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ふむ。。。
しかし海外の詩ってどうなんだろね?原文じゃなきゃ全然別物になってしまってるんじゃないか?と思ってたりするんだけど。原文では韻をふむだとか、耳に心地よく書かれてたりしてるんだろうと思うんだけど、そこまでは上手く訳せないだろうなー、とゆー気がしたりして。
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初期作品(1902年)から後期まで多くの美しい作品が多い。
Weil ich dich liebe.
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高校の時教科書で一文を知り、感動して以来ヘッセのほとんどを読んできた。
どの作品も素晴らしいが、やはりこの詩に初めて触れた時の感動を忘れることはない。
十代の瑞々しい不安を持ち続けることができた者は美しい。
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ぴたりとくるのがいくつかあった。
でも真っ昼間に読むもんじゃないなあ。
しんみりしてしまう。
2011.5.25
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この詩集は、だいぶ前に購入していた本だが、途中まで読んで放って置いた。しかし「メルヒェン」「車輪の下」といったヘッセの著作を読んでいるうちに、この詩集を読まずには居られなくなり、改めて一から読んでみた。その感想としてはやはり、ヘッセの描く世界は美しいなという感想だろうか。いつものことながら、詩集を読むと詩を書きたくなる。そう思ってペンを執ったりもした。
この詩集の中で「九月の哀歌」という詩があったがこの詩が何となく心に響いたように感じる。そしてこれからも、どんどんヘッセの著作を読んでいこうと思う。
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ワシは「詩」が苦手です。「小説」が好きで、いわんや「言葉」が好きなのに、なぜか「詩」は苦手。理由は掘り下げればいろいろ出てくるのですが、端的に言うと「受け取れている気がしない」。
詩って、俳句や短歌に次いで、極限まで言葉を削いだ状態ですから、言葉そのものに共感できないと、なかなか入り込めないんですよね。そしてワシはその辺りの感性が鈍いのでしょう、感覚的な言葉紡ぎは結構難しい。
それでも、まだこのヘッセの詩集は読めました。まぁ和訳の妙もあるのでしょうけど、まだ「分かる」という感覚で読める作が半分くらいはあった。それが多いか少ないかは分かりませんが。そんな中、特に感じ入ったことが二つ。
一つは、創作家は満ち足りてはいけない、幸せになってはいけない、そんな気がしたこと。というのも、この静かな詩人の叫びは、渇望から生み出されているに違いない……そう感じたんですよね。満ちた瞬間、言葉がこぼれ落ちてくることはなくなるんじゃないか、この言葉紡ぎを見ていると半ば本気でそう思います。
二つ目は、詩は分からないワシなりに心に響いたものをメモっていったら、その半分が晩年寄りのもので、著者が実感としての「死」を意識し始めたのではないか、と思われるような、「生への渇望&諦観」が書かれたものが多かった気がしたこと。これも、言葉を削ぎ落していく詩作という作業は、人生の無駄を削ぎ落していくことにも似ているのかな、と、そんなことを感じました。
や、そもそも「詩集」のレビューって難しいですね。小説で言えば、無数の短編集みたいなものですから、なかなか全体を通じてこう、と言いづらい。
ただ、これもレビューとは言えませんが、ひとつ自覚して驚いたこと。子供は好きだけど自分の子供はいらないと吹聴するワシが、一瞬だけど、子孫がいた方が良いかも、と思わさせられてしまったこと。普段からゼロの結婚願望が沸き起こることはなかったとはいえ、意外な心の移り変わりを感じた読書だったのは確か。
純粋すぎる言葉の応酬は、思わぬ心への効果をもたらすものかもしれませんね。
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日本語に訳されています。当然ですね。
できればドイツ語の原文を読みたいものです…詩や詞はできればそうしたいな。
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http://ameblo.jp/sweet--ballet/theme-10057826911.html
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自分へのごほうび感覚で買った。
大島へ持って行って、そこで一度読み終えた。
何度でも、黙って、または声に出して、読み続けたい。
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詩人になれなければ、なにものにもなりたくないと言ったとされるヘッセの詩集。
穏やかな心持ちで人生というものを見つめる1人の人間の心が見えてくる作品集。
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わたしは詩というのはとにかく相性だと思っていて、
そういう意味でいうと、ヘッセのものしずかに
流れる川のような詩は心に染み入った。
ただたぶんこの本の場合、訳がすごくいい仕事をしていて
翻訳されたものを読んでいるという意識がほとんどない。
寝しなに、なんとなく手に取っていたのだけれども
しおりをはさみ、しおりでは足りなくなり
付箋をとるためにたちあがり、
読んでいるうちに涙が出てきた。
図書館で借りた本だったのだけれど、買って
自分の手元におき、何度でもくりかえし読みたい。
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あまり体調が良くなかった。テレビやスマホを見るのもつらく、音楽を聴く気にもならず、かと言ってただ寝ているのも暇を持て余す。読書でも、と思ったがビジネス書に有りがちな「ああせよ、こうせよ」という文言を見るのも厭わしく、詩集に手を伸ばした。
憂鬱、空虚、孤独、諦め、死。日常生活で避けられがちな言葉をふんだんに使いながら、詩には淡々とした優しい響きがあって、粥のように体に沁みた。ありがとう、ヘッセ。一番のお気に入りは「私は、太陽や海や風のように白いもの、定めないものが好きだ」が印象的な「白い雲」。
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小説よりも自由で、ヘッセという人物の文体が限り無く課されていると思う。詩人になりたくてしょうがない、詩を書くより他ないと知った少年の心根が最初から最後までにじみ出ている。
永遠の旅人。とどまることのできない時の中で、失われていった青春への憧れとのはざまを漂いながら今を過ごしていく。どこまでいっても今を生きていたから、時間の経過で詩人として成長していく様というよりかは、はじめから、ずっと一貫して流れていく様を見つめているといった感じ。何にもなじめず、どこにも安らぎを見いだせず、そんな自分を抱きしめるより他ない、やせっぽちの少年。
小説では、じっくり考えて構成して、ひとつの表現を獲得していくのに対して、ヘッセにとっての詩は、とめどなく流れていく心の動きそのもの、そんな気がしてならない。
失われたはずなのに、どうして懐かしさだけがこうして胸を刺すのか。戻れないと知りながら、求めずにはいられない。その微妙な人間のやりきれなさ、機微をとらえる力こそ、ヘッセがヘッセたる所以であると思う。迷いながらも歩き続ける、どこかで耳をふさいでしまいがちな、そんなことば紡ぎ直す、詩人の力が生きている。
いつか、彼とともに歩んだドイツ語でじかに感じてみたい。
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小説でも感じたことだが、ヘッセの悩みには自分と通じるところが多い気がする。そのためか詩も全体的に馴染みやすかった。なかでも個人的に特によくて、動揺と感動の渦が沸き起こる感じがしたのは次の5つ。
眠れぬ夜(p80)
陶酔(p150)
ある友の死の知らせを聞いて(p189)
新しい家に入るに際し(p192)
夕暮の家々(p195)
年代によって著者の悩みの種が移り変わっていることが窺えるが、終盤の詩からはついに全ての悩みを乗り越えて一つの境地に到達したという感じがして一段と味わい深い。
"そしてわれらは感じる、危きもの、人間を、
永遠なものは特別な愛をもって愛しているのを。"
(沈思 p204)
私も早くこの境地に到達したい。
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「詩人になるか、でなければ何にもなりたくない」と言って学校を中退したのは有名な話ですが、ヘッセは小説のイメージが強く、詩集はあまり知られていないような気がします。人生を賭してまで詩人になろうとしたヘッセの生み出す詩は、触れると壊れそうなくらい繊細で、だけど力強い部分もあって。その振れ幅によって取り扱いに困ってしまうようだけど、時折この美しい世界に没入していきたくなります。ヘッセに興味があるならイチオシです。