投稿元:
レビューを見る
通訳をするときの裏話とか、問題点などが書かれていた。
『嘘つきアーニャ〜』がすごく好きで、同じような本を探していたのでちょっとがっかりしたけど、これはこれで面白い。
投稿元:
レビューを見る
どうも米原万里さんのエッセイは読み始めると
深みにはまってしまう。
著者の思う壺とはしりつつも、
部屋で一人爆笑し、電車の中ではにやける。
しかし決して笑うことにとどまらず、
ほ〜と感心したり、う〜むとうなったりもする。
消極語彙と積極語彙のくだりでは共感。
飾らない文体も、歯に衣着せぬものいいも大好き。
こんなタイトルをさらっとつけて
通訳について語ってしまう、そういう「らしさ」
が素敵。
投稿元:
レビューを見る
本書は、優れたロシア語通訳であり、のちにコメンティエータやエッセイストとしても活躍する米原万里の処女エッセイである。二冊目の「魔女の1ダース」では、文化摩擦の最前線に立つ者としての独特の視座が読みどころであったが、本作のメインテーマは「通訳」のスリリングな体験と、それに基づく異文化コミュニケーション論といったところであろう。さすがに著者の生業を題材にしているだけあって論旨はスマートかつ丁寧であり、のちの作品にみられるようなエキセントリックなだけの図式的な物言いは少ない。それでいて、彼女独特の文化一般に対する鋭い洞察は健在である。単なるエッセイにとどまらない重厚感があり、処女作にして最高傑作と評しても過言ではないように思う。ところで、彼女は、すべてをカリカチュアに落としこんで語るようなところがある。話題が彼女にとって身近な範囲にとどまっている間は、戯画化には一定の理性と良識(というよりも職業意識からくる誠実さ)が感じられるものの、話題が大きくなると、その戯画化はより過激に、無責任になる傾向がある。それを彼女のよさと見るか、それとも欠点と見るかは読者によって分かれるであろう。ある種の野放図さがエッセイの「味」になっていることは間違いなく、そういう意味では本書はまだまだ「薄い」が、個人的には処女作ならではの抑制された感じがしっくりくる。とにかく、処女エッセイとは思えぬ筆致の冴えに脱帽。
投稿元:
レビューを見る
2009.01.〜02.
66
同時通訳に必要とされる技能について触れながら、次のように述べている。
はるかに重要な役割を演ずるのは、思想が、原発言言語の粘着性の抱擁からする抜けながら、目標言語の語彙的、形態的、統辞的、音韻的、立体的形式を大わらわで着こんでいくことを助けるような技能です。
(拙約、カトー・ロンブ著『わたしの外国語学習法』創樹社)
99
イヤフォンを肉体の一部にしたみたいに付けっぱなしの若者が多いけれど、あれは聴力を低下させること著しい。運命のいたずらか、たっての希望かの別なく、いやしくも通訳業で口を糊している者、しようとする者、ゆめゆめヘッドフォンステレオには手を出すべきではない。
82
ある単語は覚えやすく、ある単語は覚えにくいということは、多分皆さんよくご存知でしょう。これには一部客観的、また一部主観的理由があります。
一番覚えやすいのは、何か具体的なもの、窓とか、家とか、本とか、鉛筆のような、具体的なものを表す名詞。次に覚えやすいのが感じとることの可能な性質、色とか、形とか、大きさを表わす形容詞、つまり青いとか、丸いとか、小さいなど。次が抽象名詞。四番目が想像しやすい具体的な行為、走るとか、手渡すとか、運ぶを表わす動詞で、最も覚えにくいのは抽象的な行為を表わす動詞です。遂行するとか、保証するとか、中傷するとか、採用するとかなどです。
(拙訳、カトー・ロンブ著『わたしの外国語学習法』創樹社)
投稿元:
レビューを見る
通訳に興味がある私にとってとても参考になります。
私の大学の先輩にあたる米原さんですが、外国語能力だけでなく日本語能力も素晴らしいということがこの本を読めば分かります。表現が豊かでユーモアがあって面白いです。通訳にはやはり日本語の運用能力が不可欠なんだなぁ〜難しい!!><
投稿元:
レビューを見る
異なる言語・異なる文化の狭間で両者を結ぶ、それが通訳。本書は通訳論であるが、またコミュニケーション論でもある。思えば、人は他者との関係において常に小規模な異文化コミュニケーションをはかっていると言える。小さな子供を持つ母親は、子どもと世俗社会の通訳だ。外国語の素養や通訳への興味に関わらず、だれにでも得るところがある本だと思う。それになんといっても読み物としておもしろい。母国語に関する考察は必読。
投稿元:
レビューを見る
ロシア語通訳家米原万里さんのによる、「通訳の現場」の実態を教えてくれるエッセイ。
ユーモアも交えつつ、「言葉」の壁に挑戦し続ける人々の様子が生き生きと描かれている。
投稿元:
レビューを見る
米原さんは頭の良い人ですね。読んでいてそれをひしひしと感じました。優れたエッセイ、興味深い文化論です。
最も感心したのはその文章。大変解りやすく書いてある。「通訳者の文章とはこういうものか」と感心することしきり。通訳者は相手に正確に意図を伝えることが仕事。それゆえ、己から一歩退いた客観がある。そこには独りよがりの耽溺や文学性(あるいは芸術性)は入りこむ余地がない。非情に明快かつ深遠な真理がすうーっと頭の中にしみ込んでくる。ちなみに私にとって、独りよがりの耽溺や文学性をふりまわしているとおもわれる作家は、失礼ながら大江健三郎氏であり、高橋源一郎氏であったりする。
投稿元:
レビューを見る
【内容】
同時通訳者の頭の中って、一体どうなっているんだろう?異文化の摩擦点である同時通訳の現場は緊張に次ぐ緊張の連続。思わぬ事態が出来する。いかにピンチを切り抜け、とっさの機転をきかせるか。日本のロシア語通訳では史上最強と謳われる著者が、失敗談、珍談・奇談を交えつつ同時通訳の内幕を初公開!「通訳」を徹底的に分析し、言語そのものの本質にも迫る、爆笑の大研究。
【感想】
投稿元:
レビューを見る
惜しくも亡くなった通訳者の通訳業界暴露本…といった体裁でありながらその実、立派な通訳翻訳論としても読める。もち、通訳者翻訳者、また目指してる人は必読。そして、読むと絶望的な気持ちになるのも事実(涙)。通訳、翻訳をやらない人にとっては、通訳の裏側をのぞくことで、人知れぬ苦労を知ったり、また、爆笑エピソードで腹を抱える、といった優れたエッセイでもあるので構えることなく楽しめる一冊。
投稿元:
レビューを見る
ロシア語通訳者として有名だった米原万里さんのエッセイ。
米原さんはこれで読売文学賞の随筆・紀行賞というのを受賞してる。
タイトルだけみると何の本かわからないが、
「原文からはかなり外れているが、美しく意訳された訳」が良いか、
「原文には忠実であるが、いかにも翻訳調の訳」が良いか、
という選択を、
「不実だが、顔の細工やスタイルは美しい女」が良いか、
「貞淑だが、顔の細工やスタイルは不出来な女」が良いか、
という選択になぞらえたもの。
さすがの面白さだったけど、
けっこう難しくて読むのに時間がかかったところもあった。
でもところどころに小ネタ、シモネタがちりばめられていて退屈しない。
投稿元:
レビューを見る
語学に興味がある人、言語に関わる仕事に携わっている人にとっては非常に興味深いであろう本。通訳理論だけではなく、痛快なエピソードも混じっているので飽きずに一気に読みきることができるはず。
投稿元:
レビューを見る
日本のロシア語通訳では史上最強と謳われる米原女史が、失敗談、珍談・奇談を交えつつ同時通訳の内幕を初公開!
という米原さんの通訳、言語に関するエッセイ。これも面白かったぁ~。
タイトルは
「原文を誤って伝えている(不実な)整った訳(美女)か、原文に忠実な(貞淑な)翻訳的なぎこちない訳(醜女)か」
という意味。
どちらが好まれるかはもうその場と通訳者による、としかいいようがないようです。
商談なのか、パーティなのか、会議なのか、研究発表会なのか。
なんにせよ、場数を踏んで成長していくしかない、とのこと。
米原さんが心がけていたのは文脈を把握し、スピーカーの一番伝えたい単語を的確に取り出すこと。
これは通訳に限った話ではなく、日常の会話や何か文章を読んでいる時にも必要とされる力でしょう。
この力をつけるのに、米原さんがプラハの学校で習ったことというのはとても効くなぁと思いました。
図書館に本を返す時や授業などで本を読んだとき、その感想ではなく内容を聞かれたそうです。
しっかり内容を掴んでいなければ他人には説明できませんから。
日本に帰国後、国語の授業で「このとき○○が感じたことは?次のア~エの中から答えなさい」というテストで非常に驚いたそうです。さもありなん。
英語一辺倒になってゆく日本への危機感をこのころ(平成6年刊行)からもっていらっしゃった米原さん。
私のまわりでも英語教室へ通うお子様がちらほら・・・。
やっぱり母国語をきちんと習得させねば、という気持ちをあらためて持ちました。
投稿元:
レビューを見る
ロシア語通訳から作家に転身した著者のデビュー作。中味はかなり骨太の通訳翻訳論。実は過去に1回途中で挫折した。しかし数年おいて再読したら面白いのなんの。一気に読了。こういうこともあるので読書はやめられない。
投稿元:
レビューを見る
有名な通訳者・エッセイストの米原万里さんが読売文学賞を受賞したエッセイです。
内容は通訳という職業についてですが、専門家が語る職業の実態がおもしろいのはもちろん、通訳の仕事を通して得た物の見方などがとてもおもしろいです。
最初米原さんの文章にしてはそれほど読み易くない…?と思った部分があるので☆3です。でも後半はいつも通りの米原さんで安心しました。