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最近はアシモフが面白い。
何より文章が明快。
まあそれは訳者の力量もあるかもしれないけど。
やはりですね、
R・ダニール・オリヴォーを軸とした一連のアシモフ作品を愛する私としては
全てのアシモフのロボット作品の起源である『われはロボット』は
欠くわけにはいかない。
解説の中にあった
ロボット三原則の中に人種・民族蔑視の思想を読み取れるという考えは
かなり驚きだったけれど、
本人も否定している通りアシモフに限ってそれはないだろうと私は思う。
でも実は私は
例えばファウンデーションシリーズでのロボットへの扱いの中に
実にヨーロッパ(欧米)的な思想を見てしまい
ちょっと複雑な気持ちがあったのは事実。
これには
私の持ち前の白人偏重主義への僻み故の曲解か
言葉を発するものは擬人化してしまう私の癖故の勝手な同情の
可能性は少なからずあるが、
根底に欧米人とアジア人の人間以外の生き物への考え方の違いが
あるのは否定出来ないと思う。
そして私はアジア人的博愛の方が良いと思ってしまうが故に
ああ、アシモフあなたも所詮欧米人なのね、
というジレンマをずっと抱えていたのだ。
そういった中
ロボット三原則は一見人間に隷属しているように見えて
実は高潔な人間であれば尊守するであろう当然の原則という
『証拠』の中の行は
目からウロコだった。
やはりアシモフは聡明だ。
全体的な世界観は
その後のアシモフ作品への土台となった感が大きくある。
そういう意味でもアシモフが好きな人は読むといいんじゃないかなあ。
特に『ファウンデーション』シリーズが好きな人は。
小説とは関係ないしちょっと唐突だけれど、
多分ロボットは思考してはいけない気がするな。
夢はあるけれど、
人間との一線を曖昧にする原因は作ってはいけないような気がしてならない。
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ロボット三原則なるものを作ったのがアシモフさん。この人の文章が合うのか、ノンフィクションものも含めて、よく読んだな~。ロボットが生活に入り込んでいる現在こそ読むべき本かな・・
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名作中の名作
アンドロイドの次に読むとすればこれしかない。続編もある正統派ロボット小説だ。
訳に多少手を入れた決定版が手元になかったのが残念だが、オリジナルの味は訳で大きく変わるものではないと信じよう。
作品「証拠」は次期市長選有力候補がロボットかどうかというプロット。電気羊の出発点かもしれない。
ディック同様にロボットをモチーフにしているが、主題は人間性だ。ロボットを取り巻く人間たちの喜怒哀楽がテーマといってもいいかもしれない。
作中、ロボットは「それ」ではなく「彼」と表現される。「1体」ではなく「1人」と表現される。その訳し方がいいとは思わないが、アシモフ作品の暖かさが訳者をしてそうさせるのだろう。
ロボット心理学者スーザン・キャルヴィン博士の語りというスタイルでオムニバス形式でつながっている作品は以下の通り。
ロビイ
子守ロボットロビィの話。必要なくなったときは?と余韻を残すトイストーリー2を思わせるラストがいい。
堂々巡り
ロボットの3原則を使った頭脳派ミステリー。イマイチかな。
われ思う、ゆえに…
ロボットが自我を持ち人類を低能な種族であると見るようになる。ロボットの神は動力炉だったりするんだが、それでも地球は回るんだからいいか的な軽いエンディングが最高。
野うさぎを追って
もひとつ謎解きが気に入らない。まぁそんなこともあるのかなって程度。
うそつき
秀作。ロボット3原則を題材に、人間性とは何かを問う傑作ともいえる。人間を守るために嘘をつかねばならないロボットの末路があまりに哀れだ。
迷子のロボット
3原則をテーマとしたミステリー。なかなかおもしろいが、解決のキーが時代遅れ。
逃避
ひとひねりの工夫は認めるが、イマイチかな。
証拠
選挙の立候補者は人間かロボットか? 結論はなくそのまま立候補者は当選するのだが、とうとう指導者までがロボットになる(かもしれない)という近未来を暗示する本作は次の「災厄のとき」同様にセンセーショナルな位置づけだ。
災厄のとき
作品中では「マシン」と表現される大型コンピュータが登場する。政治を経済を支配する大型コンピュータ。それにもやはり3原則は適用される。「証拠」と並びセンセーショナルかつシンボリックな作品だ。
おもしろかった!
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劇場版?なにそれ。
あれは映像を楽しむモノですよ?
ドラマ?
何かドラマってあったっけ?
それくらい別物で素晴らしいのがこの原作。
人工知能を持ったロボット達が
「ロボット三原則」によって苦しみ
また、それによってより進化して行く様が書かれており
またそれに対し
"賢い人間達"が初めは我が子が成長する様な喜びを
それが頼もしい隣人として信頼し
未知の領域へと踏み込んだ恐怖へと変わって行く様に
胸の内を掻き乱される思いがしました。
いずれは誕生するであろう
鋼鉄の隣人達
私達は彼等とどの様に接すれば良いのか
また、精神とは、魂とは、意志とは、感情とは
そして「人間とは」
色々と考えさせられるお話です。
流石はロボット三原則という考えを
世に生み出した名作です。
素晴らしいの一言です。
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ロボットに感情が芽生えればそれは人間か。猿が感情を抱けばそれは人間か。「心の理論」の理論なんだろうなあ。われはアシモフである。ってか。
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本来道具であるはずのロボット。道具とは入れ替え可能な存在。そのロボットが一人の女の子にとって入れ替え不可能な唯一無二の存在になる『ロビィ』。彼女にとっては、見知らぬ他人(人間)の死よりも、自分の好きなロボットが壊れる方が悲しいことでありうるということを考えれば、人間とロボットの境界はどこにあるのか、ロボットにも尊厳があるのではないか、ということ考えさせられる作品。
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所謂SFの古典的存在なので、
お堅い翻訳文章の作品なのではないかと想像していたのですが、
思った以上に読みやすく面白い作品でした。
なぜアイ・ロボットはあんなアクション映画になってしまったのか・・・
もし映画から興味を持ったという方が居たら、
全く異なる趣を持った作品であることを指摘させていただきます。
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さて、初レビューなので勝手があまりわかりませんが、やっていきましょう。
SFが好きな人なら誰でも知っている"アイザック・アシモフ"さん。彼の小説を一度は読んでみたいと思って購入しました。
ロボット工学3原則くらいは知ってたんだけど、逆に言うとそれしか知らなかったのでとても新鮮。また、ハズレストーリーがないという素晴らしい作品集でした。
全て読み終わってみると、一番最初のロビィの話だけ異色だったかなー、と思いますが、初っ端から続きを読みたくなる面白さでした。
キャラクターもそれぞれ立っているし、登場人物自体がそれほど多くないので読みやすい部類の小説だと思います。私は最初に登場人物紹介とか入っていると読む気になれないので・・・
ロボット工学3原則って、現実に人型ロボットが創られた所で適用されるような論理的なモノではないので、これについて論じるのはただの空想、それこそSFなのですが、よく料理して作中で使ってますね。ただただ驚嘆。
こんなとこでしょうか?
それでは、また次回。
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序盤は、ロボット3原則が相互になす矛盾の話がただ続くだけかと思った。でも終盤に進むにつれてとてつもなく壮大なストーリーになっていった。感動した。3原則は、人類のことを考えさせる大きなテーマとなっていた。
あと、最後の解説では、3原則を優れた道具・機械全般の原則として捉えたり、消費者に対する姿勢として読み直したりした考えが紹介されてて、参考になった。
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『ロボット三原則』を発明した著者自ら『三原則』の抜け穴を使って謎解きを行う。
自分で作って自分で遊ぶ。最高の循環ですね。
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SF好きというからには名作ものは読んでおかないといけないだろうということで読みました。
以下、本文の目次です
ロボット三原則
概要
目次
ロジックゲーム
われ思う、ゆえに
災厄のとき
最後に
ロボット三原則
この作品は、タイトルにもあるようにあの有名なロボット三原則を生みだした元の作品です。
作中ではこのように示されています。
ロボット工学の三原則
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはいけない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一城に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは全掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
―ロボット工学ハンドブック―、第五十六版、西暦ニ○五六年
この三原則は他作品にも多く使われ、現実に今行われているロボット工学における常識にもなっています。
(映画「アイ、ロボット」が有名です。)
本作はそのロボット三原則を前提としたロジックゲームと言える作品です。SFではありますが、人間ドラマやミステリーの要素もあり、見ていて飽きない作りとなっていました。
概要
本作は2000年はじめから2058年までが舞台となっています。なぜ2058年と言いきれるかというと、本作はロボット普及に置いて大きな役目を果たしたロボット心理学者スーザン・キャルビンの懐古譚という形式をとっているからです。
USロボット社という会社の研究所で長年働いてきた彼女は職務の性質上、ロボットにまつわるたくさんのエピソードを知っています。しかも彼女は変わり者で、人間よりもロボットに愛情を注ぐ人間でした。
しかし、そういったパーソナリティーに設定したお陰で、ロボットを異物とするような忌々しい話ではなく、おばあちゃんの懐かしい昔話といった雰囲気を醸し出せているのが特徴です。
本来は遠い未来の筈なのに(ハヤカワSFの本書は1983年が初版です。)、どこかセピア色の古き良き日といったような空気感を出している。
このことは本作が広く読まれたこととも無関係ではないでしょう。
未来の妄想ではなく個人的な昔話の方が共感を得られやすいからです。
目次
では、彼女が話したエピソードがそのまま目次となっていますので、説明と共に挙げましょう。
ロビイ:ロボットが家庭に浸透する初期の頃の話
堂々めぐり:ロボットのお陰で太陽系開発が飛躍的に進んだ時の話1
われ思う、ゆえに:優秀すぎるがために独自のロジックを築き上げてしまったロボットの話
野うさぎを追って:ロボットのお陰で太陽系開発が飛躍的に進んだ時の話2
うそつき:テレパシーが出来るロボットの話
迷子のロボット:三原則の第一条を意図的に弱めたため��問題が起きた話
逃避:ワープが完成した時のトラブルの話
証拠:ロボットに疑われた政治家の話
災厄のとき:人間世界がコンピューターによって統治される話
まさに、ロボットが生まれてから進化し完全に普及するまでをカバーしています。それもこれもロボットの開発社であるUSロボット社の研究所に勤めていたからという設定あってこそのものでしょう。
ロジックゲーム
さて、そんな本書ですが、セピア色の雰囲気とは別に内容はというと「ロボット三原則」を前提とした完全なロジックゲームとなっています。
人間がある信念を前提に様々な一見矛盾したような行動をとるのと同じように、ロボットもこの三原則を信念として行動します。
もちろん通常でしたら問題なく動くのでしょうが、これもまた人間と同じように緊急事態になるとこの三原則と一見矛盾したような行動をとることがあります。
そんなときに呼ばれるのが彼女。ロボット心理学者なのです。まさに人間と同じように心理学者に寄って分析され、行動が解明されていく。
先に挙げたエピソードはすべてそういった緊急事態に起きた出来事です。
その中でロボットたちは、なぜか命令を聞かなかったり、人間に敵対しているかのような行動を取ったりします。
その原因を究明し、解決策を講じていく。あくまでもロジカルにです。
本書は子のロジックを解こうとすれば頭の運動としても楽しめるでしょう。
われ思う、ゆえに
本書で印象的だった章は2つです。
優秀すぎるがために独自のロジックを築き上げてしまったロボットの話である「われ思う、ゆえに」と人間世界がコンピューターによって統治される話である「災厄のとき」の2つです。
前者については、閉鎖空間において自分より劣った存在である人間の存在を考えた結果、独自の神を作り出してしまったという話なのですが、これは「閉鎖空間において」という点が印象的でした。
神を作りだすというのは極端ですが、閉鎖空間に置いては人間社会も同じようなものだと思うからです。例えば家族、学校、社内、地域、国家などなど年を取り他の共同体の経験を得ていけば自分が属する共同体のロジックがローカルなものであることは誰しもが理解できることでしょうが、まだ経験が少ない子どもは自分が属する共同体のロジックが全てであると考えてしまうことがあるでしょう。
また、大人でも海外に出たことのない僕の様な人間は、無意識のうちに自分の属する日本という国のロジックが当たり前だと思っているはずです。
この話をウェーバーのいう理念型(あるロジックの究極型)として考えれば、僕もこの「われ思う、ゆえに」のロボットと同じようなものなのかもしれません。
災厄のとき
もう一つ印象的だった話である「災厄のとき」ですが、これは当時の大統領がコンピューターによって完璧に管理されている筈だった公共の仕事が少しずつ少しずつ狂っていることを発見し、それが将来の異変の兆候ではないかと解決に乗り出す話です。
大統領はコンピューターのどこかが狂い始めていると言うよ���に推測していたのですが、実はおかしいのは人間の方で…というオチです。
この話の何が印象的だったかというと、コンピューターによる管理の方が適切かもしれないという主張だからです。
実はこれには僕も同意見で、思いやりとか常識とかそういった共通の認識を持つことが難しい国際社会においては利益・不利益とロジック、そして宗教が相互理解のツールです。
しかし、部分最適と全体最適の話を考えると、利益に直接関与しない第三者の厳密なロジックによって人類の最大幸福が求められるべきだと思います。
そこで、ロボット三原則の「第一条 ロボットは人間に危害を加えてはいけない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。」があれば、全体のために個人を犠牲にするという行為が最小限に留められるだろうと考えるからです。
まあ結果的に人類全体が出来る限りで最高に幸福な状況になることが証明されたとしても、人間的でないとか言って大反対が起きるでしょうし、コンピューターウイルス対策などそれ以外のセキュリティ面でも懸念は残るでしょうから実現はあり得ないと思いますが。
最後に
最後に、本書はSFの名作ですが、名作だからと言って肩ひじ張って読む必要は全くなくて、単純にミステリーとしても人間ドラマとしても楽しめる良作だと思いますので、是非ご一読をお勧めします。
それと余談ですが、あとがきの本作の誕生譚も面白いのでそこから読むのもアリかもです。
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「ろぼっとさ」と入力すると「ロボット三原則」が予測変換で出てくる。アシモフの「われはロボット」は、そのくらいの古典だ。
物語は老齢のロボット心理学者スーザン・キャルヴィンが回顧するロボット開発史という体裁を取る。ロボットという存在は時と共にどんどん進歩し複雑化していく。同時にロボットと人間の関わり方も劇的に変化していく。書かれた当時の技術水準から見ればそれこそ想像もつかないような遙かなる未来を相手にしているわけで、アシモフの卓越した想像力が遺憾なく発揮されている。
なんといっても、物語のベースとなるロボット三原則が実に上手くできている。
『第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。』
たったこれだけで、ロボットという存在の全てを尽くしている。必要にして十分、美しささえ感じさせるほどだ。これら3カ条にあくまで忠実に、しっかりとしたロジックに基づいてストーリーが展開される。巨匠アシモフの鮮やかな手際を楽しんで。
工学、エンジニアリングについても考えさせる一冊。
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有名な「ロボット工学三原則」を生み出したアシモフの代表作。SFの古典です。最初の「ロビイ」が書かれてから、もう70年以上経っているんですね。実はいままで、ちゃんと読んだことがありませんでした。
"ロボット工学の三原則
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
――『ロボット工学ハンドブック』 第五十六版 西暦2058年"
この作品に登場するロボットは、この三原則を行動規範としています。DNAのように刻まれた、ロボットのアイデンティティとなる原則です。ロボットの本能と言ってもいいでしょう。
その原則(すなわちロボット)を人間が信用しないために発生する悲喜劇や、原則に逆らえないロボットが原則とは矛盾する命令に対しおかしな行動をとってしまう様などを描いた短編集です。
[続き]
http://wildhawkfield.blogspot.com/2012/03/blog-post_06.html
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SF小説はあまり読んだことがなかったが、初心者にとっても比較的読みやすかった。特にロボット三原則の「ロボットは人間に危害を加えてはならない」という項目を身体的だけでなく精神的な面からも鑑みる点はとても興味深かった。
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かの有名なロボット三原則をはじめて記述した初期作を、再度アンソロジーにした作品。この作品の斬新さは、まず三原則の定義を決め、そこを破るか破らないかの境目で起こりうるケーススタディである点。こういう技術書のような、しかも臨場感あふれる記載ができる作家はほとんどいない。最後には三原則を破らず破滅する哲学的な内容に。前提、展開、描写などすべてが新鮮で、戦前の作とは思えない。