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別に面白くはなかったけど、こういう多読家による読書本を読むと読書に対するモチベーションが高まるので、たまにはいいかな。
蔵書は多ければ良いという訳ではなく、洗練された500冊があれば良いと。
以下、篠田一士さんの言葉が響いた。
『一日に三冊もの本を読む人間を、世間では読書家というらしいが、本当のところをいえば、三度、四度と読みかえすことができる本を、一冊でも多くもっているひとこそ、言葉の正しい意味での読書家である』(p151)
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p2
「明窓浄机」こそ、理想
p151
一日に三冊もの本を読む人間を、世間では読書家というらしいが、本当のところをいえば、三度、四度と読みかえすことができる本を、一冊でも多くもっているひとこそ、言葉の正しい意味での読書家である(篠田一士)
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本の整理には悩まされているが、世の中にはもっと凄い人がいるものだわと安心できる。それではいけないのだが…
気に入ったのは以下の一文。
「三度、四度と読み返せる本を一冊でも多く持っている人が真の読書家(P163)」
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人ごととは思えない。結局のところ本を処理する方法はひとり古本市しかないということであろう。しかしいろいろな人の助けで古本市を開いても結局本棚10棚分しか処分できないということはかなしいことである。
自炊かKindlしかないということか。
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2万冊を超える蔵書に苦しみ続けている著者が至った蔵書の理想とは? 古今の蔵書家の本が足の踏み場もないほど増えていった過程や蔵書による苦しみの実例を引きつつ、「自分の血肉と化した500冊があれば」とし、最後の手段として「1人古本市」を開いて思い切った処分をすることを勧めるものの、自炊(電子書籍)やトランクルーム、図書館も抜本的な解決にはならず、結局は本が増えてしまうことを愚痴って言い訳して、でも減らさなければと自らに言い聞かせる感じに終始。たいした悟りは開けず。
ただ、古書にハマって読みもしないのに毎月何十冊も買ってしまう人やコレクターに比べると多少は本棚からあふれて床に積まれていても自分はまだまだ健全な方かと・・・薬よりむしろ安心材料になってしまったような。
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タイトルの通り。
苦しみまくっている人々のものすごい話たくさん。
自分も悩みを持っているが、ここに出てきている人たちの
桁は違う。
あるマンガ評論家の自宅から搬送された書籍は、段ボール箱で
4500箱!!
著者は自分の蔵書を自分で古本屋を一日だけ開いて
処分してしまったが、これも画期的な処分方法かも。
(第三者に古本屋として展示する本を選んでもらっているときの、
著者の葛藤が何とも言えずわかる感じ)。
今の古本の高値の作者は、後藤明生、田中小実昌、小沼丹など
だそうです。
本好きは、是非!
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集める本の数がものすごい。
すごい話がたくさん出てくる。
夢中になれるものを持つってうらやましいなあと思うが、大変そう…
私はそんなに本自体には愛着はないなあ。
電子書籍より紙の本の方が好きだけど。
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感想はブログでどうぞ
http://takotakora.at.webry.info/201402/article_3.html
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自室の本棚を整理する必要に迫られる中、つい手にした本。自分とはまるで桁違いの本狂いたちの生態。どう考えても一生かけても読み切れない量の本を持ちながらも買うことを止められない。本を買うのに忙しくて読む暇が無いなんていう本末転倒ぶり。幸いそこまで病気は進行していないのだが、それにつけてもスペースの欲しさよ…。
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2013年8月10日 2刷、カバスレ、帯なし
蔵書は健全で賢明でなければならない!
2014年2月28日鈴鹿白子BF
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本が溢れかえっている我が家からすると、前半の蔵書家のインタビューは身につまされる。
整理に関する実用的な書と思いきや、本を溜め込んでしまうという業を突きつけられる。
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文筆業という職業柄もあいまって、多数の蔵書を誇りせっかくの自宅地下室の書庫も迷宮状態の著者が書く、「蔵書論」。
著者自身があとがきで書いているように、本書は「蔵書の苦しみ」をさんざん味わいながらも、いつまで経っても蔵書との本格的な別れの道を選ぶことができない自分自身への言い聞かせの書でもある。
本が家を破壊する、保管には金がかかる、火事で燃えてしまっても平然としている蔵書家もいる、多すぎる蔵書はかえって機能的でない・・・
などなど、蔵書が多すぎることのデメリットを、様々な実例を引きながら面白おかしく書き連ねているが、
結局のところ、本書執筆時点で著者が処分できた本は全体の5~7%くらいで、それどころか自分で思っていたより蔵書が多かったことを誇らしげでもある。
三つ子の魂百までというやつで、この人はたぶん死ぬまでこのままだろう。
そして、この本を読んで蔵書あるあるに共感しまくっている自分も。
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分かる分かる、と思いながら、自分はどうやって理想の蔵書をつくるか考えてしまった。
・本以外の処分
・デジタル化しているものの処分
・旬が過ぎた本の処分
・程度が低い(一度読むと再読の必要が無い)本の処分
の順番かな。でも、本の背が見えるように整理するのはこれだけでは無理だろうな。
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蔵書家の蔵書家による蔵書家のためのエッセーです。私の蔵書も家内からは白い目で見られていますが、まだまだ可愛いものです。
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読書家(書を所持する)はある数を超えたところで、自分自身に問う必要がある。「私の目的目標は何か?且つ、私の標的目標、付随・補目標は何か?」と。
ここで、算数の登場だ。
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本に住むところを奪われるほどの「蔵書家」たちのお話。
著者自らの増えに増えた蔵書をうまく処理するための試みとは?
ここに書かれているほどではないが、うちもかなり増えてしまっているので、始末をどうするかというのは考えるところ。
「手放すのに勇気がいる」というのは、すごく共感する部分。高級な本じゃなくても、買い集めた本を手放すのはなかなか難しい。