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一方通行
2001/11/16 15:54
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:小田中直樹 - この投稿者のレビュー一覧を見る
前に仕事でフランスに住んだことがある。フランスは「カトリック教会の長女」って呼ばれるほどキリスト教徒が多い国だけど、僕が住むことになったのは、とくに信心深くて有名な地方にあるまちだった。僕はそういう事情に疎かったので、日曜日の午後の列車でパリを出たけど、着いてびっくり。まちに人がいないし、店もほとんど閉まってる。そのときは、なんてさびれた町なんだって思ったけど、あとで聞いたら、日曜日は安息日なので午前中は教会のミサに行き、午後は友達や親戚と一緒に家で過ごすのだそうな。どうりで誰もいなかったわけだ。フランスっていうとブランドと科学と料理と現代思想の国だと思ってたから、宗教的な生活規範がこれほど残ってるとは予想もしなかった。住みはじめると、今度は、本当にしばしば宗教が話題にのぼることに気づいた。こんなことだったら、話題に付いてくために聖書を読んでおけばよかったけど、後の祭りだった。
という反省を込めて、「日ごろ新聞や雑誌を読み、テレビや映画を見るなかで気がついた、聖書に由来する表現をとりあげ、説明して」(四ページ)くれるというこの本を読んだ。著者の石黒さんは、聖書に出てくる人名(第二章)や出来事(第三章)や表現(第四章)や場所(第五章)について、こういった聖書に由来する言葉が現在どのように利用されてるか、実例をエピソード的に挙げながら説明した。この本を読むと、様々なマスメディアが様々な言葉を引用し、あるいはもじりながら用いてることがわかる。これだけ多くのマスメディアに目を通し、そこに出てくる聖書由来の言葉を拾い上げ、集め、整理するのって結構大変だと思う。そして、たしかにキリスト教文化圏では「日常の些細な事や、普段の何気ない会話が、キリスト教に関する知識なしには成り立たなかったりする」(一〇ページ)以上、こういった言葉が「聖書でどのように語られているかを知り、それがどういった意味を持つのかを知ることは、決して無駄ではない」(八二ページ)だろう。とくに今のような、誰でも気軽に外国に行ける国際化の時代には。
でも、この本を読んでるあいだ、僕はどこか居心地の悪さを感じてた。なんていうか、そう、お仲間に入れてもらえそうもないなあって感じ。その理由を考えながら読み直してみて、ようやくわかった。この本にはもう一つの目的がある。石黒さんは聖書を信じてて、この本で自分の信仰を僕らに伝えようとしてる。つまり、これは伝道の書なのだ。もちろん伝道するのは個人の自由だから、一向にかまわない。問題は、この本の伝道のスタイルが一方通行なことにある。そして、僕が居心地の悪さを感じたのはこの点だった。
こういうと、本は著者から読者への一方通行のメディアだっていわれるかもしれない。でも、そうじゃない。心の中で読者を想定し、その人と空想上の対話を繰り返しながら書けば、双方通行とまではいかないかもしれないけど、一・五方通行くらいにはなるはずだ。そして、そのためには、自分が書いた言葉について、「これでいいんだろうか」、「これは正しいんだろうか」、と絶えず自らに問い掛け、反省することが必要だろう。この作業がなければ、もともと一方通行的な性格を持つ本は、ただの独りよがりになってしまう。仲間内向けの本だったらそれでもいいけど、伝道の本としては問題だろう。
もちろん僕は「自分の信仰を疑え」というつもりはない。それは余計なお世話だろう。でも、たとえば、教会に礼拝に行く人は長寿だから「神を信じることが、長生きにつながることもあります」(一八ページ)って結論するのはいただけない。元気な長寿者だからこそ教会に行けるって可能性がみえてないから。お仲間に入れてもらえそうもないから。一方通行って印象を強めるから。[小田中直樹]
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