紙の本
フィンランドなど参考にする暇は無い
2007/05/14 02:04
11人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:佐伯洋一 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書では、PISAでフィンランドが世界一というホットな話題について一喝しているが、確かにフィンランドは2大国際テストでトップだった。しかし、それはたまたまフィンランドにマッチしていたからに過ぎない。PISAで高得点という話題はそれだけに過ぎない。
従来日本がトップだった時は、知識重視だった。対するPISAなどは生涯にわたる学習する能力を測る目論見であり、測っている対象が違う。だから、形式的には日本の学力下降の話しとは別次元である。
そもそも、教育はその国の文化を考慮せずして語れない。フィンランドは飽くまでも個人主義の国である。それが教育にも表われている。フィンランドでは教育に競争意識が希薄なのである。
対する日本は個人の意識でも、周りと仲良くやれることを中韓の学生などと比較してダントツに重視している国である。そこでは個人主義を重視した教育など所詮根ざさない。日本は日本独自に、従来の詰め込み教育に戻せばいい。
そこで大事なことは、勉強の先に何があるのかを示すことである。そもそも私は勉強など全部自分ですべきと考えている。現に私は大学院博士課程に進学し、全国テストでも上位に名を連ねたが、大学の講義などゼミ以外ほぼ出なかった。何故なら、有益な授業がないからである。生徒のくせに生意気だが、事実学力に有害だし、テストで点が取れなくなるのだから仕方が無い。さらに、高校では授業など全く聞いていない。
それでも学力で優秀(知能はさておき)だったのは、それは「意欲」に他ならない。モチベーションがあって初めて勉強するようになった。高度経済成長以降の学歴社会も、動機はみな勉強しないと未来が無いと思っていたからだろう。
学力を上げるためには、それが全てとは言い切れないが、重要な要素として、学歴の重要さを教えることだろう。現に、社会の全ては高学歴が動かしている。学歴が重要でないという者もいるが、今後知的財産が勝負を決める企業経済において、理系では最低でも修士卒でなければ相手にされない。
英語については、本書の言うとおりである。英語を覚えて中身無しというのは最悪で、誰にも相手にされない。英語など学問でも何でもない。ただのツールなのだから、必要な人だけ学べばいい。まあ、学歴重視社会では誰もが必須なわけだが。
大体、日本は学力でもかつて世界一だったし、江戸時代の教育普及率も世界一だったといわれている。現に、それが世界で2つ目の特許黒字国家を生み出し、世界一の金持ち国家になった。それがPISAなどでぐらついたり、日教組の意見などに耳を貸すからおかしな方向に行ったに過ぎない。
日教組が入り込んで、教育に悪平等をぶち込んだ日本と異なり、フィンランドでは教師は院卒だし、政策は高度な研究機関が支えている。フィンランドでは教師への尊敬が厚いのに対し、日本では教壇を下げるとか、友達関係が理想といった様なアホ馬鹿政策によって、もはや教師への尊敬など絶無に近い。
結論として、フィンランドで参考になるのは教師の質くらいであって(日本向けに演繹すれば、日教組の無力化が第一)、あとは「国家の品格」の主張の方が遥かに日本向きだと思う。強いてあげれば、圧倒的に学校の裁量が広いフィンランドと異なり、日本では最高裁が学習指導要領に法規性を認めており、故に学校ごとの裁量性が低い点だろう。学校ごとに裁量性を認める弊害もあるので一概には言えないが(日本の今でも世界一である均質性の崩壊)、やはり学力向上に成功した学校に補助金を増やしたりすることは大学同様有益だろう。その為には学校選択の幅を広くする必要がある。やることは山ほどあるのであり、フィンランドの真似など無駄な事をしている暇は無い。
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日本の教育の現状及び問題性、その打開策が書かれている本。対話形式なので読みやすかった。英語教育、総合学習、公立と私学の話などについて触れられていた。PISA学力調査第1位であるフィンランドを例に挙げながら日本の教育がいかに欲張りであるかを浮き彫りにしている。
教育について知りたかったり考えたかったりしたら読んでみたらいいように思う。
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様々なところで、様々な人が議論を交わし、発言している日本の教育問題。不満を述べ、希望を語るだけでなく、日本の教育は「何ができて何ができないのか」を見極めることも大切では。
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対談形式でニッポンの教育について書かれています。
いや〜いち×2首肯しながら読んでしまいました(笑)私の考える教育論(と言ってはおこがましいですが)となんらかわらない主張がされてて、ひたすら納得。
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とりあえず、日本は情報に翻弄されすぎている。物事にはできることとできないことがある。取捨選択をせずにあれもこれもってやっていたら崩壊するに決まっているじゃないか。
学校教育をファーストフードに例えたのは秀逸だと思った。
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やれ「自ら学ぶ力」だ小学校から英語を教えるだと騒いで、金も時間も人員も増やそうとしないのは虫が良すぎる、教育は魔法じゃないのだ、ということ。それにしても日本政府がこれほど教育に予算を渋っているとは知らなかった。
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教育改革っつても予算とか時間とか色々限られてるんだから、取捨選択が大事だよね。
↑が本書の要約。有意義な事は本当にこれしか言っていない。お金よりも時間を損した気分になれる一冊。
こんな簡単なことを説明するのに新書一冊を要してしまうという事が、教育問題をめぐる議論がいかに低レベルであるかを如実に物語っている。
苅谷剛彦は割と信用できる人なんだけど、インタビュアー(共著者)が端的に言うとDQNなので…。残念。
100円。
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議論の中心がふわふわしていてなんだか読みにくかった。。
「相対評価と絶対評価」
私が中学生だった時に変わったのですごく衝撃だったのを覚えている。誰でもがんばれば5がもらえるんだ!という喜びと同時に、でも5ばっかりになっちゃったら頑張りがいがないな…と思っていた。今考えると積もり積もって学習意欲の低下に結びついていたのではないだろうか。本当の絶対評価とはなんなのかは教育大国フィンランドとの比較でわかりやすく説明してくれていた。本当の意味での絶対評価を実現させるためには日本は確実に準備不足だったのだと思う。
話し自体は興味深いものではあったと思う。
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フィンランドの教育への注目度が高まる中で、では実際にどこがどう優れているかということや、また日本と比較したときにどこに差があるかは、単に教育の側面だけをその社会や文化という全体的な文脈から切り取って論じるのでは無理があるし危険であり、不十分であると納得した。また「絶対評価」といっても、日本の教育における絶対評価は、共通の絶対的な基準に基づいてそれぞれを個別に評価するのでなく、個別評価という体系に往々としてすり替えられているため(その分すべての子供がonly oneになれる?)、何を測ろうとしているか曖昧になり、また、能力の向上には必ずしも繋がらないのでは、という指摘にも納得。
(本書)社会で求められる「個性」には限りがある。選択肢の幅広さは、無限の可能性と共に、確実な選択をせねばならない、という不安を煽る。→(私)結局現代はステレオタイプの種類が膨大になっただけで、その「型」は個性ではない。本物の個性は、考える力、引き出しの選び方と変形のさせ方を覚えていかないと身につかない。
(本書)教えている教養に意味があるか、を子供から問われる必要のない、教養の背景にある歴史への自信や、学問への尊敬が、日本には根付いていない。→(私)学ぶことそのものの面白さを感じるくらいでないと、勉強はできない。勉強嫌いをなおすために、方法・補助道具を面白くすることはときに逃げでしかない。学んでいる内容そのものが、面白いと生徒に思わせるような、教え方、伝え方の上手さが必要。
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父推薦。確かに面白い。著者二人、それぞれの立場からの解釈の提示が明快。
「親は安心を買うが、安心を買うほどに不安が増す」
「外国では社会問題になっていることを、日本は教育問題として引き受けている」
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小学校英語、総合学習から始まって
現在の日本の教育需要について
対談を通して詳しく述べられた一冊。
キーワードは「ポジティブリスト」。
つまり、日本に求められる過剰な期待のおかげで
相対的に最低限果たすべきことに力が割けなくなる、
そういった実態が、この本でリアルに述べられている。
この書の最大のメッセージはまさにそこで、
いち学者といちジャーナリストの対談とは思えない
リアルさが窺える。
思えば、教育予算や授業時間は削減されているのに
教育に求められていることはどんどん増えている。
そしてできなければどんどん責任追及が始まる。
冷静に考えれば非常に酷な話であろう。
この本は教育の理想ばかりを語った結末を指摘する
極めて現実味のある論が展開されている。
教育改革を考える上で、是非とも読んで欲しい本の1つ。
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北欧の子育てが絶賛されて久しいが、簡単に比べてよいものかわからなかった、そんな時、この本と出会いました。
日本の教育のよさと北欧の教育のよさを二人の対談形式で比べた、とてもわかりやすいいい本でした。
北欧の子育ても、先生のレベルも高いが、今の日本の社会の考え方や、親たちの意識や考え方では、北欧のすべてのよさを取り入れることは困難だと思えてきました。
日本の教育はいろいろな意味でもっと懐が深かったのだと納得し、この本を読んだおかげで、私なりに、小学校での親の位置づけがわかった気がします。親も、先生達も、社会も日本なりの良さの上に、北欧のいいところを取り入れられたらいいなと思っています。
何を大事にするか、今一度、社会や親たちが考えていかなければいけないと考えさせられてしまいました。
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よくある「日本の教育はよくない」→「それに比べてフィンランドの教育はすばらしい」というような語り口ではなく、様々な角度から考察して、日本の社会構造や親の精神のありかたなどに言及しているのがよかった。面白かった。
ポジティブリストとネガティブリストのくだりが特にいい。
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[ 内容 ]
「教育改革」を語る前にフィンランドの教育を解剖してみると「格差」など日本の問題点が見えてくる。
[ 目次 ]
第1部 東京で教育の問題点を探る(親の不安はどこから来るのか;完璧な子育てはない;日本は学校に依存することで近代社会をつくってきた)
第2部 オックスフォードで分かり合えたこと(フィンランド型の教育を日本で実践できるか;なぜ日本人は右往左往するのか;絶対評価と相対評価)
[ POP ]
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共感度(空振り三振・一部・参った!)
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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出版社 / 著者からの内容紹介
学校だけに依存しない学力向上のための論議。英語の早期教育は本当に効果があるのか。詰め込み教育は間違いか。ドリル式学習の問題点など、大きく捻じ曲がった日本の教育の「幼さ」を学力向上の観点から問う。