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小説の結末で小説を判断してはいけない、ということを改めて感じさせてくれた小説。
数々のあり得ないシチュエーションはさておき、街の感じとか、人の感じとか、実感を持って浮かび上がってくるところはこの小説の魅力だと思う。
ニュータウンのスースーする感じ、めっちゃよくわかる。
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小学校から中学校にかけての「イケてない」女子の気持ちのあり方を描く物語。粘ついた心の揺れや、どうしようもない身分の違いなど、子供時代の残酷さをまざまざと見せつけられる。決して読後感のいい小説ではないけれど、文章は濃密で、じわじわと心にしみるものがあった。
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「しろいろの街の、その骨の体温の」村田沙耶香
思春期小説。しろいろに混じる褐色。
結末がどうなるのか分からない、というある意味「青春」をそのまま写した青春小説。
残酷な、それでいてこれはああ、過ぎ去った思春期を語れる大人が書いた小説だというアンバランスさがよりいっそう生々しさを感じさせる。
小説の中身をレビューすることは多々あれど、小説が書かれた心境を思わされる小説はそうそうない。
作者の村田さんがどういった心境で本作を書かれたかは知り得ないですが、一読者としては直球ど真ん中に「本気」を感じた。そういう一冊です。
15歳より前の性的葛藤をまじまじと描いた小説として、今でも忘れません、福武書店のベストチョイスの『おばかさんに乾杯』(ウルフ・スタルク/石井登志子 訳)という本があります。
当時(まだ小学生だった)エロ本を読むような感覚だったのと共に、気持ち悪さや不安感を感じていたことを思い出します。
本当に、今なら分かる。自分を見ることが嫌だったんだなあと。
本作の主人公の結佳にはそういった感情移入をしながら読みました。
小中学生の一人称の小説としてはスマートに過ぎますが、小説そのものよりも作者の村田沙耶香さんの語りに惹き込まれる。
後半に進むに連れて醜く、また美しくなっていくので、加速的に一気読みでした。
思春期の自分から目を逸らしている女性におすすめ。
(5)
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主人公と同じ、ランク下の女の子として共感して読むと、辛い
でも最後で救われる
息子ができたら読んでほしいかな、
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放課後に好きな人の姿を見るだけとか手を振るためだけの「出待ち」とか、確かにやったなぁと懐かしくちょっとキュンとしました。
思えば遠くに来たものだ(笑)
スクールカーストを独特の関係性から焙り出したこの小説。
痛い、けれどぐいぐいと読まされてしまいます。それぞれのキャラクターも
みんな立っていて文章に力を感じます。何か賞を取られましたよね。確か。今の中学生や高校生が読んだらどう感じるのだろう。すごく興味があります。薦めてみたいですね。
タイトルが秀逸だと思います。注目の作家さんがまた増えましたね。
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読んでいて、思春期のあの混沌としたヒリヒリ感が、巧みに描かれていた。
ただ、後半の結佳の行為は逸脱しすぎ。
幸せさんはすごく魅力的は上位に位置する男子だからこそ、結佳とはあーならないよなぁと、思ってしまった。
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まだ小5になりたてのとこまでしか読んでないので仮評価。
フラウ1位がきっかけで読む。正直期待し過ぎた。気持ち悪い。ニュータウンがどんなもんか体験してないので学期ごとにクラスに転入生10人とか想像つかない。最近の子は発育いいらしいけどこんなに小5とかでアレになってんのか。
読了
中学生になってからはどんどん読めた。思ってもみない展開だったけど救いがあってよかった。
しかしカースト上位の子達が子ども過ぎないかなぁ?上にいる子はクラスになんか興味持たずに学校の外で遊んでるイメージ。下位の子を嘲るヒマはないような気もする。
と、思ったけどパッとしない街だから遊ぶに遊べないのかな。
女の子グループで好きな人の部活終わりを待ってるのは私の中学生活を見てたんかい!というあるあるな光景。
お母さんの自分が醜いか可愛いかにしか見えない年頃というのが一番好きなセリフ。
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「桐島」以降なのだろうか、学校における「カースト」制度を表に出した小説が目立つようになってきたのは。
本書の主人公・結佳は中学で下の上くらいのカーストに属している。場所はニュータウン。小学生のころはすさまじい勢いで開発が進んでいたが、中学のころには開発がストップ。結佳も小学生のころは人気者の若葉ちゃんなどと仲良く遊んでいたが、中学では話もしなくなっている。
街がきらいだという結佳は、きっとそこに自分の停滞感を見てしまっているのだろう。
そういったもやもや感が恋愛にも映し出される。好きな男の子の伊吹は、小学生時代は単なる無邪気な子だったが、中学では無邪気さは失われないものの、女子にも人気でカーストで言えば上。違うカーストだから、好きだということも表に出せない。
著者はそういった鬱々とした感じを描くのがとてもうまい。最後に救いがある話でよかった。
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図書館にて。
フラウ文芸大賞の大賞をとった作品。予約したらすぐきた。
小学校中学年から中学生に至るあのころって、一番残酷な時期なのかもしれない。人づきあいが未熟なのにランク分けが始まり、ぎこちない頃。
好きな相手の特別になりたい。でも自分に自信がないから、違う形での特別になるしかなかったし、他の方法を知らなかった。辛かったろうなと思う。女の子たちのグループの描写もまさにそのとおりで、自分のことを思い返しても怖かったなと思う。
ラスト、そう来るか、と思った大人の展開だった。純粋だけど鈍感な伊吹が途中じれったかったから、彼が結佳の気持ちを読みとって、関係がこんなふうに進展することは本当はありえないだろう。でも、女の子にとっては理想の結末だと思う。この先二人が付きあったりすることがないとしてもこれはきっとハッピーエンドだ。
この物語を読んでいて、浅野いにおの「うみべの女の子」を思い出した。10代半ばの幼い性、自意識の物語は痛々しく、生々しい。
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小学生から中学生への女の子の序列など、一度は女の子であった私には痛いほどよくわかります。
でも、う~ん・・・・最近はこの女子の世界を上手に描く作家も増えているので、もっとストーリー的に魅力がほしかったと思います。
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新興住宅地に住む女の子の小学生高学年から中学生までの性と自意識を巡る物語。中途半端に開発された土地と中途半端にもならない自分を嫌悪しながら学生生活を送る。主人公が好きな男子に小池徹平を思い浮かべてしまうほど、人物描写に長け感情移入をしてしまった。
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中学校の中、クラスの女子は自然にされたレベル分けで、ランクが付けられている。
思い出してしまった、自分のこと。小学校の時だったが、自分でも低ランクの自覚はあった、高ランクの女子は、着ているものも、髪形も洗練され、多くの人に囲まれていた。
あの時の光景が蘇るようで、心が痛かったが結佳がどうなるのかが気になり、最後まで読んだ。少しだけ救われた気がしたが、現実とは違うと思った。
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思えば、スクールカーストを経験したのは、もう40年前になるのか。
小学校高学年から中学まで続くそれは、時代は変わっても、不変のものなんだなぁ。
各女子グループの評価と、女子の個人ランキングが、壁に貼られたりしてたこともあった。(マメな男子がいたのだ)
今にして思えば、社会に出る練習だったとしか思わないけど、ローティーンの少女のまだ小さな胸を、痛めるに十分な酷なものだった。
上位者にとって、それはいつか打ち砕かれて自分の胸を刺すガラスの勲章であり、下位者にとっては、自分を捕える檻はいつまでも変化ないように思える。
最後の展開は、意外ではあったが、あり得ない展開ではない。
現実って意外と(この年頃の性って)こういうもんだよな…と、50歳になるとしみじみ解ったりする(爆)
そして大人になっても、快活な男は自分の世界を持つ女に惚れるし、静かな女は思ったより自分の肉体の熱をストレートに表現する。
それでも、P263
「でも、好きって言いたくなかったの。それよりもっと好きだったから」
「そっか」
というやりとりで、素直に涙する私は、純なばぁさんだ。
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私は嫌いという言葉が好きなのかもしれなかった。この言葉を口にしていると、自分がどんどん鮮明になっていく気がする。 14
私たちは、エピソードをくれた男の子と簡単に恋に落ちてしまう。111
お手軽に恋に落ちてしまうわりに、それはすぐに宗教になる。111
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小学生だった結佳と伊吹が成長していく過程と学校での生活を絡み合わせた話だ.女子の上下関係を赤裸々に描写しているが、いじめの原点が見え隠れしているようで、読んでいて少し嫌な気持ちになった.実際の小中学校もこんな状態なんだろうが、あまりよい傾向とは言えないと思う.最後の場面で結佳と伊吹がきちんと会話できるようになったのが彼らの成長なんだと感じた.