後か?少なくとも、若くはないだろう。
人生の終りさえ意識し始めるであろうこの歳で、自分の信じてきたものの過ち、虚しさを認めるということは、どれ程の哀しみと切なさをもたらすのか。
通りがかりの男が、スティーブンスに語った言葉が全てを救ってくれるような気がする。
━━ 「(省略)いいかい、いつも後を振り向いていちゃいかんのだ。後ばかり向いているから、気が滅入るんだよ。何だって?昔ほどうまく仕事ができない?みんな同じさ。いつかは休む時が来るんだよ。(省略)そりゃ、あんたもわしも、必ずしももう若いとは言えんが、それでも前を向きつづけなくちゃいかん」
「人生、楽しまなくっちゃ。夕方が一日で一番いい時間なんだ。脚を伸ばして、のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。(省略)」(350頁)
日の名残りを見つめる時こそが最良の時なのだ、と言えるような人生を送れるだろうか。
2010/11/**
映画を観た。
ポプキンスは好きだが、スティーブンスのイメージとは違う気がする。あくまで個人的に。キャストよりも、ストーリーに問題がある。大事なところを端折るな。
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『私を離さないで』もよかったけど、これも、すごくよい。
読んでいる最中に感じる面白さという意味では、今のところ『日の名残り』の方が好きです。
自分が古びること、自分の存在意義が滅びてゆくこと、がテーマの小説、なのだと思います。
本当に行儀に適った小説です。
テーマとか主張とか、つい作者が登場人物の口やモノローグを借りて説明しはじめてしまう凡百の赤裸々な小説とは違い、
ただただ外堀を埋めることで確かに読者を見せたい景色の前まで運んでいく抑制の利いた筆致。
好きです。
今、主人公の父が『失くした宝石を探すように』あずまやの石段を下を向いて歩いているシーンを過ぎたところ。
比喩を使うと小説は腐敗するとかいうけれど、このカッコ付きの映像的な比喩は、響きました。
多分作者としては渾身の一撃というか入魂の一投なんやけど、冷静な提示の仕方で読者を醒めさせないのがさすがやなと思いました。
うーんおもしろい。しばらく楽しみます。
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『日の名残り』やっと読了。
最後、リトルコンプトンに着いてからの時間的な濃密さに、思わず緊張感でハァハァしました。
しかもラストの桟橋のシーンときたら、劇的な悟りとでも言うべき視界の開け方というか、わかってはいたけれど直視するかどうかを思案するために建てておいた堰が決壊したというか、
人が打撃を受けたとき、内部がいっきょに顕わになる感じ、それでも日常に踏みとどまるように働く保護本能とか、うますぎて頭垂れざるを得ませんです。
しかし丸谷才一の解説ってすごい含蓄あるけど、直截的で余韻も何もない(悪いといってるわけじゃなくて私が感傷的だということです)。
あらすじを3行でまとめる力業には恐れ入るけど本編読んだ直後に読むのでなかった(笑)。
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英国執事好き必読。執事という仕事に誇りをもって人生を捧げてきたスティーブンス。だけど時代が変わり、価値観も変わり…。淡々と語られる執事の心の動きに引き込まれます。翻訳の日本語の美しさや浮かぶ風景も素敵です。
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エンタメ作品に続けて読んだせいか最初は単調な感じがして物語にうまく入り込めなかったが読み進めるうちに深く静かに心のうちにじんわりとした感動がたまっていく。
短い旅行の狭間に人生を振り返り仕事に対するこだわり父への尊敬ミスケントンとの様々な出来事。
執事としての品格、男として生き抜くことへの矜持を強く強く感じる。
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-品格の有無を決定するものは、自らの職業的あり方を貫き、それに堪える能力だと言えるのではありますまいか-
1989年ブッカー賞(イギリス文学賞の最高峰)受賞作。1993年にジェームズ・アイヴォリー監督で映画化されたので皆さんタイトルは知っているのでは?!
カズオ・イシグロという「外」の経験のあるイギリス人が、愛情いっぱいに、しかし客観的に、「古き良きイギリス」を語っているのがよいのだと思う。
イギリスの長閑な田園風景、執事という仕事の位置づけ、品格のあり方、イギリス外交、そして主人公スティーブンスの人生、全てが"夕暮れ時"、Remains of the Day、というタイトルに戻っていく。
夕暮れ時は、涙が似合う。
名作。
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英国人の執事の思い出と、彼の心の想いを探る旅に一緒に出かけていくと・・・
イギリスでブッカー賞を受賞し映画化された作品。
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英国執事小説。
なんというか・・・とても格調高い感じのする小説。
執事が語る、お屋敷の仕事やご主人様のこと、はたまた品格について・・・。味わい深い話です。
最後は、静かな感動に包まれました。
でも、「わたしを離さないで」のほうが物語に入り込めたな。
これはこれで、素晴らしかったのだけれど。
品格についてスティーブンスが言ってた面白いこと忘れちゃった。
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E.M.フォスター作品をとりあげてきたジェームズ・アイヴォリーが映画化したのも大きくうなずける名作。
(ただし映画ではまだまだその深遠さを完全に映像化しきれていない。監督はこの人以外に考えられないが)
一言一言が奥深い示唆を含み、読後の余韻にいつまでも浸っていたい、“イギリスらしい”文学。
カズオ・イシグロはコロニアル作家の範疇になるのだろうか??
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A−イギリス・オックスフォードシャーにダーリントン・ホールという、大きなカントリーハウスがある。と言ってもこれは小説の中の話しなんだが。
B−何ですか突然、小説の話しとは
A−いや、カントリーハウスの建築については、様々な本があるが、そこでの生活については全く知らなかったと気づかされたんだ。
B−カントリーハウスですか、映画では時々出てきますよね、礼儀作法が滅法厳しい慇懃な執事とか。
A−ぼくが面白いと思ったのは、その役割なんだ。貴族の生活の場、自然をエンジョイする別荘という単純なものではない。一人の執事を中心として沢山の使用人たちによって維持される、一つの都市のようなものなんだ。国際的な政治交渉の場であり、秘密会談の場、事業の場、情報交換の場、そしてホテルであり、そこを訪れる人々、あるいは使用人として生活する人たちが様々な恋や人生を育む舞台のような場なんだ。建築写真や映画からは見えてこない、生きた世界がこの本には描かれている。
B−カントリーハウスの生活とはどのようなものなのですか。
A−大阪市立大学の福田晴虔氏の「パッラーディオ」(鹿島出版会)の中で、かれの建築を読み解く重要な鍵として「貴族の責務ーノブレス・オブリジェ」が挙げられている。この小説では1920年代のカントリーハウスが舞台だが、そこでの生活も、16世紀イタリアの同様、この責務が基盤となっている。責務を全うするダーリントン卿、執事職という役割から懸命に「主」の選択を信じ支えるミスター・スチーブンス。その役割は建築物同様あるいはそれと一体化し、ある種の品格を醸し出すものなのだ。小説は一時代の役割を終えたダーリントン・ホールの執事が美しいコンウェール地方をドライブしながら、かっての「主」との生活を回顧する形になっているが、テーマは偉大なイギリスの風景、イギリス貴族、そして豪壮な邸宅を語り、それを支える人々の役割と生き様を描くことにあるようだ。「うねりながらどこまでもつづくイギリスの田園風景、大聖堂でも華やかな景観でもない、偉大な大地、表面的なドラマやアクションとは異なる美しさを持つ慎ましさと偉大さ、この偉大さこそ大きな屋敷に使える執事の目標となるものである」と主人公の執事、ミスター・スチーブンスは語る。
B−「貴族の責務」ですか、それが建築にとって、どんな意味を持つのですか
A−住宅にしろ公共建築にしろ、建築である限り「主」がいるのが当然だ。しかし、その「主」は現代における施主とは些かニュアンスが異なり、どの時代でも、社会的、時代的責務に支えられた存在であったことが大事なんだ。その責務とは中世においては、日本も同様、宗教的精神の反映であったし、宗教改革以降のヨーロッパにおいては「貴族の責務」が基盤だったのだ。ダーリントン・ホールは執事共々アメリカの事業家を「主]として迎える、そして、ミスター・スチーブンスは新たな「責務」を持つアメリカ人を信じ、執事職を建築物と共に継続しようと決意するんだ。
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抑えて抑えて最後グッグッと。
こういう流れを作れるイシグロさん好きです。
翻訳者の文体も素晴らしい。
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「私を離さないで」が話題になってたとき、読みました。
翻訳小説になれていなかったこともあいまって、なかなかリズムをつかめなくて、苦戦しました。
中盤あたりからすいすい読めた。土地に根付いている文化ってあるなぁとしみじみした。
「私を離さないで」、結局読んでなかったから、近々読みたいです。