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和解とは争いをやめて、仲直りすること。
世の中には多種多様な紛争があります。
人はよほど若いを苦手としている。人間の歴史はもっぱら争いの歴史として語られている。
まずは人の話をよく聞くこと。
人の話をよく聞いたならば、次には相手方に言葉を伝える必要がある。
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弁護士の仕事は様々あると思いますが、花形の仕事としては裁判にて勝訴することだと思っていましたが、「和解」というものがあるのですね。
この本の著者である廣田氏は、その長い弁護士生活において、相手を完全に負かして勝つのではなく、争いを収拾する努力して合意という「和解」を目指す努力してきた方です。
彼の言葉を借りれば、訴訟は「過去の争い」ですが、和解は「未来へ向けての解決」のようです。和解を目指すことによって見えてくるものもあるのですね、新しい考えに触れたような気がしました。
以下は気になったポイントです。
・和解をするときには、和解にふさわしい言葉を選んで相手方に届ける必要がある(p30)
・訴訟と和解の第一の仕様上の違いは、訴訟が過去志向型であるのに対して、和解は未来志向型である。(p49、61)
・判決で終結した事件は4.7万件であるのに対し、訴訟上の和解で解決した事件は5.7万である。10年前はほぼ同数だったが、現在は和解のほうが増えた(p63)
・和解をするときには、その前提として、中脳のPAGの活動を静めることが条件となる(p97)
・離婚の事件は、夫と妻の成育歴に原因があることが多い。その多くは、夫と妻のそれぞれの祖先に起因していることが多い(p104)
・和解のポイントとして、1)タイミング、2)今をスタートとする、3)将来構想を織り込む、である(p105)
・離婚事件で財産分与として妻に不動産を渡す場合には、夫に譲渡取得税がかかるので、その事態を考慮する(p107)
・人の話をよく聞くとは、話の内容を正確に偏見を持たずに聞くということ(p124)
・悩みの原因になっている相手方と相互に言葉が届き始めると、元気が出てきて悩みが消えていく(p220)
2014年9月7日作成
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衝突や訴訟ではなく和解を目指すべきであることを説く一冊。
和解するとはどういったことか、という基本的なところから、和解がもたらすメリット、注意すべき点とその大まかな手順も含めて、新書にまとめてあって役に立つ。
心理学や経済学の知識をベースに、ゲーム理論で損得をシミュレーションするなど、先を読む力が必要であることがよくわかった。
ゲーム理論については、訴訟ではなく和解でもなく、自分の損得を計算した上で結果を選択するブラック企業で働く従業員の例が出てくるが、こういう正確には「和解」ではないが、個人の心の中で「和解」するケースの説明が面白かった。
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ターゲット層がいまいちよく分からない。
強いて言えば「紛争解決学」を学びたい人向けか。
最終章の「付帯条件付き最終提案」は面白そうだが,実践できるのは調停委員や仲裁人の立場の人間かもしれない。
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自己の効用最大化を追求する交渉の技法に関する入門書は世に満ち満ちている。だが、コーディネータ、ファシリテータ、調停者の理論についての一般的な解説はめったにお目にかからない。それは、世の中は甲か乙の立場でバタバタする人が大半なのであって、調停の役目は弁護士さんかヤクザさんか、という特殊な「選ばれた」職業の人の、経験知に支えられたスキルで担うものだからであろう。
廣田が差し出すヒントは、よく話を聞く、普段から問題を多面的に捉えるための知識吸収に努める。アイデア出しに手間を惜しまない、などのマットウなものである。さらにゲーム理論や法哲学めいた背景も書き込んであり、単なるハウツーでない、とても面白い本になっている。
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【由来】
・図書館の新書アラート
【期待したもの】
・一旦険悪な状態になると「和解」など選択肢にも入れない自分に対する啓蒙となるか。
【ノート】
・宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の中で「ソショウガアレバ ツマラナイカラ ヤメロトイヒ」という一節がある。著者は、これが「アラソイ」ではなく「ソショウ」だという点にこだわり、「訴訟」の持つ破壊的な側面に言及する。果たして、宮沢賢治の本意がそこまでのものだったのかどうかについては同意しかねる部分もあるが、訴訟の行き着くところは明確な勝ち負けの二分であるのに対して、和解はもっと両者の状況を考慮したウィンウィンをもたらし、「訴訟」が過去志向であり「和解」が未来志向であるという著者の見解については理解できた。
・紛争解決学という分野があるらしい。
・弁護士・教授である著者が自らの体験と思索の結果を独自にまとめたのが「紛争解決学」。これはなかなかに野心的な試みかも、と思わせる導入部。どうやら、言ってることはは、かなり当たり前のことなんじゃないかと思いつつ、そこに法的な考え方や実例を出しながら和解のメカニズムについて説明する辺りから、少しずつ著者の見えている地平が見え始めてくる。
・理論としての根拠の提示はまだ弱い印象だが、それは新書としての制約なのかも知れない。