紙の本
批評的言説を誘惑する作品
2001/02/11 16:00
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る
16編の、それぞれ印象的な表題(「山の音」「蝉の羽」などいずれも「〇の〇」という型で表記される思わせぶりな、いわば俳句の季語のように凝縮された意味の場を示す記号)を持つ短編から組み立てられた長編小説である。
各編は独自の世界(と言っても、立体的な奥行きや形而上的な存在を織り込み濃密に構造化された世界ではなく、微細な感情や感覚といった表面的な心理の動き、あるいは花や鳥や樹やさかなといった自然物によって繋ぎ止められた平面的な世界)を持ちながら自己完結することはなく、前編や後編、そして全編に対して開かれ相互に依存しあっている。それも有機的にではなく、むしろ無機的に、あたかも静物(死んだ物)の表面を細部にわたって克明に描き出すように。
また、各編は季節の推移に沿って並べられ、その中でいくつかの出来事が同時に進行していくのだが、それらは本編の主人公(と言うより、彼の視聴臭覚を通して読者が小説世界へ参入する特異点)である老人が言うように、時とともに解消されてしまうのである。自らのうちに時間を取り込み劇的な葛藤をもたらすわけでも、互いに錯綜し全体を創発するわけでもない。徹底的に表層で展開される小説なのである。感情の流れ、自然現象、人間関係、社会的事件、これらの素材が相互に浸透しあうことなく表層に並置されるだけなのだ(日本料理のように、あるいは小津安二郎の映画のように?)。主人公の心理は分析されることなく、能面への接吻だとか聞こえるはずのない山の音であるとか、ことごとく外面的な行動や感覚に仮託される。夢や回想でさえ、小説の世界にある深みを与えることなく、ただ表層へと還元され尽くすのである。
この小説の中で唯一、表層が綻び不可視の世界をかいま見させる契機があるとしたら、それは主人公の息子の嫁である菊子、主人公が性的な(と言ってもいいだろう)思いをそれと気付かず寄せている可憐な、まだ成熟しきっていない女性の存在だろう。菊子(花の名が割り当てられていることには、おそらく菊子をも表層の体系のうちにかすめ取ろうとする作者の戦略が潜んでいるに違いない)の心理、生理、そして性的身体は一切記述されることがない。
様々な相での解読が可能な、それでいて不思議な透明な空虚感、崩壊感を漂わせながら再生への希求のような意志が伺えないでもない(それは菊子の妊娠に託されるが、結局成就しない)、すべてが語られているようで多くの語られない不在を抱えた、批評的言説を誘惑する作品だ。
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息子の嫁に惹かれる気持ちを心に秘めた信吾。一方、息子は嫁以外の女性と・・・。
嫁・舅の関係が危うい中にも爽やかで良い。
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もの凄く嫌悪感漂う「息子の嫁に惚れた父親」という設定を美しい文章と爺という設定で淡い恋物語のように仕上げてしまっているところが好き。いい爺ぶり。
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いつ読んでも素晴らしいなあと思える小説。とても日本的だけど今でもこういうことはどこかで起こっていそう。
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鎌倉のひっそりとした家の床が見える。息子の嫁に肩入れする父。登場人物たちのかけあいはえげつないが、字面のうらにある澄んだ色調が魅力。
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わたしが読んだのは岩波書店版なんだけど。
読むのになぜかすごい時間がかかった。まとめて読まなかったからかな?話がちゃんと掴めなかった。
でも日本語や風景描写が綺麗な作品だと思いました。
(05/12/07)
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文章を書くならまずこの名文を勉強すべし、という推薦の言葉に従い、読んだ。
一度読んだだけでは「文体の美しさ」まではよくわからなかったけど。
方々の雑誌に掲載された短編集を集めて1冊にまとめた、という巻末の解説を最後に読んで、この作品の偉大さがわかった。
後半にいくほど引き込まれていく。
やはり名作は読まないとなぁと読書不足を痛感。
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「老人」と「女」、本領発揮ともいえる作品。老いてゆくという先の見えない淡い恐怖と、得体の知れない新しい世代への戸惑い、そして純粋な人間の美しさが織り交ぜられて一つとなっている。
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2006. 11. 18.
これは中高年のオッサンへの讃歌である。「なんだかんだでお前幸せやんけー!!」と読んだオッサンはきっと言う。リアルおたくとげんしけんみたいな関係。菊子はけっこう素敵です。ちょっと我が弱いけど。
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康成の作品の中で一番好きです。不思議な吸引力。全編を通して不穏な影がちらりちらりと見え隠れしているのがいいですね。
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川端の文章は本当に美しい。ただ、「上手い文章」なだけではなく、独特の透明感、美しさがある。心にしみいる言葉。作中に多くの植物(主に花)が登場するのと、登場人物である「菊子」の何は何か関連がある。しかも、菊ってちょいちょい本文に登場するし。研究意欲を刺激されます。菊子と信吾。信吾と亡くなった義姉。絹子から生まれてくる子供は「美しい子供」なんだろうか。もしそうだとしたら、運命って残酷だな。
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ずいぶん時間をかけて読みました。これは文句なしに名作です。
死の影を感じつつある初老の男と、美しい婿嫁。の、少し危うい関係を中心とした、複雑な家族の物語。相変わらず、川端作品は情景と登場人物の描写が連動して、ひどく生々しかったり官能的なシーンも、清廉なものに思えてしまいます。
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この作品を読んでいると、小津安二郎の映画を見ているようでした。
調べてみれば、両者が暮らした町はともに鎌倉。小津は読書家で川端作品も読みふけっていたそうです。
『東京物語』に『麦秋』など、人間臭い小津シネマ。この『山の音』も小津が映画化してもおかしくない所ですが、小津はそれら文学作品を映画にすることはしなかったのだとか。
小津の中で、文学と映画を別物として扱う、大きな線引きがあったようなのですが、詳しくは、中公新書『小津安二郎文壇交友録』に載ってるそうなので、今度買ってみようかな。
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一時期、来る日も来る日も川端康成を読んでいました。どれか一冊を、と悩んだ結果これを挙げてみました。最近は、あまり読まれなくなっているようですが、もっと読まれてよいと思います。
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母親に薦められて読んだ一冊。
私にはまだ川端康成ははやい。。いつか、そのよさがわかるようになりたい。