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紙の本
井上ひさしさんの映写機
2010/06/11 09:48
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
先日TVで井上ひさしさんの元気な姿を拝見しました。もちろん、残念ながら、生前撮影された昔の映像ではあったのですが。
番組(NHK教育テレビの「ETV特集」)のタイトルには、井上ひさしさんの最後の戯曲となった『組曲虐殺』の一節、「あとにつづくものを信じて走れ」が使われていて、タイトル通り、井上さんがこの戯曲の主人公小林多喜二にどのような思いを託したのかを関係者の話を交えながら構成されたものでした。
その番組のなかで小林多喜二のことを井上さんがどんなに描きたかったかが紹介されていましたが、同時に、それは井上さんの早世した父親に重ねる姿としてもとらえられてもいました。
井上ひさしさんの父修吉は作家になることを夢みていた文学青年でした。そして、小林多喜二とも同時代の人でした。作家になることを願いながらも志なかばで亡くなった父のことを井上さんは終生忘れませんでした。
小林多喜二を描くことは暗い昭和を描くことであったし、多喜二の無念を書くことでもあったでしょう。
しかし、井上さんは時代の悲劇としての多喜二を描こうとしただけでなく、作家になるという夢を果たせなかった父親に代表される、多くの人たちの悔しさを、たくさんの戯曲を通じて描いてきたのかもしれません。
舞台の終盤近く、主人公の多喜二はこんな台詞を口にします。
「体ごとぶつかって行くと、このあたりにある映写機のようなものが、カタカタと動き出して、そのひとにとって、かけがえのない光景を、原稿用紙の上に、銀のように燃えあがらせるんです。ぼくはそのようにしてしか書けない」
多喜二の台詞なのですが、井上さんのこれが思いだったと思います。
カタカタと動き出した井上さんの映写機は、父親を映し出し、井上さん自身をうつしだし、やがて多くのそれにつづく人々を浮かびあがらせたのではないでしょうか。
◆この書評のこぼれ話は「本のブログ ほん☆たす」でお読みいただけます。
紙の本
井上ひさし 白鳥の歌
2010/12/11 08:31
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:稲葉 芳明 - この投稿者のレビュー一覧を見る
初出は『すばる』2010年1月号。こまつ座&ホリプロ公演、演出:栗山民也、音楽:小曽根真、出演:井上芳雄、高畑淳子、石原さとみ、神野三鈴、山本龍二、山崎一のスタッフ・キャストで2009年10月3日~25日に天王洲銀河劇場で上演。この後兵庫公演と山形公演も行われる。
結果的に井上ひさしの最後の戯曲となってしまった本作を、筆者は10月17日(土)夜の部で観た。観た時点では、著者が体調不良で「憲法九条の会」講演を幾つかキャンセルしたことは知っていたが、まさか死に至るほど深刻な病状だとは夢にも思わなかった。
『蟹工船』で一躍名を挙げ、最後は特高に虐殺されたプロレタリア作家小林多喜二(1930-1933)。彼(井上)の短い生涯を、自伝的事実を踏襲しながら主として晩年三年間に焦点を当て、姉(高畑)、妻(神野)、恋人(石原)、特高刑事二人(山本、山崎)の6人が織りなす物語として再構成した作劇がまず見事。しかもこれを、荘重深刻な悲劇ではなく、絶えずピアノが割って唄になるコミカルな音楽劇として描くのだから恐れ入る。
特に二幕は、彼の理念が(特高刑事も含めた)周りの人々も同化させていく過程をじっくり描きこみ、貧困や弾圧の中、迷ったり転んだり自暴自棄になったりしながらもささやかな幸福を希求して生きていく<人間>に対する、祈りにも似た、純化された<愛>が観客の胸にもしっとりと染み入ってくる。第二幕第八場で作者は多喜二にこう語らせる:「世の中にモノを書くひとはたくさんいますね。でも、そのたいていが、手の先か、体のどこか一部分で書いている。体だけはちゃんと大事にしまっておいて、頭だけちょっと突っ込んで書く。それではいけない。体ぜんたいでぶつかっていかなきゃねえ。(中略)体ごとぶつかって行くと、このあたりにある映写機のようなものが、カタカタと動き出して、そのひとにとって、かけがえのない光景を、原稿用紙の上に、銀のように燃えあがらせるんです。ぼくはそのようにしてしか書けない。モノを考えることさえできません」
生涯、生きるとは何か、何故全ての人が幸福になれないのかという――宮澤賢治に相通ずる――大きな問いを市井の人々の視線で考え続け、それを文学という形で表してきた井上ひさし。正にこれは、彼の<白鳥の唄>である。
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