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2021年、2冊目は、最近、プチブームの少し前の話題作シリーズ(菅田将暉主演で映画化されたため)であり、敬愛する寺山修司の作品(敬愛するとか言っておいて、今さらかい⁉️)。
吃りと赤面対人恐怖症に悩む〈バリカン〉建二は、〈片目〉の堀口のボクシングジムの門を叩く。同じ頃、堀口はレコード店の前で、新宿新次をジムにスカウトする。二人は、同期のボクサーとして歩み始める。
1960年代の新宿歌舞伎町を中心に、新宿西口周辺を舞台に、〈バリカン〉建二と新宿新次、その周りの人々で物語は展開されていく。
序盤はやや緩慢な印象も、徐々にテンポ感が出てくる。さらに、今で言うところの差別用語や、寺山修司の独特な言い回し、表現に馴染めない方々は早々に脱落の恐れあり。
個人的には、各章ごとに巻頭歌が添えられていたり、『ポケットに名言を』的なモノや、当時の流行歌の引用等、寺山修司的遊び心溢れていて非常に楽しめた。
一方で、キャラ設定と大まかなストーリーだけ決めて、そこから、各キャラを躍動させていくと言う、「あとがき」で言うところの『モダンジャズの手法(ジャムセッション的手法)』で書かれているため、長編小説としては、物語の幅や奥行きに、少し物足りなさ、弱さを感じるのも否めない。
それでも、自分的には、★★★★☆評価の価値は充分にある。
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映画鑑賞後の後追いですが、時代を現代に置き換えた映画版とあまり変わらない内容な事に驚いた。
寺山修司がいかに現代的な(または普遍的な)感性を持っていたかということもあるが、地震などまさに今にリンクする事象も多く興味深く読んだ。
また映画を観直したい。
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ボクシングの描写以外は退屈なとこが多い
新宿シンジとバリカンのパートだけ読みたかった
特に宮木パートが生々しくて苦手
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映画に触発されて読んでみた。あの映画、驚くほど原作に忠実だったのだなと思った。あともうひとつ思ったのは、なんとなく中村文則っぽくね?ということだった。今まで寺山さんと中村さんを同列で考えたことがなかったので、この感覚は自分でも意外だった。いたるところに荒野はあり、その中で個人の力で立ち向かうのが人生なのだ。「田園に死す」がなければきっと「荒野に死す」というタイトルになっていたのではないかな。
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詩人、劇作家、映画監督、写真家等、マルチに活動し47歳で逝去された寺山修司さん。
本書は1966年に刊行された著者唯一の長編小説です。ボクシングに関わる2人の若者と、周辺の人間模様が描かれ、中心に2人の絆、友情、成長、そして逃れられない宿命を置いた物語です。
寺山修司さんといえば、1968年から連載が始まった『あしたのジョー』の主題歌の作詞を手掛け、ジョーのライバル・力石徹が死亡した際に、実際に喪主として葬儀を執り行い、弔辞を述べるという、今では信じ難い逸話もあります。
『あしたのジョー』がもつ若者の孤独、友情、挫折、再生といった普遍的なテーマが、何となく寺山修司さんの生き方と重なる気がします。
1960年代、新宿の猥雑な雰囲気とネオンを荒野に喩え、プロットも作成せずに即興描写による実験的手法作品とのこと。
全15話の冒頭に巻頭歌(?)が添えられ、ふんだんに名言・詩・流行歌等の引用がありますが、直接物語との関係性は? とやや困惑し‥。個人的には、その既成概念を壊すような挑発、退廃的な性、薄暗い新宿の土着文化が多い描写になかなか入り込めませんでした。泥くさいのはいいのですが‥。
寺山さんの遊び心が散りばめられ、時代と著者の考証には欠かせない作品には違いないと思います。
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若い頃の青臭さといったら目をそむけたくなる。夢や妄想で頭がいっぱいになって高揚したり落ち込んだり、心と体が同時に異性を求めて悶々としたり。
「コンプレックスを抱えることは普通のことなんだよね」って大人の階段を踏み外しながらもちょっとずつ昇ってる今となっては微笑しながら言える。だけど10代20代の若い頃なんて「なんだ自分だけこんなに悩んでるんだ」ってつい考えてしまう。
いつの時代でも人間の本性なんて同じなんだね。みんな一見普通に見えても、心の中はいろんな「ひずみ」を抱えている。
いやあしかし、やっぱり古臭さは否めない。どんなに新しい油も古くなると黒ずんでくる。いくらテラテラピカピカ輝いていても、時間がたてば劣化する。時間の暴力から逃れられるものなんて何ひとつない。時間の暴力にさらされたアンティーク小説、といってもいいと思うけど、だからといって読む価値がないなんて言わないよ。
「何かを見ないために目を閉じる奴もいるかも知れない。しかし、俺は見るために目を閉じるのだ」と禅問答のような分かったような分かんないような部分もあるけど、令和にはない世界観、空気感、「こんな時代も昔の日本にはあったんだなー」という遺伝子レベルでの懐かしさで温められたぬるま湯に、じんわりと足元を浸しているような心地良さもあるんだよね。それと、だいぶ変わってるけど憎めない登場人物たちにちょっと共感したりもする。
この小説の世界観は一過性のものかも知れない。でも人間の本質が今も昔もたいして変わんねえな、っていうありふれてるけど大切な何かがこの場所にはある。そんな気がする。