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確かに最良の入門書。
……彼の人の眠りは徐かに覚めていった。
ほほき鳥になっていたほうがよかった……
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折口信夫『死者の書』未読。魂の飢えが美しいうたの言葉で描かれていると思った。読後すぐに岩波文庫の『死者の書・口ぶえ』を購入。下巻が待たれる。
近藤ようこさんの描く女の眸と口もとが好き。
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折口信夫の「死者の書」は何度も読み返している。思い入れのある作品。
漫画になっていることは知っていたけれど、本屋の棚で見つけ購入。
近藤版の死者の書は、郎女の物語。僕は最初、原作を読んだ時から、亡霊の声に心が囚われていたので、虚を突かれた。
郎女が幻視する阿弥陀は、「死者の書」の初稿版に依っていると思う。キリストに似ている印象。漫画として近藤さんの解釈のシーンも加えられて、判り易くなっている。
亡霊の訪れを郎女は、どう捉えていたんだろうか。漫画からの印象は原作を読んだ時と違ったので、暫し考える。
語部の媼が郎女に語る「滋賀津彦は隼別でもおざりました。天若日子でもおざりました」。なぜ、終盤にこの台詞があったんだろう。読み間違いや読み落としがあったような気がしてきた。
原作をまた、読み返そうかな。
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タイトルだけ知っていたので、借りてみた。
内容は、、、「不可思議」の一言に尽きる。
でも、また、原作をトライしてみたい。
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原作を読んでもさっぱり分からない。
こんな難解な物語を漫画にするなんてすごい。
正直この本ですら難しくて放り投げそうなのだが、絵が美しいのでかろうじて踏みとどまっている状態。
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物語の舞台は奈良時代。
二上山(ふたかみやま)の麓にある當麻寺(たいまでら)に、ひとりの娘が迷いこんだ所から物語は始まります。
娘の素性は藤原南家郎女(ふじわらなんけのいらつめ)、藤原鎌足を祖先に持つ貴族の姫君でした。
本来なら家来にかしずかれ、立ち歩くことさえ稀であるはずの姫が、一晩中山を歩きとおしたあげく女人禁制の寺の境内で見つかったのですから、僧たちも藤原家も大騒ぎです。
姫に家を忘れさせ、寺の禁忌を破らせたもの。
それは何百部もの写経の末に見た奇蹟であり、
二上山の向こうに顕れた御仏の尊いお姿であり、
女人には禁じられているはずの思索と自我の萌芽でした。
しかし掟は掟、罪を償うまでは家に帰すわけにはゆかぬといきりたつ僧たち。
それに対して姫が取った贖罪の方法とはーー
當麻寺に伝わる當麻曼荼羅や中将姫伝説、万葉集に登場する大津皇子の悲劇など、壮大な古代史ロマンを基軸にした折口信夫の原作に、
近藤ようこさんの繊細な感性と鋭い批評精神が融合したユニークな作品です。
原作は時系列を混乱させていたり、語り手が章ごとに変化したりと万人向けとはいえない難解な小説ですが、
近藤版は姫とその周囲の女性たちの視点で物語が進んでゆくので、ストーリーが追いやすい。
郎女が大津皇子の訪いに怯えつつ、その来訪をいつしか心待ちにする様子、
郎女を申し分ない姫君(=意志のない人形)にするべく教育してきた(はずの)乳母が、郎女の意志の強さを目の当たりにして思わず涙ぐむ様子、
滅びゆく者である語り部の媼が、自身の生きた証を残すべく郎女に全てを注ぎこむ様子、
ーーなど、「女の物語」に焦点が当てられているのも近藤版の特徴と言えるでしょう。
近藤版『死者の書』は、古代の名もなき女性たちに対する鎮魂の書でもあるかのようです。
取ってつけたようなハッピーエンドで話を盛らなくても、語り継ぐことそれ自体がすでに鎮魂の作法なのではないか、
物語とは本来そういうものなのではないかと考えさせられる、稀有な漫画でした。